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ラスボス、やめてみた ~主人公に倒されたふりして自由に生きてみた〜(Web版)  作者: 坂木持丸
聖女編 第11章 未来を変えてみた

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62話 やり直したいと願ってみた(聖女視点)

◇竜王ニーズヘッグ(おにーちゃん) Lv66

世界を滅ぼそうとした神話の竜。現在は骨竜になり、冥王ノーチェのペットになる。

暇なときは、決めゼリフや決めポーズを考えている。


◇冥王ノーチェ Lv94

七魔王・第3席。命を操る力を持つ幽霊少女。

暇なときは芸術活動をしている。鏡に映らない自分の顔を想像しながら、画布キャンバスに血を塗りたくる。


『――くわッははははッ! そうだ! 逃げ惑え、人間ども!』


 竜王ニーズヘッグは、元眷属の骨蛇たちとともに聖王軍と戦っていた。

 戦っていたというより、厳密には壁となって威嚇しているだけだが。

 それでも。


「なんなんだよ、この力……!」「こんなの聞いてないぞ!」「嫌だ! 無駄死には嫌だ!」


 聖王軍が散り散りに逃げていく。

 なんでも、この聖王軍とやらは、死を恐れないとの触れ込みだったが……。


『――無意味無意味無意味ィッ! 圧倒的な力の前では、全てが無意味ッ!』


 ニーズヘッグはひとしきり高笑いをし……。

 それから、ふと冷静になった。


『……というか、我……やはり、けっこう強いよな……?』


 でたらめな主従のせいで自信を失っていたが。

 竜王ニーズヘッグは、世界を滅亡まであと一歩までいった神話の竜なのだ。

 そう、本来はこんなところでくすぶっている器ではない。


「……おにーちゃん、日傘ずれてる」


 そう……本来は幽霊の小娘の傘持ちをしているような竜ではないのだ。


『……ぐ、ぅ……』


 しかし、逆らえない。

 冥王の力によって生き返っているため、ニーズヘッグが命をどう使うかさえも冥王の手のひらの上なのだ。


「…………ふわぁあ……」


 冥王が眠たげに目をぐしぐしこすりながら、念力で浮かべた絵筆で画布キャンバスに血を塗りたくる。

 なにやら、戦場の光景をスケッチしているらしい。

 こんな小娘が強いというのは信じがたい。この冥王だけならばニーズヘッグでも反逆できるのでは、などとも思ってしまうが……。


『……ん? ……んんんッ!?』


 ふと、ニーズヘッグの視界に、異様な光景が映った。


 空に埋め尽くす、おびただしい数の――――死体。


 まるで天から見えない糸で首を吊っているかのように、敵兵たちの死体が浮かんでいる。


『……な……なんだ、あれは』


「……?」


 冥王はニーズヘッグの視界を目で追ってから。

 こてん、と不思議そうに首をかしげた。


「……あれって、どれ?」


『は……? いや、浮かんでるだろう、人間の死体が』


「……それで?」


『え、いや……な、なぜ、あれだけの死体が浮いているのだ?』


「……? だって、そのほうが運びやすいし……なにより、美しいでしょう?」


『…………あ、はい』



「……くすくす……変なおにーちゃん……」



 え……怖い。

 冥王ノーチェはこの場から動くこともなく、お絵描きのついでというように、当たり前のように死者を量産したのだ。

 ニーズヘッグはもしかしたら、この冥王ぐらいなら倒せるかもしれないと思っていた。

 だが、今……理解した。

 この冥王もまた、理解不能な存在であることを。

 あのマティーとかいう人間と同じように、あまりにも次元が違いすぎる。


『しかし……なぜ、それほどの力の持ち主が、人間の下についている?』


「……? ノーチェは弱いよ?」


 冥王が、戦場の一角を指さす。

 そこでは――。



「――ふははははッ!  槌術Lv10――【ガイアインパクト】!」



 銀髪の人間が聖剣の台座を地面に叩きつけるたびに、隕石でも降ってきたかのように大地が縦揺れし、巨大なクレーターがうがたれていく。

 その衝撃で、周囲にいた人間が木の葉のように吹き飛ばされていた。

 また別のところでは――。



『――出でよ~、【スライムワールド】! しばらく、お沈みください~!』



「ぎゃあぁああッ!?」「なんだこれ、スライム!?」「飲み込まれる!?」


 メガホン片手に、平原に広大なスライムのプールを作っているメイド。


『………………』


 ……あれ? 地形って、こんなに当然のように変わるものだったか……?

 よく見れば、聖女の護衛をしているエルフ……ニーズヘッグを封印した魔術師にそっくりなエルフも、当然のように空間を操っている。

 あれは、たしか精霊王の権能だったはずだ。

 そもそも、以前に見たときには貧弱だったはずのエルフの魔力が、今ではニーズヘッグよりも強くなっているように見える。


『…………あれ? 我って、けっこう弱い……?』


 自信がなくなってきた。

 もはや、竜王ニーズヘッグ一強のときとは時代が変わったらしい。

 さすがに、変わりすぎだと思うが……。

 と、そこで。


「……はぁ……残念だわ」


 ふと、冥王が憂鬱そうに呟いた。


『残念? なにがだ?』


「……え? だって……」


 冥王が当たり前のように言う。



「……この舞踏会では、誰も死なないもの」



『ぶ、舞踏会? いや、それよりも、すでに我もドン引きなぐらい死んでるが……』


「……? でも、お父様がそう言ったから、そうなるのよ?」


 ダメだ……わけがわからない。

 そうニーズヘッグが首をひねっているときだった。


 にわかに戦場がざわめきだした。

 怒号や悲鳴とは違う、戸惑いの声だ。

 気づけば、誰もが戦いの手を止めて、空を見上げていた。


『…………?』


 ニーズヘッグもつられて見上げ――絶句する。

 幾筋もの光が、空を駆けていた。

 まるで、黄金の流星群。

 しかし、ニーズヘッグはすぐにわかった。

 その流星のひとつひとつが、強大な魔力を帯びているということが……。



   ◇



 聖女ラフリーゼは、未来が怖かった。

 いつも予知で見る未来は、最悪のものばかりだったからだ。

 それでも、正しい選択肢を取り続ければ、未来はきっといいものになると信じていた。

 力も勇気もない自分は、勇者になることはできないけれど。

 優しくて正しい初代聖女様のようにもないけれど。

 それでも、ラフリーゼなりに未来を変えるために戦い続けてきたのだ。

 全ては……このような光景を見なくて済むように。



「……ぁ……あれが、神弓兵器アガナ・ベレア……」



 天駆ける黄金の流星群。

 それはまるで神の奇跡のようで、不覚にも綺麗だと思ってしまった。

 しかし、ラフリーゼは知っている。

 あの流星のひとつひとつが、人間の造りだした巨大な銀の矢であることを。

 広範囲を更地に変える爆弾であることを。

 優しくなりたかった少女の力が生み出した、未来兵器であることを……。


 ……皮肉だろうか。

 苦痛なく一瞬で、地上の命を吹き消すことができることから。

 あの大量破壊兵器は――。



 ――優しい矢(アガナ・ベレア)と名づけられた。



「あ……ぁあ……」


 涙で視界がにじむ。

 白くぼやけた視界の中で、幾筋にもきらめく流星の群れ。

 それは、予知で見た景色と、寸分違わず同じものだった。


「……この景色……だったんだ」


 この先の未来をラフリーゼは知っている。

 上空で流星が光り輝き、地上は爆炎でなぎ払われるのだ。

 そして、あとに残るのは――破滅のみ。


「あれって、神弓兵器だよな……」「なんで、俺たちに向かって……?」「俺たちごと、始末するつもりなのか……?」


 聖王軍もざわめきだす。

 事前に通達されていたわけでもなかったらしい。

 ……罠、だったのだ。

 気づかぬうちに、ラフリーゼたちはこの地へとおびき寄せられていたのだろう。

 戦場となっているこの辺りの荒野は、もともと神弓兵器の実験に使われていた土地だ。神弓兵器を撃ち込むには最適の地。

 聖王は、ここで聖王軍をおとりにして、自分たちをまとめて始末するつもりだったのだ。


「……【空間操作】!」


「むぅぅぅ!」


 ミコリス姫がとっさに結界で流星を抑え込み、メイドが口から光線を発射して流星を消滅させていく。


「…………すごい」


 人間とは思えない力。

 おそらく、彼女たちは世界最高レベルの実力者なのだろう。

 流星がみるみる数を減らしていく。


 だけど……足りない。


 これほどの人たちでも、空を駆ける流星を全て消し去ることはできない。


「うぅ……喉がいだいでず……」


「ダメ! 間に合わない! マティー!」


 ミコリス姫が悲鳴のような声を上げた。

 やはり、未来は……変えられなかった。

 もはや、この先の未来にあるのは破滅だけ。


 ……これは罰なのだろうか。

 未来を変えようなどと思ってしまった傲慢な人間への。

 もしも、この破滅の未来をリセットして、過去へと戻れたら……。

 そう願わずにはいられない。

 次はうまくいくという保証がないとしても。

 たとえ、それが神に背くような罪深い願いだとしても。




「…………やり直したい」




 ……流星に、願う。


 しかし、そんな少女の願いすらも嘲笑うように。


 ……星の雨は降り注ぐ。


 そんな最期の景色は、とても綺麗で……。

 誰もが戦いを止めて、静かに空を見上げていた。


「…………おしまいだ」


 ふと、誰かがぽつりと呟いた。

 それから、その人は続けて。




「――――とでも、思っているのだろう?」




 と、場違いな笑い声を出した。


「……え?」


 視界がにじんでいて、その人の顔はよく見えない。

 それでも、わかった。

 目の前にいるのが誰なのかを。

 それは台座のついた聖剣をかついだ青年……。


 勇者になれなかった証をたずさえる――偽物の勇者だった。




――全てが失われようとも、まだポイント評価が残ってる。



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