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汚い犬

物言わぬ屍となったアナグラを見下ろし、俺は漆黒の鎧さんをペンダントへ形状を変えた。


 ジャッジメントの空間が消え去り、辺りは森の中へと戻っていた。俺はアナグラに向けて両手を合わせて黙とうを捧げる。

 アナグラだけでなく、ホンダやゴウダへの思いを込めて両手を合わせた。俺は罪を背負う。それは同郷の者を殺した罪。そして、この国の魔王を殺した罪


 もしかしたら、彼らに本当のことを告げていれば理解し合えたかもしれない。その思いがなかったというわけじゃない。

 だが、魔王の姿となった俺に彼らが理解を示してくれるかわかららない。何よりも、彼らはこの世界に混乱をもたらした。それを許すわけにはいかない。


「戻るか」


 アナグラから得たスキル【ワープ】で、元の場所に戻ることができる。この森がアナグラにとってどういう場所なのか調査したいところではあるが、今はレンレンを残してきたのが気がかりだ。


「ワー、「魔王様!」」


 俺が【ワープ】のスキルを使おうとしたところで、巨大な声が俺の言葉を遮る。声のする方へ目を向ければ、汚い犬が走り寄ってくるところだった。


「汚っ」

「魔王様!やっと会えたっす」


 汚くてデカイ犬だと思っていればフェルだった。ずっと森の中を走っていたのか、体中には葉っぱや枝がついて、服もところどころ破けている。その顔は人懐っこい笑みを浮かべたフェルの顔に間違いなかった。


「フェルか?」

「どうして疑問形なんすか?間違いないっす」


 森の中で一人でさ迷っていたのだろう。多少逞しくなり、話し方まで変に思えてしまう。


「そっ、そうか。まずは街に戻って風呂に入れ」

「それなんす。街の場所がわからないんですよ。いくら匂いを辿っても、これだけ花や木々が生えていたらそっちの臭いが強くてダメっす」


 匂いで人里を探すとか、さすがは獣人。フェルがいなくなって随分と時間が経っている。その間、フェルはずっと森を走っていたのだろうか。


「なら、俺のスキルと一緒に戻るぞ」

「戻れるっすか!さすが魔王様っす。そうだ。魔王様、おいら白いフードの奴の顔を見たっす」


 そういえば、フェルはアナグラを追いかけていなくなったのだったな。フェルはアナグラの顔の特徴を説明してくれているが、正直要領を得ない。

 アナグラを知っているから理解できるが、知らなければフェルの説明は不十分に終わっていただろう。


「フェルはもう少し他の種族を見分けられるように訓練しないとな。何より、お前が話してるやつはそこで死んでるぞ」

「えっ!?」


 どうやら倒れている人物がいることにも気づいていなかったらしい。フェルは俺が指さした人物アナグラを見て物凄くガッカリした顔をする。


「どうかしたのか?」

「こいつは人を馬鹿にするような奴でしたっす。だから、おいらが倒したかったっす」

「そうか、それは悪いことをしたな」

「いえ、魔王様ならいいっす。むしろ、おいらじゃこいつに勝てたかわからないっす」


 どうやら一度戦ったことでアナグラとの戦闘能力を見定めていたようだ。


「まぁ終わったことだ。だが、獣人王国で起きていることはまだ決着がついていない。フェル、手伝ってくれるか?」

「もちろんっす。今度こそ役に立つっす」


 意気込むフェルに俺は久しぶりの笑みを浮かべてしまう。


「お前が居てくれて嬉しいよ」

「えっ?急にどうしたっすか?」


 罪悪感と緊張、そして重責によるストレスで苦しかった頭や胸がフェルに会ったことで、少し晴れたような気がする。


「なんでもない。それよりもこの戦いを終わらせるぞ」

「はいっす。魔王様の剣となって戦うっす」


 フェルが戻ってきてくれたのは心強い。そして、エリカも絶対に取り戻す。


 俺は屍となったアナグラをもう一度だけ見て、フェルの方を掴んで【ワープ】を発動した。


 ♦


「あれが魔王か、聞いていたよりも普通かな?」


 魔王が【ワープ】で消えた場所に現れた影は、魔王の姿に恐怖するでもなく、分析するように魔王の姿を思い浮かべた。

 そして、倒れて屍となったアナグラを一瞥すると、彼に手をかざす。


「ご苦労様。君は良く働いてくれた。僕は君のことを親友だと思っていたよ」


 かざされた手から光があふれ出し、アナグラの身体は塵となって消え失せる。


「君を魔物の餌にしないのが唯一君にできる報いかな?それとも魔王を倒すことが報いになるのか?とりあえず、観察する時間はもう少しで終わりだね」


 影は死体の処理を終えると影となって消え失せた。魔王がその事実を知ることはない。次に魔王がやってきたとき、その場には白いフードはなくなっていた。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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