執行
戦場となるフィールドは、鬼人と獣人の国境沿いのような草原が広がっている。本来であれば、獣人たちが作り出した巨大な壁が存在するのだが、壁の代わりに中央に大きな川が流れており、二つの橋で二つの領土を分けている。
初期配置はランダムで決まっており、配置された位置から二つの駒を動かせると言っても、こちらから攻撃を仕掛ける場合は、橋を使って駒を移動させなければ戦闘にもならない。
それぞれ移動できる行動範囲と攻撃できる行動範囲が異なり、
・槍は移動できる範囲一マス、に対して攻撃範囲一マス。
・馬は移動できる範囲二マス、に対して攻撃範囲ニマス。
・弓は移動できる範囲一マス、に対して攻撃範囲三マス。
・将軍は移動できる範囲ニマス、に対して攻撃範囲ニマス。
それぞれ攻撃できる範囲を見定めて、それぞれ駒を動かしていく必要がある。
戦闘を行う場合は、攻撃できる範囲まで駒を動かし戦闘を宣言する必要がある。
攻撃したからと言って攻撃した側が勝つわけではなく、先ほどの三竦みで勝ち負けの勝敗が決まり、同じ駒ならば同士討ちとなる。
将軍は全ての兵士を倒すことができ、将軍を倒せるのは将軍だけ。
これが大まかなルールであり、フィールドを見渡せば、馬、もしくは弓を二度動かせば敵に攻撃できる。
フィールドは九×九の盤上型に作られている。
中央の最後尾に将軍、そのニマス前に槍が横並びに三つ並んでおり、俺から見て右側二段目に弓が三つ、左側二段目に馬が三つの配置となる。
自分のフィールド、川で分けた二十七マスが自分の陣地となり、橋は左右の一つずつ三マスで渡り切れる。アナグラの配置は、俺と同じで馬の前に弓がいる鏡のような配置になっている。
相手の駒に戦闘を仕掛けるためには、馬か弓を二度動かして橋まで移動させてから攻撃するしかない。だが、次のアナグラのターンには駒が孤立して駒を失うことになる。
「魔王さん。あなたはこのゲームをどうお考えですか?ただの駒を減らすゲーム?それとも実際の戦場ですか?」
アナグラも気付いているのだ。このフィールドの意味を。だからこそ、俺の動揺を誘うような質問を投げかけてくる。
「どちらでもないとだけ言っておこう」
「そうですか。僕的にはすでに答えは見えていると思うんですけどね」
「そうか、すでに互いに数は書き終えた。ならお前の思う通りに駒を動かせばいい」
先行である俺は、弓から攻撃される槍を一マス下げて。馬を二マス動かして橋におく。最終的に自分が書いた数字に近づけるならば、一ターン目は駒を減らす必要はない。
「消極的な策ですね。なら、僕は積極的にいかせていただきます」
アナグラは馬を掴み二度動かして陣地ギリギリまで来て、攻撃範囲に入った弓に戦闘を仕掛けた。攻撃された弓がフィールドから消えてなくなった。
「まずは一つ」
「そうだな」
自分のターンになり、槍を動かして橋を占拠している馬を倒した。そして、馬を倒した槍を橋の手前へと運ぶ。二つ目の駒が消えてなくなり、俺は予想した数字を見る。
伏せられているので数字は見えないが、そこには十六という数字が書かれている。
「互いに一体ずつ失って残り十八体、戦闘は僕の方が不利ですかね?」
アナグラは二ターン目を考えているようで、駒を動かそうとしない。
「うーん。思った展開にはなったけど。ここからどうするかな?」
口元をニヤニヤとさせたアナグラは、将軍を一気にニマス進めて橋に近づける。弓を橋の手前へと運んだ。弓の位置ならば、俺の馬に攻撃を仕掛けられるが、戦闘の宣言をアナグラはしなかった。
「魔王さんは盤上ゲームってやったことありますか?」
「盤上ゲーム?」
「はい。僕の世界ではこういうゲームが数多くありました。敵の駒を取り合う、チェスや将棋。陣地を取り合う、囲碁。早く相手の陣地に移動するダイヤモンドゲーム。僕はそういう盤上ゲームが大好きだったんです」
もちろん知っている。俺も将棋なら親父とよくやったものだ。このフィールドの大きさも将棋盤と同じ大きさなのだ。
「まぁ、だからと言ってこのゲームと盤上ゲームではルールが似ていても最終的な目的が違います。盤上ゲームは王様か、土地を取り合うゲームです。だけど、これは自分が決めた数字に、いかに相手を誘導するか?そういうゲームです」
心理ゲームだと言いたいのだろう。
「そうだな」
「いいんですかね?」
アナグラは笑いが止まらないと言った表情で、こちらに問いかけたきた。
「何か問題でもあったか?」
「いえいえ、お気づきじゃないならいいんですよ。僕はこのまま積極的に行かせて頂きますから」
「好きにすればいい」
馬を一マス進めて弓をぶつけて撃退する。これでフィールドに残る駒は十七体だけとなった。さらに槍を橋に近づけて馬の侵入を一つの橋を封じる。
「あはっ、本当に僕が思った通り動きますね。そんな誘いに乗ったらダメですよ」
アナグラは槍を移動させて橋にいる馬を撃退した。
「これで僕の勝ちだ」
アナグラは勝利を宣言して三ターン目を終える。
「三ターンが終了しました。では、互いの書かれた数字を発表下さい」
「僕はもちろん十六」
アナグラが勝ち誇ったように、残った駒と同じ数字を提示してきた。それに対して、同じ数字を相手に見せてやる。
「あら?同数ですか?やりますね。ジャッジメントさん。この場合はどうするのですか?」
どうやら誘導は上手く行ったようだ。調子に乗りやすいアナグラのことだ。こちらが二度相手の駒を取れば、最後は駒を取りに来ると分かっていた。そのための馬の配置ということだ。
「決着が着くまで続行となります。そのため新たな数字をお書き頂き駒を減らして配置も変えさせていただきます」
そういって盤面は三×四と縮小され、駒もそれぞれの駒が一つずつになりターンも一回ずつ。そして、先攻後攻が入れ替わった。
「へぇー、なんだか詰将棋みたいで面白いですね」
「では、延長戦を始めたいと思います」
ジャッジメントの声で互いに数字を紙へと書き込む。
「なぁ、このゲーム。後攻が絶対的に有利だと思わないか?」
俺はアナグラが数字を書き終えたところで、初めてアナグラに向かって挑発を口にする。どうして、俺が同数にしたのか、どうしてこんな周りくどい方法でゲームをしたのか、全てこの時のためだ。
「なっ」
「お前は一回戦。後攻で勝ちを確信していたようだな。勝利宣言までしていたんだ。自信、あったんだろ?」
そう、こいつはいつも余裕を見せて誰かの後ろに隠れている。自分の思う通りに事が運ぶように策を巡らせている策士気取りだ。
だが、こいつは一度として勝てない戦いをしてこなかった。いや、勝てないと思えば逃げていたのだろう。
だから有利な状況を覆し、窮地に立たせる必要があった。
「遠い位置に配置された駒を見て、お前は自分が駒の数をコントロールできると喜んだ。そんなお前が選ぶ数字は妥当な数字、それが十六。お前は平凡な奴だ。もしも、お前は駒が得る数をゼロと書いてそのために動いていたなら勝てなかったかもな」
アナグラの手が震え始める。まだ、選択肢は五通りに分けることができる。だが、俺がどの数字を書いたのかわからないなら、どれを選んでも正解が分からなければ怖いだろう。
「怖いか?この戦いが終わればお前は死ぬんだ」
俺の言葉にそれまで飄々としていた態度は一変し涙を浮かべ始める。
「なっなんだよ。どうせイカサマだろ?なんだよ。ジャッジメントとグルか?それとも」
「イカサマなんてしていない。お前の中にある驕り、侮り、そしてプライドが決着をつけたんだ」
アナグラは将軍を掴んで、俺の将軍を撃破する。二つの駒がなくなくなり、盤面には六個の駒が残された。俺は弓で弓を攻撃して、盤面からさらに二つの駒を消滅させる。
残った四つの駒。俺は自分で書いた紙をめくる。そして、項垂れたアナグラの紙を開いた。そこには、六と書かれていた。
「決着がつきました。それでは執行します」
ジャッジメントが作り出した空間が消滅し、物言わぬ屍だけが残った。
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