悪魔の力
薄暗くなり始めた空は、瓦礫に遮られたこの場所から光を奪っていく。
眼を閉じていると言っても意識を失ったわけじゃない。遠くの方で獣人の悲鳴が聞こえてくる。不思議なものだ。先ほどまで多くの人を殺し、獣人に狙われていたはずなのには心は穏やかに落ち着いている。
「よくも我が主様を傷付けてくださいましたね」
ボンテージに身を包んだ悪魔族の女性、エリスがいるだけで安心している自分がいる。
エリスを見た獣人たちは動きを止めた。彼女が悪魔族であることは、その頭に生える角を見えれば一目で分かることだろう。
獣人たちにとって悪魔は毛嫌いする種族であり、もっとも忌み嫌う種族が目の前にいるのだ。彼らの行動は至極簡単だった。
「悪魔族の女だ。逃げろ」
誰かが叫んだ。その予想外の言葉に遠くなる意識が覚醒される。これまで魔王に対して果敢に戦っていた獣人とは思えない発言だったからだ。
「逃がすはずがないではないですか」
だが、その反応はエリスからすれば当たり前の反応であり、その反応に対して彼女は魔法を発動する。
「地獄の牢獄」
獣人たち全てを閉じ込める巨大な鉄格子が作り出される。これが彼女の魔法。スキルではない、もう一つの力。
「監獄には門番が必要ですね。召喚獣ケルベロス。彼らと遊んであげなさい」
これまでスキルでの戦いやスキルチートは見てきたが、魔法の力だけで獣人が圧倒するエリスに驚きを禁じ得ない。
エリスが召喚したケルベルスは、三つの頭を持つオオカミだ。その動きは獣人よりも速く。圧倒的な力で敵を蹂躙していく。
「あははは、相変わらず獣人さんたちは口だけは傲慢なことを言ってらっしゃるのに、実績が足りませんわね」
エリカが笑いながら傍にいた獣人を片手で投げ飛ばす。それまで、スキルを駆使して獣人たちと戦っていた俺からすれば異常な光景に映ってしまう。いくら肉体強化をしようと。流石にここまでの力の差を生み出すことはできない。
「さて、この程度の数で、私を止められると思っているわけではありませんよね。それとも出し惜しみしているかしら?早く本気を出してくださいませ」
赤い瞳が暗闇の中で怪しく輝く。
「あなた方が我々を毛嫌いして、小さな嫌がらせをしているのは許してあげましょう。
鬱陶しいことは鬱陶しいですけどね。所詮、虫が顔の周りを飛び回っているのと変わらないですからね。
ですが、我が主様を傷をつけたことは許すことはできませんね。蚊に刺されることは仕方ありませんが、体の毒になるようなことは見過ごせません」
戦場とは思えないゆったりと優雅に話しながら、獣人の首を飛ばしていく。
その手に握られてるのは鞭や鎌ではなく、細いレイピアなのだが、レイピアはピアノ線のように細く。それで人の首が飛ばせると力に驚嘆させられる。
「あらあら、どうしたのですか?肉体強化が自慢なのでしょ。まるで果物ほどしか固くありませんよ。それで早く動いているつもりですか?それなら亀が走るほうが早いのでは?あぁ、やっぱり獣人は弱いですね」
先ほどまで視界全てを覆いつくしていた獣人たちは山となって横たわっていく。見失ったはずのアナグラや猫の獣人が青い顔して立っていた。
「きっ、きさま!我々には人質がいるのだぞ。すぐに攻撃を止めろ」
猫の獣人がレンレンに爪を突きつけてエリカに向かって叫んだ。エリカは近くにいた獣人の頭を胴体から切り離し、そちらに目を向ける。
「猫が虎に爪を立てる?よくわかりませんね。あなたたちは同じ種族でしょ?違いが判りませんが」
会話しながらも、また一人の獣人が心臓にレイピアを突き差された。
「やっやめろ。やめてくれ」
猫の獣人は半泣きになりながら、必死にエリスに叫び続ける。
「みっともないですね。ミャンパーさん。これだから弱い動物は」
猫の獣人を押し退けて白いフードのアナグラが顔を出す。エリスの力を見ても、まだ戦う意思を持っているのは異世界人の傲慢さからか。
「私の名前はクウヤ・アナグラと申します。麗しき悪魔族のお嬢さん。魔王の仲間のようですが、獣人たちの天敵でもあるようですね」
アナグラがエセ紳士のような口調で話しかければ、エリスは傍にいた獣人の胸を突き刺して、俺に視線を向ける。
「魔王様、よく見ていてくださいませ。そしてご自身のお力を信じてくださいませ」
「エリス?」
「あなた様は我らが主。私などよりも遥かに強いお方でございます」
エリスは優しく俺に語り掛ける。挨拶をしたアナグラは完全に無視された形になり、アナグラの表情が笑顔のまま固まっている。
「良いですか魔王様。あなた様が世の中に出来ないことなどございません。あなたが望めば必ずどんなことでもできると私は信じております」
俺に語りかける間も獣人の死体が積み上がり、それを見かねたアナグラが態度を豹変させる。
「僕を無視するな!僕は選ばれた存在なんだ。ニイミにも負けない。この僕こそが選ばれた存在。特別な力を持った存在なんだ。お前は邪魔だ。ゲートオープン」
態度を豹変させたアナグラは何もない空間に、呪文を唱えて穴を開ける。
「消えてなくなれ」
「では、魔王様。少しお暇します」
エリスを吸い込み、穴を閉じた。彼女の微笑みを残して……
「所詮、この世界の奴に僕が負けるはずがないんだ」
アナグラは勝ち誇った声で高らかに笑い始めた。
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