助っ人
白いフードの男、アナグラを見失うほど大勢の獣人に囲まれた。俺たちは互いに見つめ合う。崩壊した地域にいるため、瓦礫を使って上からも見下ろされている。
「随分と大勢な歓迎だな」
「そうですね。私もここまで大勢の人々を見るのは初めてのことです」
「そうか、なら、国民の顔を覚えておかないとな」
視線を巡らせ、三百六十度どこをみても獣人ばかりだ。
「さてどうしたもんかね」
「おいおい、もっと怯えたらどうだ?」
猫?にしては嫌らしい顔をしたゲスが言葉を発している。
「これだけの敵に囲まれたんだ。言葉も出ないか?くくく」
「とりあえず、お前からぶち殺せばいいか?」
「ハァー?状況分かってんのお前?いくら魔王だからって、この状況で勝たれるとか思ってるわけ?」
「お前こそわかってるのか?この程度で魔王を止められるとでも?」
俺は笑ってしまう。ここまで面白い状況は初めてだ。今まで悩んできたことがバカらしくなる。
「付き合わせて悪いな」
「いえ、ご一緒に戦えること誇りに思います」
レンレンを死なせるわけにはいかない。強い者に従う獣人でも好き嫌いはある。嫌いであるはずの俺を彼女は選んでくれたのだから。
「相棒。もしも、俺がスキルを使いきって動けなくなったなら、あとは頼む。俺はどうなっても構わない。彼女を救ってやってくれ」
一番頼りになる漆黒の鎧さんに一声かけてから、俺は戦う決心を固めた。
「グダグダ話すのは終わりか?なら、死ね」
先ほどの男の命令で、獣人たちが一斉に飛び掛かってくる。獣人は肉体強化に特化しており、特にスピードはどの種族よりも優れていると言えるだろう。
「速いだけじゃ何もできないぞ」
漆黒の鎧さんを着ている俺を傷つけることはできない。何よりも、漆黒の鎧さんに触れさせやしない。
「スキル巨大化、スキル小心者、スキル肉体強化、スキル武器強化、スキル軟体、スキル覇王滅殺波」
スキルを重ね合わせていく。巨大化することで獣人に狙われる的を大きくして俺に敵の攻撃が集中するようにする。
さらに、小心者で相手の気配を察知する能力を高める。ビビりはどんな戦場でも生き残る。
噛みつき、ひっかき、殴り、蹴ってくる獣人たちを振り回し、消し去り、吹き飛ばす。
いったい何時間戦っているのか、もしかしたら数秒だったのか、数分だったのか。どれほどの人間が命を散らしたのかわからない。
レンレンはどうなっただろうか?彼女は強い。それでも数に屈しているのではないか?もう考える力も失われつつある。
「いい加減にしろよ。このバケモノめ。用意した獣人の半分以上を失うだと。ありえん」
「ありえないですか。あなたは愚かなのですね」
「アナグラ様」
猫の獣人の下へ、アナグラが現れる。
「現実を見ることです。魔王は強い。弱点が体力の減少しかないとはいえ、その体力はいったいいつ尽きるのか。ですが、今回はついてますね」
「ついている?」
「そうです。魔王にはもう一つ弱点が出来たではないですか」
アナグラは楽しそうな笑みで、一人の少女を指さした。数は少ないとはいえ、戦い続ける一人の獣人の少女を。
「しかし、彼女は前キングの」
「そう、すでに過去の人物の遺産。今のあなた達には必要ないでしょう」
アナグラに顔を除きこまれ、猫の獣人は奥歯をかみしめる。彼は魔王のことは憎んでいる。だが、レンレンを助けたいと思っていた。
「かしこまりました。我々の未来のために」
しかし、すでに彼の背中には逃げ道など存在しない。自分が命令しなければドラモン教から裏切り者として扱われてしまうのだ。
「フーレンレンに攻撃を集中させろ。彼女を捕まえるんだ。魔王に対して人質にする」
魔王に襲い掛かる獣人はそのままに、フーレンレンの下へ獣人が殺到していく。いくら善戦していたレンレンであっても、魔王ほどスキルに長けているわけではない。彼女は多勢に無勢でとらえられてしまう。
「王女様」
「ミャンパー。よくも裏切ってくれましたね」
「我々はこうするしかないのです。戦いの中で生きている我々は戦うことでしか意味をなせない」
猫の獣人ミャンパーは一瞬だけ申し訳なさそうに。だが、決意を込めた目で他の獣人を見る。それまで魔王にたいして攻撃を仕掛けていた獣人たちが距離を取った。
「魔王よ。聞こえているか!」
ミャンパーは声を張り上げ、魔王に呼びかける。
「貴様が抵抗を続けるのであれば、貴様を信じたレンレンを殺す」
多数の獣人に組み伏せられたレンレンを、魔王が一目見る。
「魔王様、気にすることなく戦ってください」
レンレンが魔王に呼びかけるが、その声が引き金となったように魔王の身体はみるみるうちに小さくなり、漆黒の鎧を纏った魔王は沈黙した。
「そのまま抵抗することなく死ね」
ミャンパーに油断はない。魔王の脅威を見た今。一刻も早く魔王を殺さなければならない。
「キェエェェェェェ」
一人の獣人が大剣を振り上げ、魔王の首に狙いを定める。獣人は躊躇うことなく大剣が振り下ろした。
「困ったお方ですね。あなた様は」
目を閉じていた。もうどうなうなってもいい。彼女を守れるならば、自分の命など。そう思った。
「本当にいつも一人で全てを成そうとする。あなたは何度私に心配をかければ気が済むのですか」
柔らかい感触が俺を包み込む。柔らかで暖かい感触に包み込まれ、そして鼻孔に甘い匂いが心を落ち着かせてくれる。
「エリカ?」
「はい。我が主様。お助けに参りました」
全身ボルテージに包まれたエリカは微笑み、助けに来たと言いながら唇を重ねてくる。
「一人で死んではなりません。あなたは世界にとって必要な方なのです。今はお休みください。余計な者は私が排除します」
エリカから与えられる声は優しく、俺の意識は遠くに追いやられる。
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