別動隊
対岸に構えた獣人たちは、まるで一つの国を囲うように高い壁を作り始めた。壁は世界と獣人の国だけ分けるように、一夜で出来上がった壁の上から鬼人族の領地を見下ろす獣人たちがいた。扉などなく入国することも出ることすら困難に思える壁は河向こうで全てを拒絶する。
この世界の人間は空を飛べる者や、跳躍で高い位置まで跳べる者が存在する。壁という概念は無駄な徒労にも思えた。
しかし、壁は二国を遮る高い壁となって全てを阻んだ。
「一番隊!何をしている?!」
鬼人族の怒声が響く。彼らは一番槍として、建造された壁を攻略しようと跳躍を試みた。
しかし、壁の高さに到達しようとしたとき、壁の上に設置された巨大弓トマホーク、連射弓ガトリングにより一人また一人と壁に降り立つ前に撃ち落とされてしまう。
「壁を突破することができません」
マトモに攻略しようとすれば、敵の防衛設備に阻まれてしまうのだ。
「弱音を吐くことは許さん。俺たちは与えられた役目を果たすのだ。魔王様とガンテツ様が回り込む時間を稼ぐのだ」
各種族が集まる前に戦いを挑むことになったのは、獣人たちが作り出した壁の建設速度があまりにも早かったためだ。
ミツナリが会議に出席して開戦を宣言した翌日、鬼人族から見える対岸には壁が建造され終わっていた。
それだけじゃなく、その壁は時間を追うごとに広がっていき、今では川が流れてくる山頂付近にまで壁は続いている。
他種族を待っている間にいったいどれほどの壁が出来上がってしまうのか、それを恐れたミツナリは、鬼人族だけでの開戦を申し込むしかなかった。
戦いが始まって気づいたことは、獣人たちが作り上げた壁を正面からでは攻略できないということだ。
ミツナリの覇王滅殺波で一部を破壊いてもすぐに修復され、鬼人族が攻め入っても先ほどの弓で撃ち落とされてしまうのだ。
そこでミツナリは、ガンテツと数人の鬼人族を連れて手薄な山頂付近から回り込むこと策をとった。
正面をアカイシと増援で訪れてくれるであろう他種族に託した。
「敵を一人でも多くこちらに引き付けるのだ!」
アカイシの怒声が響く戦場から遠く離れた山頂付近。霧が立ち込める山間に身を潜めた場所にミツナリたち別動隊はいた。
「ガンテツ。獣人の数はどれだけいるかわからない。もしかしたら俺たちだけじゃ対処できない人数を相手にするかもしれない。それでもいいのか?」
正直、戦いを前に俺はビビっている。機械族イマリと戦った時はロボットを破壊するというイメージで人を殺していないと自分に言い訳ができた。
しかし、今回は違う。人の形をした機械じゃなく、ちゃんと生きた人なのだ。
「……」
ガンテツは俺の問いかけに頷くだけの返事をする。ガンテツは無口な男だ。恐い顔をしていて仲間であればその顔を見ているだけで全てできてしまうのではないかと錯覚させてくれる。
「お前がいるだけで心強いな」
心の底からガンテツがいることを心強いと思う。見た目だけならばその辺のどんな生き物よりもガンテツの顔は恐い。鬼なのだ。鋭い牙に尖った角。無口なのでその恐怖は計り知れない。
「いくぞ」
ガンテツに勇気をもらい、見上げる壁を万里の長城のようだと思った。長い壁を三日で作り上げた教祖ビノの手腕に驚かされる。だが、所詮は作り者、手薄なところを突けば壊すことも攻め入ることもそれほど難しいことではない。
俺は巨大化を使って壁を一気に破壊する。さらに、壁の上から弓を引いていた獣人たちを薙ぎ払い覇王滅殺波で見える範囲の壁を壊した。
「壊れたところから侵入して敵をなぎ倒せ」
俺の声を聞いて、ガンテツが鬼人族をけしかける。獣人の身体能力は攻撃や機動性に優れている。それに対して鬼人族の肉体強化は自身の身体を硬化させることに費やされる。
もちろんスピードや筋力も跳ね上がるが、獣人のを強化を柔とするならば、鬼人族の強化は、剛の強化と言えるだろう。
その二つがぶつかったとき、どちらが強いか話題に上がることが多い。その答えを目の前にした俺は改めて鬼人族は恐ろしいと思った。
獣人の攻撃は素早く勢いに乗った攻撃は重さもある。バランスの取れた強化だと見ていて思う。そのため最初こそ獣人は鬼人族たちを圧倒していた。
しかし、鬼人族の攻撃は獣人に比べれば遅く重さがあっても当たらない。じり貧で鬼人族が負けるかと思ったが、時間が経つにつれて状況は一変していく。
鬼人族はいくら攻撃を受けようと倒れることなく獣人数人を相手取る。獣人は絶え間なく動き続けている。その動きは鬼人族を翻弄するが、鬼人族から放たれる重い攻撃を受けてしまうのを恐れて必要以上に動き続けなければならない。
体力の消耗が激しくなった獣人たちの動きが極端に鈍くなっていったのだ。そこからは金棒が獣人を捉え、吹き飛んだ獣人たちの山が出来始めた。
「どうやら、この辺りの制圧は完了したようだな」
「……」
ガンテツは無言で頷き、長く先の見えない壁の先を見る。俺たちの位置からではアカイシたちの戦況はわからない。わからないが、ここにいる獣人がこれだけで終わってくれたのは正面から攻めているアカイシたちが踏ん張っていてくれるからに他ならない。
「相手の思惑がわからない以上。今できることをしよう。この壁を壊すぞ」
「……承知」
俺は覇王滅殺波で壁を破壊していく。その間も鬼人族たちは獣人たちをなぎ倒す。俺はチラリと倒れた獣人たちを見る。俺の手で殺した者はゼロだ。
だが、この先彼らが操られていようと殺す覚悟を持たなければならない。覚悟を持って戦うと決めたのだ。俺は吐き気と涙がこみ上げて来そうになりながら前を見た。
「必ず終わらせる」
誰かに発した言葉ではない。自分の中で決意を固めるために発した言葉は壁を破壊する音でかき消されていった。
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