魔王逃亡 終
モモに励まされた俺の下に急報が届いたのは、その日の昼過ぎのことだった。その急報とは、鬼人族の土地に獣人が攻めてきたという内容だった。獣人王国と鬼人族の領地は山から流れる川によって分けられている。
知らせが届いたことで鬼人族の顔役が集まって会議を始めた。その場に呼ばれた俺は遅れながらも顔役が集まる部屋へと入っていった。
扉が開かれたことで深々と鬼たちは頭を下げていく。俺が入ると中央に座っていたアカイシが右端にある座布団へと移動する。
「魔王様、こちらへ」
アカイシに促されるように俺は中央の座布団へ腰を下ろす。
「うむ。状況を詳しく教えてくれ」
「はっ。現在獣人どもは国境の川向こうに布陣しております」
「布陣と言うことはまだ攻めて来てはいないのか?」
「はい。国境沿いに現れた獣人の軍団はそのまま陣を引いて国境を超える様子がありません」
相手が何を考えているのかわからない。だが、国境付近に陣を引いたということは何かをする仕掛けをしている準備なのだろう。
俺が思案を巡らせている間、アカイシたちは何事も言葉を発することなく目を閉じていた。まるで俺の言葉を待つように、いや、まるでじゃなく本当にそうなのだろう。
「皆に聞いてほしい」
俺はなるべく魔王としての威厳を持った話し方を意識して言葉を発した。目を開いた鬼たちは俺の次なる言葉を待って何も話さない。
「俺は獣人王国で教祖ビノと呼ばれる男にあった。そして、俺は教祖ビノに地に貼り付けられ動けなくなった。未知のスキルによって俺は身動きを封じられたのだ。あのとき殺されていれば、俺は完全に敗北していただろう。その場から逃走した俺は、操られる獣人たちに手を出せずに獣人王国そのものから逃げ出してきた」
俺は自身の敗北を認め、俺が体験したこと、俺が思ったことをそのまま口にした。鬼たちは俺の話を聞いて誰も何も言わない。
「俺が逃げたことで状況はどんどん悪くなっている。獣人たちは国境沿いに陣を引き。世界に向かって、今にも戦争を仕掛けようとしている」
俺は覚悟を決めなければならない。たとえ、異世界人が裏で糸を引いていたとしても、俺は一人じゃ何も上手くできなかった。イマリとの戦いも、ベルハザード様に尻拭いをしてもらった。
今回のことだって、のっぺや子供たちが俺を逃がしてくれた。ガンテツが居たからこそ鬼たちが受け入れてくれた。
だから、ここで認めよう。俺は一人じゃ何もできない。誰かの助けがなくちゃ生きていけない。
「頼む。俺に力を貸してくれ」
俺は鬼たちの前で床に手をついて頭を下げた。鬼たちは俺の行動が意外だったのか、息を飲む声が聞こえてくる。
「魔王様、お顔をお上げください」
アカイシが慌てたような声で、俺に駆け寄り肩を掴んで顔を上げさせる。
「あなたは我らが主君です。主君が簡単に従者に頭を下げてはなりません」
肩を掴むアカイシの手は力強く。指は肩に食い込むほどだった。
「我らはあなたが戦えと言うならば戦います。あなたが死ねというならば死ぬことを選びます。頼みではなくご命令ください」
顔を上げた俺が見たアカイシの顔は、鬼のように怒りに震えていた。それは俺に対する怒りというよりも、自分の想いを伝えたい。
自分たちがほしいのは、頭を下げさせた自分たちへ向けられているように感じられた。
「ありがとう」
俺が礼を述べると、アカイシが掴んでいた力を弱める。そして、勢いよく俺の前で土下座の姿勢を取る。
「ご無礼仕りました。ですが、我らオーガ族はすでに魔王様に従う意思は固まっております。どうかご命令くださいませ」
この世界の奴は本当にどこまでも優しい奴が多い。だからこそ、俺は守らなくちゃならない。相手が何を考えているかわからない。だが、明らかに情報戦で相手に上をいかれた。それを認めた上で、動かなければならない。
相手はまだ獣人王国しか手を出していない。規模が大きくなれば、もっと手が付けられなくなる。
ならば、向こうから動いてくれる今のうちに手を打たなければならない。
「世界樹の街へ伝令を出してくれ。エリカ、もしくはジェシーに言伝して全世界の種族に協力要請を討つべきは獣人であると伝えてくれ。
戦える者たちはどれだけいる?その者たちの戦闘力を把握したい。こちらの地理に詳しい者に、この辺の地理と相手が布陣している側の地理を正確に絵に書き写させてくれ。あとの者は戦の準備に入ってくれ」
俺が一気に命令を告げると鬼たちは唖然とした後、立ち上がり手を突きあげる。
「「「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉお」」」
鬼たちは雄叫びを上げて、部屋から飛び出していった。
「アカイシ。忙しくなる。俺のサポートを頼む」
「お任せを」
「それとガンテツを呼んできてくれ。ガンテツに先陣を任せたい」
「かしこまりました」
アカイシは顔を上げて爽やかな笑顔を見せた。先ほどまでの鬼の形相ではなくなっていた。しかし、その目の奥に炎が宿っているのを見逃さない。
「なら、俺たちも動こう。俺はオーガたちの戦闘力を見たい。教えてくれるか?」
「かしこまりました」
鬼たちが訓練する場所は、行けばそこには肉体最強だと言われるオーガ族の神髄を知ることんある。
彼らの肉体は鋼のように固く、しなやかで強靭な動きを見せる。悪魔族をもってオーガこそが肉体最強であると言わしめた強さがそこに実在した。
「オーガは強いな」
「もちろんです」
俺は彼らの姿に勇気づけられ、逃げることを止めた。
「ここから打って出る」
「おう」
俺の言葉にアカイシが拳を突きあげ応えてくれた。
いつも読んで頂きありがとうございます。




