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魔王逃亡 3

 暗闇の中、俺は誰かに追いかけられていた。幾人幾千人いるかわからない無数の手が俺を捉え抑え込む。地面に這いつくばる俺を見下ろしているのは教祖ビノだった。奴は笑顔を浮かべたまま俺を見下ろしていた。


「あなたの負けですよ。魔王ベルハザード。いえ、ミツナリ・オオカネ」

「どうしてお前が俺の名前を知っている?」


 お前たち異世界人に、俺が魔王であることは話していないはずだ。その秘密はエリカとリリスしからないことだ。


「君の秘密なんてもうバレバレですよ。さぁ、どうするんですか?君を殺す包囲網は完成しつつある。君には打つ手なんてないんですよ」


 俺の目の前でフェルやトキトバシ、のっぺや子供たちが縛られ火炙りにされている。真ん中にはエリカさんがこちらを見下ろしていた。


「やめろ!やめてくれ」


 その光景にいつの間にか涙が溢れ出て来た。


「おやおや?君は無力ですねぇ。非力なあなたは彼らを守ることもできない。それで本当に魔王なのですか?」


 バカにする口調で話す教祖ビノは、足を振り上げ俺の顔を踏みつけた。


「ねぇ、教えてくださいよ。君みたいな三流に何ができるっていうんですか?君はマサキやニイミじゃないんですよ。リーダーに向いているとでも思ったんですか?

 異世界チートでなんでも出来ると思っていたんですか?君ってバカですよね。所詮、君は三流の腰巾着でしかないんですよ。小心者で誰かの後ろにいないと、なんにもできないんですよ」


 劣等感に苛まれる言葉は、俺の心の片隅にあったモヤモヤであり、いつも拭えない不安であった。


「俺は、俺は……」


 何かを言うとするが、言葉が続かない。ビノの言うことを否定したい。だが、否定するだけの自信が俺にはない。


「なんです?なんです?反論することもできないのですか?張り合いがないですねぇ。だから君は負けたんですよ。おめおめ逃げることしかできないんだ。あ~あ、情けない。これじゃあ君の周りの人間も報われないですね」


 周りの人間と言われて顔を上げた先にはエリカがいて、じっと俺を見つめていた。その瞳にどんな思いが込められているのか読み取れない。

 その瞳を見ているだけでどんどん不安が募っていく。エリカは炎に包まれ、その身を焦が尽くそうとしている。それでもその瞳だけはじっと俺を見ていた。


「エリカ」

「君は誰も助けられないよ」


 手を伸ばそうとして教祖ビノに踏みつけられる。


「君は終わりだ。ミツナリ」


 俺は教祖ビノの足を掴み握り潰そうと力を込める。だが、教祖ビノの足は思ったよりも細く柔らかでまるで女性の手のようだった。

 俺は驚いて手を放そうとしたが、逆に俺の手を握り返してきた。いつの間にか教祖ビノはいなくなり、俺の手を柔らかで暖かな手が握りしめていた。


「魔王様、魔王様」


 誰かに呼ばれるように目を開いた俺を見つめていたのは、美しい黒髪の鬼娘だった。


「モモ?」

「はい。モモでございます。魔王様に朝食の用意ができたことをお知らせに参りました」


 俺は今見ていたのが夢であることを自覚した。そして、俺の手を握りしめてくれていたのはモモだったのだ。モモの柔らかい手は暖かく甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 しかし、教祖ビノの声も、獣人たちに押さえつけらた感覚も生々しく、味わったことのない恐怖のせいで体が震える。

 しかし、ふわりと柔らかい花のような匂いが体全体を優しく包み込む。


「モモ?」

「申し訳ございません。ですが、こうしなければ魔王様が消えてしまいそうで」


 俺はモモに抱きしめらていた。動きやすい薄い着物を着ているモモの大きな胸が仮面越しに柔らかさを伝えてくる。


「モモ」

「魔王様、あなたは必要な方です。魔王様が新たに就任されてから地方に住んでいる私達の暮らしは随分と変わりました。

 統制された法律、視察としてやってくる文官。これまで私どもの生活は毎日毎日働いては日が暮れ、狩りをしては日が暮れる日々でした。

 ですが、魔王様のお陰で他種族との交流を持つ機会を頂き、また他種族を助けることで感謝されるようになりました。

 オーガ族は恐怖の対象として敬遠されることが多かったのですが、相手から話しかけてくれるようになりました。本当に嬉しいことなんですよ。我々は魔王様を支持しています。これから魔王様が行おうとしてくれていることは地方に住む我々にも必要なことです」


 モモは必死に俺のことを必要だと告げてくれる。


「ありがとう。モモ」


 俺はモモの肩に手を置いて彼女の身体を引き離す。仮面越しに伝わる胸の感触は暖かくて心落ち着くが心優しい鬼娘に顔を見せたい。


「魔王様?」

「大丈夫だ。まだ負けたわけじゃない」


 辛そうな顔も泣きたい気持ちも今は考えない。まだ二度しかあったことないモモに甘えるほど、俺は全力で何もしていない。


「流されてここまできた俺だけどさ。意地ってやつをみせなくちゃな」

 

 このまま流されてモモに甘えるのは違う。それをしたら俺は俺を許せない。モモの見た目はメッチャタイプだ。こんな美少女に甘えられたら俺は弱い自分を認めたことになる。

 それをしたら、この世界で魔王としてやっていくと決めた自分が保てない。


「ふふふ、魔王様は兄様たちを同じなのですね」

「同じ?」

「男の人はカッコつけたたがるところがです。でも、魔王様。本当にしんどいときはいつでも甘えてください」


 そう言って笑ったモモは少し頬を赤く染めていた。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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