魔王逃亡 2
いくら呼んでも現れないトキトバシの身に何か起きたことを察した俺は、魔王ベルハザード様から受け継いだスキルを使う決心をする。
練習は何度かしていたが、実戦で使うのは初めてなので緊張する。
「本当にヤバい相手だな」
ガンテツと二人になり、無口なガンテツは俺の呟きに何も返すことはない。ガンテツは気配察知のスキルを使って周囲の警戒をしてくれているのだ。
「ガンテツ、俺は今から巨大化を使う。壁の向こう側が見えたら瞬間移動を使うから、俺の身体の一部を掴んでくれ」
「……承知」
ガンテツの短い返事を聞いた俺は巨大化するため精神を集中させる。漆黒の鎧さんはどんな形状にでも変化してくれるので心配はない。漆黒の鎧さんは魔王様も巨大化したり、小さくなったりしていたときも着られていたものだ。
「いくぞ」
俺は巨大化のスキルを発動する。劣化版なので魔王様よりも一回り小さい。魔王様が十五メートル近い大きさになるのに対して、俺は十メーテルほどにしかなれない。それでも壁を越えるのには十分な大きさを確保できた。
「見えた。ガンテツ」
俺がガンテツに声をかけて手を伸ばす。しかし、ガンテツの周囲には獣人が集まり、ガンテツに襲い掛かっていた。ガンテツは無言のまま獣人の襲撃を察知して壁になってくれていたのだ。
「ガンテツ」
俺が名を呼びながら腕を伸ばす。ガンテツは金棒を振り回しながら、敵を薙ぎ払い俺の腕を掴んだ。
「いくぞ」
フェルが戻ってこないのもどこかで戦っているからに違いない。
のっぺや子供たちに助けられた。多くの仲間が俺をここまで連れてきてくれた。だから、ここでガンテツを見捨てるわけにはいかない。俺はガンテツに触れているのを確認して瞬間移動を発動した。
獣人王国の首都コロッセオの周りにはどこまでも続くと思われる広大な草原が広がっている。草原の中心に瞬間移動した俺は次に森の方へ振り返り再度を瞬間移動を発動する。森の中に入ったことで巨大化を解除した。
「ガンテツっ大丈夫なのか」
森に身を隠すことができたので、俺はガンテツの様子を伺う。体中に噛み傷や爪痕を残しているが、すでに血は止まっていた。
「問題ありません」
ガンテツは片膝を突いて礼を尽くす。ガンテツとはこういう男だ。体の硬化を得意とする鬼人族だからこそこの程度で済んだのだろう。
「ありがとう、ガンテツ。お前のお陰で巨大化ができた」
「もったいないお言葉」
「だが、まだ安心はできない。獣人は鼻が効く。この場所もいずれ見つかることだろう。これから俺たちはオーガの村まで後退する。のっぺたちのことは心配だが、今は信頼する。いいな?」
「承知」
来るときは三日かかった道のりを瞬間移動を多用することで、一日で走破した。移動手段のアドバンテージを使って獣人たちを引き離した。
「ガンテツ、オーガの里が見えたぞ」
「はっ」
完全に日が沈んだ時間。俺とガンテツは鬼人族の街へとたどり着いた。オーガの里と呼ばれる街は純和風な木造家屋が立ち並び、街の外には大きな畑で米が作られている。
「誰か、誰かおられるか?」
獣人王国が巨大な石壁を作っているのに対して、オーガの里は木で作られた壁が堀の向こうに作られていた。
「何者じゃ?」
鬼人族の若者が松明の火をこちらに向けるように門の上にある物見櫓から見下ろしてきた。
「我が名は魔王ベルハザード。鬼人族の長アカイシ殿にお目通り願いたい」
「まっ魔王様!!!」
鬼人族の若者は俺の名乗りに驚いて物見櫓から落ちてしまったようだ。落ちた鬼人族の若者は、落ちた先にした別の鬼人族に事情を話してアカイシを呼びに行ってもらったようだ。
「魔王様ではありませんか」
しばらく待っていると門が開かれ、アカイシが出てきた。俺とガンテツの姿を見て驚いた顔をする。
「夜分遅くに邪魔をする。すまないが、寝る場所と食事を提供してもらえないか?」
「何があったのか気になるところですが、今はお二人ともお疲れのご様子。すぐに用意いたしましょう」
アカイシは事情を聞くことなく、俺たちを受け入れてくれた。通された部屋はアカイシの家にある離れだった。
「魔王様の世話をさせる者をよこしますので、しばしお待ちください。兄上はこちらへ」
俺は通された部屋で漆黒の鎧さんを簡易形状である仮面へと変化させる。
「魔王様、失礼します。モモでございます」
「ああ」
返事をして入ってきたのはガンテツ、アカイシの妹であるモモだった。純和風な美少女が部屋着であろう薄い着物を着て入ってきた。
美少女であっても色っぽさを感じるのは、蝋燭の光だけしかいない薄暗さのせいだろうか。
「湯の支度ができております。よろしければ先に湯をお浴びください」
「そこまでしてもらわなくても」
「いえ、魔王様をもてなすのも我々長の務め。どうぞ遠慮なさらずお使いください」
モモに笑顔で促されては断る理由はない。俺は、風呂に入らせてもらい今日一日の疲れを洗い流した。モモとアカイシに国境まで案内してもらってから十日ほど経っているが、随分と忙しない日々だったと疲れがどっとあふれ出す。
「魔王様、寝床のお食事の支度ができました」
モモの声がなければ風呂の中で眠っていかもしれない。俺は意識を取り戻して風呂から上がる。部屋には質素ながらもしっかりとした食事が用意されていた。
「山でとれた山菜と猪肉。うちで作っているコメとキノコの味噌汁になります」
モモが作ってくれた食事を口にして、俺は涙を流したくなる。そこには懐かしい元の世界に近い味がしたからだ。
「魔王様?大丈夫ですか。お口に合いませんでしたか?」
食べている途中で箸を止めた俺を見てモモが心配そうに問いかけてくる。
「いや、本当に美味い食事だ。ありがとう」
「よかったです」
モモは心から嬉しそうに微笑んでくれる。その美しさに見惚れてしまう。
「どうかされました?」
「いえ、美味しいな。本当に美味しい」
俺は誤魔化すようにコメを口の中に流し込んだ。その日の晩は、久しぶりの懐かしさと安堵のあまりゆっくりと眠りにつくことができた。
いつも読んで頂きありがとうございます。




