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魔王逃亡 1

 よう、ちょっとヤベー状況だ。宿屋に大勢の人が向かってくる気配がするらしい。ガンテツのスキル、気配察知にひっかかったらしいぜ。しかもだ、相手は敵意というか殺意を持って行動している。

 目的はもちろん俺だろう。どうやって大勢の人を先導したかはわからないが、ここで戦うわけにはいかない。

 どんな方法で操られているかわからないが、獣人を殺すわけにはいかない。攻撃できないなら、逃げるしかないだろ。


「魔王様、ここは我々にお任せください」


 金狐となったのっぺが一歩前に進み出る。


「任せるって、危険だぞ」

「魔王様。彼らは魔王様を捕らえに来たのだと思います。ですが、同じ獣人ならばこの被害を分かち合い助け合えるでしょう。しかし、魔王様と……ガンテツさん。あなたは魔王様とお行きください。鬼人は魔王様の手先だと知られています」

「……」


 のっぺの言葉に武器を持とうとしていたガンテツが動きを止める。寡黙なガンテツはのっぺの言葉に無言の睨みをきかせた。

 しかし、のっぺは余裕の笑みでガンテツの睨みを受け流している。


「ここは我々獣人の王国」


 妖怪族ののっぺが抜け抜けと言った言葉に、俺は笑うしかなかった。


「そうか、獣人の王国だな。わかった、のっぺ。それにお前たち、この場を任せる。誰一人欠けることなく、報告してくれるのを待っているぞ」

「「「はっ」」」


 のっぺと子供たちが表の扉に向かったことで、俺とガンテツは裏口から街の外へ向かって飛び出した。俺たちが出てすぐに、宿を取り囲むほど大勢の獣人によって宿の建物が見えなくなってしまう。

 

「ガンテツッ」


 俺は叫ぶようにガンテツの名を呼んだ。宿を取り囲む獣人を見てガンテツの足が止まったのだ。


「……」

「ガンテツ。のっぺを、子供たちを信じろ。今俺たちは彼らに守られているんだ」

「……御意」


 ガンテツは一瞬躊躇い、ゆっくりと走り始めた。しかし、王都コロッセオは魔物を侵入を防ぐため、巨大な壁によって街を囲っている。壁によって外に出ることを阻まれた俺は、瞬間移動を使おうにも瞬間移動は見えている範囲しか移動できない。

 

「トキトバシ、トキトバシ。頼む、来てくれ」


 俺がトキトバシの名を呼んだとき、トキトバシはいくら呼んでも来ることはなかった。


 ♦


「なんじゃお前は?」

「あなたがトキトバシさんですね」


 トキトバシはエリカを獣人王国に送り届け、いつでも魔王に呼ばれてもいいように、トキトバシの間へ戻ろうとスキルを使った瞬間。見知らぬ空間へと移動していた。

 そして見知らぬ空間には、白いローブを纏った仮面を着けた者が目の前に立っていた。


「初めまして、簡単に自己紹介するならば、魔王の敵です」

「ふむ。その敵がワシになんのようじゃ。ワシのようなか弱い老人を相手にせんと魔王様と直接戦えばええじゃろう」

「はははっははははは」


 トキトバシの言葉に白いローブ仮面がお腹を抑えて笑い出した。


「何がおかしい」


 トキトバシは白いローブ仮面が異常な存在に思えて後ずさりする。


「あぁ、おかしい。あなたはあなたの価値をわかっていないのですか?あなたは魔王にとってキモとなる人物だ」

「キモじゃと?」


 トキトバシは自分の存在をそこまで重要だと考えていない。自分は魔王の裏方であり、魔王を好きな場所に連れていく運び屋でしかないと思っている。


「ええ、あなたがいなければ魔王はどこにも逃げられない」

「はん。魔王様を舐め過ぎじゃ。あの方は本来は誰も必要としておらんよ」

「それは初代魔王の話でしょ?」


 魔王が初代から二代目に代わった話は、すでに全世界の人間が知っていることだ。だが、二代目は初代よりもスキルが多く。最後の機械族イマリを倒したことで、名実共に強者であることが認められている。


「二代目様の方が強い」


 トキトバシは近くで見ているからこそ分かることがある。初代魔王は屋台骨として立派な大黒柱だった。だが、平和になった世の中では如何せん力を持て余していた。

 だが、二代目魔王は平和の世の中で人々の雇用を増やし、種族同士の協力を求めるなど頭脳や人柄でも優秀であることが認められている。また、初代魔王でも討ち取れなかった機械族イマリを討ち取った功績は戦闘力での実力も十分であることを示した。


「まぁ、確かに強さだけなら二代目魔王は、初代魔王より強いかもしれないですね。でも、彼は甘いというか、スキがあり過ぎる。

 二代目魔王が増やした雇用ですか?あれは敵も招き入れると考えなかったのですか?僕がこうして事を起こしたのも、二代目魔王の情報が揃ったからだ」


 白いローブ仮面は魔王をバカにするように嘲笑う。


「お主は何もわかっとらんのう」


 しかし、そんな白いローブ仮面をトキトバシは溜息を吐くことで反論した。


「僕が何をわかっていないというんですか?」

「その丁寧な言葉使いに隠された野心満々の心。自信たっぷりな口調。そして、魔王様を模したような仮面。お主という人物が透けて見えとるぞ」


 トキトバシの言葉に、ずっと笑い続きていた白いローブ仮面は笑いを止めた。


「あ~あ。本当、老人って面倒ですね。自分たちは何でもわかってるみたいな態度で。まぁその考察も含めて、あなたを危険だと思った僕の考えに間違いはないということですね」

「ふむ。それで?ワシをどうするつもりじゃ?殺すか?」

「そんな不確定なことはしませんよ。あなたは妖怪族だ。妖怪族は死んでも、また生まれるって言うんじゃないですか。だから殺しはしません。僕にはうってつけのスキルがあるんですよ」


 先ほどからトキトバシはスキルを発動しているが、一向に場所を移動できない。


「無駄ですよ。どこまでいっても別の空間ですからね」

「どういうことじゃ?」

「僕のスキルは異空間を作り出すことです。つまり、あなたをこの空間に閉じ込めて監禁させてもらいます」

「なるほどのう。好きにするがいい」

「本当に面白くない人ですね。もっと怯えるなり、うろたえるなりしてくれればいいのに。でも、あなたがいなくなった後の魔王がどうなるのか楽しみで仕方ないですよ」

「どうにもならんさ。あの方は本来は誰も必要としておらん。貴様の悪巧みなど上手くいかんさ」


 トキトバシの言葉に、白いローブ仮面は無言で背を向ける。


「勝つのは僕だ」


 白いローブ仮面はそれ以上言葉を発することなく、空間の中に開いた暗闇へと消えて行った。


「魔王様、信じとるぞ」


 トキトバシは祈りながら目を閉じた。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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