ジェシーのお節介
ジェシーのお節介
魔王ミツナリ・オオカネ・ベルハザードが城を出て一週間が経とうとしていた。世界樹の街を管轄する人員が増えたことで、魔王がいなくなっても業務は数段処理が早くなり円滑に進むようになった。
「はぁー」
「エリカ先輩。暗い顔してどうしたんですか?」
エリカは魔王の執務室から掃除終えて、秘書室でため息を吐く。それを聞いていた同僚であるジェシーが声をかけたきた。
「ジェシー。あなたは随分と元気になりましたね」
「そりゃそうですよ。今まで三人でやっていた仕事量を200人ですよ200人。確かに部下の指導とか、やることも増えましたけど。仕事がどんどん終わっていくって本当に気持ちいいです。これまで以上のやりがいとか感じてますよ。今は仕事が楽しくて楽しくて」
「よかったわね」
魔王がいなくなった執務室は書類もなくなり静かなものだ。毎日の掃除はエリカが欠かさず行っている。
エリカは魔王に自分もついていきたいと申し出たが、悪魔族は連れていけないと断られてしまった。
有事の際はトキトバシの能力で馳せ参じる気持ちはあるが、それでも不安が拭えるわけではない。
「それにしてもエリカ先輩って健気ですよね。悪魔族とは思えませんよ」
「あなたは悪魔族をどんな風に思ってるのかしらね」
エリカは意地悪そうな笑みを作ってジェシーを見た。男性陣がエリカの微笑みを見れば悩殺されていたことだろう。それほどにエリカの微笑みは美しかった。
しかし、同性であるジェシーからしてみれば、悪魔族のエリカの微笑みは綺麗であると同時に恐怖の対象でしかなかった。
「あははは、えっと、悪魔族は戦闘力が高くて、一人一人がメッチャカッコいいですよね」
ジェシーは冷や汗を流しながら、何とか誤魔化すようにエリカと悪魔族を褒めちぎった。調子のいいジェシーに意地悪な笑みから、毒気の抜かれた笑みへとシフトチェンジさせたエリカも元気を取り戻す。
「それにしても、魔王様って罪な人ですよね。案外渋い声だったり、切れる頭を持ってる割に抜けてるところあるんですよ。それがまたいいんですけどね」
不意打ちのように発せられた魔王の評価にエリカは顔を上げれる。すると、ジェシーがニヤニヤとした顔をしてエリカを見ていた。
「そうね。あの方はなんでもご自分の心に抱え込んでしまわれる。相談してくださればいくらでも手を貸すというのに」
「本当ですよ。魔王様水臭い。仕事仲間なんですからちょっとは頼れっての。悪魔族がダメなら亜種族の私を連れて行けばいいのに」
「えっ?」
ジェシーの意外な本音にエリカは驚かされてしまう。
「いえいえ。言葉のあやですよ。でもですね。私だって亜種族の中では強い方なんですよ。ダークエルフは、エルフの闇落ちとか言われてますけど。闇に落ちた分グラマラスな体型と身体的肉体能力は高いんです。魔力だって自然魔法から闇魔法まで使い放題ですよ」
ジェシーはご自慢の胸を持ち上げてタプタプさせる。
「ふふふ。そうね。そうだっわね。確かに私はついて行けない。でも、あなたなら問題ないかも」
「そうですよ。ねっ、エリカ先輩。仕事は順調に機能しています。それでも、魔王様が心配ならエリカ先輩の代わりに私が飛んで行ってあげますから元気出してください」
「ありがとう。あなたが同僚でよかったわ」
エリカは心からジェシーの明るさを好ましいと思った。魔王のことが心配で仕方がない自分を励まそうとしてくれているのだ。
何より、自分以外に魔王を心配している者がいる。そして、魔王のために動こうとする者たちがいる。それだけで、心が落ちついた気がした。
「それにね。今回は妖怪族と鬼人族にも護衛を頼んでいるから大丈夫よ。妖怪族は戦闘面に関してそれほど強くはないけど。特殊な力を持っているし、鬼人族に至っては獣人よりも遥かに強い人体強化を持っていると私は思っているの」
「そうなんですか?」
「ええ。しかも、元々この城で働いていた選ばれた人材よ。心配なんてしていないわ」
「それならいいんですけど」
ジェシーは知っている。大丈夫だと言いながら、エリカの表情は憂いを帯びていることに。やはり自分が行かなければ気持ちなど落ち着くはずがないのだ。
「確かのっぺさんって誰にでもなれるんですよね?」
「ええ。私やあなたにもね」
「ふーん、へー。そうなんですか」
「何?何か言いたげな顔ね」
「それってのっぺさんが居れば悪魔族だって言わなくてもいいんじゃないですかね?」
「はっ?」
ジェシーの言っている意味が分からず、間抜けな声を出してしまう。
「だから、もしも悪魔族疑われても、妖怪族ののっぺらぼうだって名乗れば先輩も獣人王国に行けるんじゃないですか?」
「えっ?ちょっと待って何を言っているの?」
「だ、か、らぁ。先輩。魔王様の元に行きたいんですよね」
「私、そんなこと言ってないわよ」
「口で言ってなくても顔が言ってますよ」
ジェシーの言葉にエリカは黙ってしまう。
「さっきも言いましたけど。仕事は順調。魔王様がいなくても、私やエリカ先輩がいなくても機能してます。だから、行ってきてもいいんじゃないですか?」
ジェシーはさらに背中を押すようにエリカに言葉を重ねた。それまで憂鬱そうな顔をしていたエリカは、動揺した表情から急に慌て始め遂には独り言でダメだダメだと言い始めた。
「もう悪魔族らしくないですよ。悪魔族は戦闘力が高くてカッコいいんですから。即断即決。魔王様のところ行っちゃってください。あとのことは私がやっときますから」
ジェシーは強引にエリカを立たせて、トキトバシの間へと連れて行く。その間も混乱するばかりのエリカは、手を引かれるままトキトバシの間へとやってきた。
「トキトバシさんいますか?」
「なんじゃ?うん?お前さんは魔王様の秘書じゃな。それにエリカ嬢までどうしたんじゃ?」
「エリカさんを獣人王国の王都コロッセオまで飛ばしちゃってください」
「ちょっと、ジェシー」
「ほうほう。なるほどのぅ~事情はなんとなく分かったぞい」
二人のやり取りを見てすぐに状況を理解したトキトバシはニヤニヤと笑い始める。
「じゃあ、お願いします」
「あいよ」
「ちょっとトキトバシ」
「あんたのことだ。向こうに行ってもちゃんと策を考えておるんじゃろ」
トキトバシは何も心配していないと、いつものようにエリカを獣人王国へと飛ばした。
「いってらっしゃい。あ~あ、私も魔王様狙ってたんだけどな。でも、あんな健気でいじらしいとこ見せられたら譲っちゃうよね。さっ、仕事しよ。魔王様とエリカ先輩の分も頑張らなくちゃ。大変大変」
大変大変と言いながら、どこか楽しそうなジェシーはトキトバシの間を後にした。
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