王都コロッセオ 終
来賓室を出た俺は漆黒の鎧さんの形状を変えて、魔王として見せていた姿や匂いを変化させる。さらに、マサキ達と戦ったことで手に入れた気配断ちを使って、自分の存在を不透明にしている。劣化版なので、完全に気配を消すことはできないが、不透明にすることで存在を認識しにくくすることができるのだ。
広い廊下を歩き続けている内にエキシビションマッチが開始したようだ。
エキシビションマッチはキャットファイトだった。セクシーな衣装に身を包んだ女性獣人同士が戦いを繰り広げていた。
獣人に男女の差はあまりないらしいのだが、それでも男性よりも俊敏でしなやかな動きをしているように見える。
何よりも女性同士の戦いは争い合っているはずなのに美しく見える。
「どこの世でも同じだな」
獣人として誇るべき身体能力で、男性の試合と変わりない戦いを繰り広げている。王国のルールとして、あくまで獣人王国は強き雄を決める戦いを行うためキングが選ばれる。
求めるのは強い祖先を多く宿すことができるキングなのだ。実際キングライガーは十二の嫁を持ち、三十六の子を成したそうだ。
もう成人を迎え、兵士になっている息子もいるらしい。キングは世襲制ではないため、次のキングになるためにはこの大会に出なければならない。残念ながら息子たちは、この大武闘大会に出られるほどの力量ではないらしい。
「しかし、女性も強いな」
俺が視線を闘技場内に向ければ、キングライガーに似た白虎の獣人と、白虎よりも遥かに大きなサイの獣人が一騎打ち状態になっていた。速さは白虎、力はサイと言ったところか。
体格だけ見ればサイの獣人の方が明らかに大きく優位であり、白虎の獣人は細く戦えているのが不思議なぐらいだ。
「あたいは最強の女王になるんだ。キングの娘だからって調子に乗るんじゃないよ」
「私だってお父様の娘として恥ずかしくない戦いを見せなければね。あなたにも勝つわ」
白虎娘が宙を舞う。強化された足は高々と娘を空へと舞いあがらせ、サイ娘はその巨体では考えられないほど俊敏な動きで白虎娘を追いかけた。跳躍力は白虎娘が上、サイ娘が捕まえようと手を伸ばすが、空中で身をよじってその手を躱し、逆にサイ娘の肩を足場にさらに跳躍して見せた。
コロッセオの最上段まで届く大ジャンプ、空中で頭と足の向きを変えて美しい円を描いた。
「こんな空中で何ができるっていうんだい」
サイ娘は落下した地面で白虎娘を迎え撃つ。しかし、落下の速度はグングンと白虎娘を速くしていく。二人が接触する瞬間の攻防。
サイ娘は自慢の角で白虎娘を迎え撃ち、白虎娘は鋭く伸びた爪でサイ娘を切り裂く。
二人がすれ違い勝負は決した。
「倒れたのはサイホーン族のアイリスだ」
「勝者フーレンレン」
どうやらサイ娘はアイリスと言うらしい。見た目に反して可愛らしい名前だ。エキシビションマッチが決着する少し前から、俺はゲストルームへ到着していた。
丁度来賓室の目の前、扉の前には護衛らしき獣人が立っていた。だが、そんなことは俺には関係ない。俺の気配に気づいていない獣人を眠らせ扉を開ける。
「ようこそ、魔王様」
部屋の中に入った俺を出迎えたのは教祖ビノ自身だった。
「どうして俺が魔王だと?」
漆黒の鎧を全身に纏っている俺を見て教祖ビノは確信めいた言葉を口にした。
「あなたが、来賓室からいなくなったことに気付いているからですよ。何より、あなたが私の送った私兵を倒したときからここに来ると確信していました」
「全部読んでいたのか?なら、俺が何をしにここに来たのかわかっているだろ?」
「ええ、もちろん私を殺しにですね。ですが、ことはそう簡単にいくでしょうか?」
教祖ビノは余裕の笑みで両手を広げる。
「すぐに済むさ」
俺が一歩踏み出そうとしたとき、コロッセオ全体が揺れた。
「おや、ナイスタイミングですね。どうやら始まったようです」
「何を?」
「あなたも私の計画を読んでいたのでは?だから、真っ先にここに来た」
教祖ビノを見ようとするが急に天井も地面も分からなくぐらい目が回り身動きが取れなくなる。
「あなたは選択を間違えた。もう、私一人を倒したところでどうにもならない」
教祖ビノは地面に倒れ込んだ俺の横を通り過ぎてゲストルームから出て行く。
「そうそう。もしも生きておられたらどんな気持ちか教えてください。敗北する気持ちを。では、また」
教祖ビノがゲストルームから出ると先ほどの揺れはさらに大きくなり、遂に揺れの原因である爆発音が聞こえ始めた。
「獣人の区域を大火事にしたのもお前の仕業か」
あれは予行練習だったのだ。本当の目的は獣人王国の中心である王都コロッセオを大炎上させるための布石だったのだ。
「少しでも多くの命を」
俺は起き上がろうとするが、自分が起き上がっているのか、それとも寝ているのか、はたまた立っているのかすらわからない。
天地が定まらないこの状況を作り出したのが教祖ビノのスキルなのだとしら、俺のやることは一つしかない。
「漆黒の鎧さん。オートモードだ。俺の身体を自由に動かして非難誘導を頼む。ある程度のは用意していたから被害は最小で抑えられるはずだ」
スキルにかけられたのは俺自身。自立支援型の漆黒の鎧ならば、スキルに関係なく動くことができる。
ゲストルームを飛び出した漆黒の鎧は傾き始めたコロッセオをものともせずに、危険に晒されている人々の救助活動を開始した。
俺はその間にステータスオープンで器用貧乏を発動して、自分にかけられたスキルを特定していた。
「平転回帰。これか?」
・平転回帰、前後左右上下縦横。全ての平衡感覚を狂わせることができるスキル。劣化版のため、時間に制限有り。
どうやらこのスキルのせいで、俺は平衡感覚を無くしてしまったらしい。このスキルだけでも十分に脅威になるが、まだ何か隠しているようにも思える。
その日、獣人王国の王都コロッセオは巨大な闘技場を半壊させ、街全体に投下された爆発のせいで街の機能を失った。人員の被害は少なかったが、王都コロッセオは終わりを迎えたのだ。
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