力
広がっているのは獣人たちの死体の山であり、焼け焦げたような匂いは、死体から出る残り香に過ぎない。そんな地獄の中心で、ハイエナの獣人は自分が死ぬことを悟っていた。胸に刺さる剣を見つめながら顔を上げる。
「応える気はあるか?」
「バカな」
「そうか、残念だ」
「ハァハァハァ、魔王は化け物か、ハァハァハァ」
ハイエナの獣人は息も絶え絶えに完全武装の漆黒の鎧を纏った俺を見上げている。獣人とは頑固な生き物だ。二千五百人もいた仲間が、死に絶えたと言うのに。
「お前が彼らのボスだと思ったので生かしたが、違ったか?本当に残念だ」
「ゴホッ」
ハイエナは口から血を吐き、顔色も青白くなっていく。
「我々には神が付いている。魔王は神ではない、ただの化け物だ。いつか、我々の神が貴様を討ち取るであろう。我らが神、ドラモンに祝福を」
ハイエナは最後の力を振り絞り、呪うように魔王を睨みつけながら息を引き取った。
「まっ、魔王様」
駆け寄ってきたクロイセンが、辺りを見渡し表情を青ざめている。俺は剣に付いた血を払いながら、クロイセンへ視線を向ける。
「なんだ?」
「もっ申し訳ありません」
何を謝っているのかわからない。威風堂々としていた獣人王国の騎士団長はそこにはいなかった。いるのは俺を怯えた目で見ている小動物だった。
「もういい。案内を頼む」
「はっ」
何が起きたのか?見れば分かるだろう。力を振るい敵を薙ぎ払っただけだ。魔王から受け継いだモノは魔王の椅子だけじゃない……血塗られた土地を見て、俺は馬車へと乗り込んだ。
♦
二千五百名の鍛え抜かれた獣人戦士が魔王を取り囲んだ。彼らは確信していただろう。これだけの人数を集めれば魔王を討ちとることができると、リーダーを務めたジョウコウ族のサバナは誰よりも魔王の死を確信していた。
彼は掃除屋として数々の殺しを手掛けてきた。そんな自分を屈服させ、認めてくれたビノ教祖を心から信じていた。そして、ビノ教祖から受けた頼みを叶えたかった。
サバナはもっとも確実な方法で魔王を倒すことを選んだ。数で押し切れば魔王も倒せる。
いくら鍛え抜かれた獣人王国の兵士に守られていようよ、相手は十名足らず、最初の数名がやられても必ず打ち勝てる。どんな手段を使おうと、勝てばいい。サバナは魔王を討つため王国兵にも負けない鍛え抜かれた獣人を集めた。
サバナの読みは合っていた。騎士団長以外は大した実力を持っておらず。圧倒的な数の力で護衛たちに襲いかかり、九名をすぐに討ち取られた。もしかしたら、ここまでの人数を集める必要などなかったかもしれない。
だが、念には念を押すのがサバナの性格なのだ。残ったのは、団長であるクロイセンだけだ。ここで油断せずに、魔王を討ち取らなければならない。
もちろん魔王に組した獣人も同じように殺す。
「フェル、ガンテツ。子供たちを守れ」
「魔王様!」
不意に馬車の中から声が響き、黒い鎧を身に纏った魔王が馬車を降りて来た。同じようにウルフ族の小僧が姿を見せるが関係ない。この数で圧倒すれば魔王など何も恐れることはないのだ。むしろ向こうから出て来てくれて手間が省けるというものだ。
魔王の両手が光り輝き魔法らしきものを放とうとしている。魔王はバカなのではないか?いくら威力がある魔法を放とうと、放った瞬間に四方から襲い掛かれば簡単に殺せてしまう。
「お前たち、魔王が魔法を放った瞬間を狙え」
「全滅しても知らないからな」
全滅?何を言っているんだあのアホ王は。獣人はその肉体を魔力で強化しているのだ。多少の魔法ではケガをしても戦闘を止めるような奴はいない。
「一斉に飛び掛かれ」
俺の合図で馬車を取り囲んでいた獣人たちが魔王へと殺到する。その瞬間、魔王の両手から光が放出される。眩い光が魔王を中心に円を描き、獣人たちを飲み込んだ。
俺はあまりの眩しさに目を隠し光がおさまるのを待った。そして、光がおさまり見たものは信じられない光景だった。
魔王を襲うはずだった獣人は跡形もなく消え去り残っているのは焼け焦げた匂いだけだった。
「これでも手加減したんだがな」
「バカな、あれだけの兵士を一瞬で……」
「どうやらお前がボスだな」
何が起きたのかわからなかった。後方で指示を出していた俺や、襲い掛かるのが遅かった者は生き残っているが、殺到していた戦闘員は全て姿を消している。
唖然としているうちにどんどんと状況は悪化していく。残った幹部や数名の兵士たちが一瞬のうちに剣を持った魔王によって葬り去られていく。
そして、魔王は俺の前に現れ、胸に剣を突き立てた。
「バカな」
俺は読み間違えていた。魔王の強さは常軌を逸している。獣人が何千、何万束になって挑もうと、魔王には勝てない。
サバナは気づくのが遅すぎたのだ。現魔王、ミツナリ・オオカネ・ベルハザードは、ベルハザードの名を引き継いだ時から心に決めていることがある。
「俺の仲間に手を出すなら、容赦はしない。お前が俺の敵ならば徹底的に殲滅する」
ミツナリは機械族のイマリに手痛い敗北を喫した。そこから得たのは、元魔王から与えられた命だった。自分のミスから死んだ者がいる。
その者に恥じない自分でありたい。そう思うからこそ、ミツナリは冷酷非道と呼ばれようと力を使うことに躊躇はしない。
「クロイセン」
「はいっ!」
「獣人は脆いな」
馬車へと乗り込む魔王の姿を見つめながら、クロイセンは気づいてしまった。自分たちはとんでもない化け物を自国に正体してしまったのではないかということに。
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