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フェルの主

 フェルの主


 獣人区域で出会った仮面の少年は、新たな世界の魔王だった。魔王は俺たちを城に連れ帰り、風呂に入れ、食事や服、寝るところも用意してくれた。

 次の日からしばらく魔王に会う機会はなかったが、のっぺさんが色々と世話を焼いてくれた。

 のっぺさんは妖怪族ののっぺらぼうという種族で顔には目も、口も、鼻も、耳も、髪も眉も存在しない。存在しないが無臭で匂いに敏感な俺たちには好ましい人だった。


「さぁ、今日からはお勉強もしましょうね」


 しかものっぺさんは頭がいい。色んな人に成れるスキルを使うために、その人物がどのような言動で、どのような思考をするのか、理解する知識がいるのだと言っていた。


「勉強はイヤ。もっと遊びたい」


 まだガキたちには勉強と言っても面白くないイメージしかない。


 俺だって言葉がどうの、数字がどうのと言われても面白いと思えない。正直、やりたいとは思わない。今までは生きていくのに必要だったから計算もできるようにしてきた。物の名前を読むぐらいには字も書ける。だが、それだけだ。勉強してきたわけじゃない。


「そうですね。皆さんはまだ勉強などしたくないですね。では、遊びましょう。これは言葉遊びです。しりとりという遊びを知っていますか?」


 そんな俺たちにのっぺさんは遊びを交えて、色々なことを教えてくれた。しりとりは多くの言葉を知っていなければ続かない。

 計算競争は数字を理解して解くための速さを要求された。

 

 どれも争いという側面を持ち、闘争本能が強い俺たちには戦いや勝負だと言われれば負けたくない意識が強くなる。要は、のっぺさんの思惑にまんまと乗ってしまったというわけだ。


 一カ月も城で生活をしていれば、のっぺさんのお陰である程度の言語を理解するようになり、しりとりとした際は、出てきた言葉をのっぺさんが実際に見せてくれるようになった。

 それはときに物であったり、人物であったり、絵であったりしたが、目で見て名前を呼ぶことでガキたちもすぐに覚えて行った。


「さぁ、寝物語ですよ」


 そして、俺たちが眠るとき、のっぺさんは歴史の本を読んでくれる。この世界を作った異世界人の話。ノーマルの悲劇。元魔王の英雄譚など。その話は様々で、でも実際にこの世界で起きた歴史そのものだった。


「みんないつも城の中でばかり遊んでるから体が鈍ってない?今日はみんなと外で遊んでくれる人を紹介します」


 勉強と同じように、のっぺさんが気を遣ってくれたのが運動だった。俺たち獣人はその魔力やスキルのほとんどを人体強化に関するものが多い。

 そのため子供の時から、肉体を鍛える訓練が必要なのだ。本来ならば親が子に教えるように鍛えさせるのだが、俺たちに親はいない。

 

 のっぺさんが紹介してくれた男性は、オーガ族で俺たちよりも遥かにデカい体を持っていた。


「オーガ族のガンテツだ」


 ガンテツさんは無口な人で、あまり何かを指示することはない。だが、俺たちにと同じように、ガンテツさん肉体強化を使う人だった。。

 俺たちが二十人がかりで突撃をかけても、初日は全員が何もできずに倒された。


「これまで」


 獣人が肉体強化により、バランスのよいスピードやパワーを発揮するのに対して、ガンテツさんはパワーと肉体硬化に魔力を使っているようで、俺たちの攻撃を受けてもびくともしない。

 

 遊びという名の勉強と、運動という名の訓練が続く内に止まっていた身長が伸び始めた。

 ふと、俺は疑問に思うことがある。魔王はどうして俺たちにここまでしてくれるのだろう。

 獣人の区域が火事にあって俺たちが困っていたから?魔王が優しいから?それとも別の何か目的があって?歴史や言語の勉強をするうちに裏切りや計略などという言葉も学んだ。

 

 勉強をして色々な知識を得たことで、魔王が何を考えているのか知りたいと思うようになった。


「フェル。魔王様がお呼びです」


 そんなとき、魔王の秘書をしている悪魔族のエリカが俺を呼びに来た。妖艶な雰囲気の中に悪魔族特有の恐ろしさを醸し出した薄気味悪い女だ。


「わかった」


 そんな奴から呼ばれても、魔王が呼んでいるなら出向かないわけにはいかない。執務室に入ると魔王が窓から外を眺めていた。

 初めて会った時よりも、その存在は大きく感じられた。自分は最近強くなったと思っていた。強くなったからこそ、魔王から放たれれる威圧感が圧倒的であることが理解できた。


「よく来たな」

「仰せにより参上いたしました」


 俺は自然に膝を突いて、不慣れながらも敬語を使っていた。のっぺさんが教えてくれたものだが、上手く言えただろうか。


「そんな堅苦しい挨拶はしなくていいさ。フェル、お前に頼みがある」

「頼み?」


 命令ではなく、頼みと言われて戸惑ってしまう。魔王様は俺を従者ではなく初めて会ったとき同様、友人と接してくれている。

 俺はそのことを嬉しいと思いつつ、困惑してしまう。


「そうだ。俺はもうすぐ獣人王国に出向くことになる。そのとき、俺と共に獣人王国まで来てくれないか?俺の護衛として」


 魔王様の言葉に俺は胸が熱くなる思いがした。俺を護衛として選んでくれたのだ。心から嬉しいと思った。


「謹んでお受けします」

「そうか、助かる。その際にお前のとこにいる子供たちも同じように獣人王国に連れて行こうと思っている。彼らも故郷に帰りたいだろう。帰還を望む者には獣人王国に留まることも許そう」

「重ね重ね、お心遣いありがとうございます」

「そう、固くなるな」


 魔王様は仮面をつけているが、その口元が苦笑しているのがわかった。だから、俺もニヤリと口角を上げて笑い返す。


「俺は、いや私はあなたを主と認めた。主には敬語を使うのが普通です。どうか、これからも主のために仕えさせてください」


 俺は改めて主様に頭を下げた。これは俺にとって儀式みたいなものだ。すでに俺の心は決まっている。


「ありがとう。お前がそう言ってくれて嬉しく思う」

「はっ!」


 主様に認めてもらえた。その日から、俺は主様の下で様々なことを学ぶことになる。主様の考え、戦い、戦術、思いや気持ち、これまで以上に勉強も戦闘も頑張った。今ならばガンテツさんにも引けを取らない。


「さぁ、いくぞ」


 主様の背中を俺は追いかけ続ける。この人を信じて付き従おう。

いつも読んで頂きありがとうございます。

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