大火災
世界樹を守る街では、火災はもっとも警戒しなければならない事件の一つだ。火が世界樹に届くことがあってはいけない。
獣人の区域が火事になったことで、魔王は迅速な判断で人を動かした。悪魔族や妖怪族は獣人の粗暴さに人手を出すことはなかった。しかし、精霊族が魔王の呼びかけに応えて、獣人の避難や支援を手伝ってくれたのだ。
「おう、火は消し終えたか?」
ドワーフの棟梁がエルフの女性に声をかけた。エルフ族とスライム族が水の魔法を駆使して火を消し、ドワーフ族やノーム族が焼けた家を破壊することで火の広がりを抑え込んだ。
魔王の迅速な行動に、獣人からも感謝する者が出始めた。しかし、獣人族の中には強硬派がおり、火事になったのは魔王のせいだと責める者が出て来たのだ。
「はっ、どうせ魔王が俺たちを黙らせるために火事を起こしたんだろ」
「そうだそうだ。こんなことされて許せるはずがなぇ。魔王に騙されるな。魔王の野郎は俺たちを騙して信じさせようと思っているぞ」
バカな強硬派の言葉に、ドワーフの棟梁がハンマーを持って獣人の前に立つ。
「おめぇら。本当にバカなのか?」
「あぁん?とろくさいオッサンが俺たちになんか文句でもあるのか?」
ドワーフは鍛冶師として鍛え抜かれた体を持っている。だが、獣人というのは魔力を全て身体能力に注いでいるため、力だけでなくスピードも兼ね備えているのだ。
いくら鍛え抜かれたドワーフであろうと、獣人の速度についてはいけない。
「バカな奴をバカと言ってなにが悪い?魔王様はお前たちのために態々ワシたちに頭を下げに来なすったんだぞ。
しかも、お前たちのために国庫を開いて家の建築費や避難している奴らの服や食事を用意しなすった。この意味が、バカなお前らに分かるか?」
「だからそれは、俺たちを黙らせるために」
獣人の方が戦えば強いかもしれない。だが、ドワーフの棟梁の威圧に言葉が尻つぼみになっていく。
「本当にバカな奴だな。あの人は前の魔王様と違う強さを持っておられる。それがわからなぇようなら火事で焼け死んじまえばよかったんだ」
「あぁん、なんだと言いすぎだろ。許さねぇぞ」
獣人が棟梁に飛びかかると、ドワーフ達も棟梁を守るために応戦した。
「棟梁を守れ」
ドワーフと獣人のケンカは他の精霊族が加入したことで終結した。しかし、それ以降ドワーフが獣人の手助けをすることはなかった。
獣人と他種族との確執はますます広がる一方であり、獣人たちの中には精霊族のエルフ族やホビット族に言い寄る者まで出てきた。本能に忠実な獣人族の蛮行は、両種族を憤慨させて支援を断るに至った。
「ここまでくると目に余るな」
執務室のイスに座っている俺の元に上がってきた報告に、正直ため息を吐かずにいられない。自業自得の極致とでも言えばいいのか。
最後まで支援をしてくれていた。スライム族、ゴブリン族が先ほど獣人族の支援を断ってきたのだ。理由は弱い彼らを獣人がバカにして乱暴を働いたそうだ。
確かに大火災を受けて辛いのはわかるが、支援してくれている者たちは善意でしているだけであり、本来は自分たちで復興しなければならない。善意に甘えて粗暴な態度を取っていい理由にはならない。
「すべての支援者を失いました。最低限の食料と家の確保は終わったそうですが、火災で焼けた家などの処理はまだ終わっておりません」
エリカの報告に頭が痛くなりそうだ。
「もう放っておいても良いのではないでしょうか?流石にここまで他の支援者を退けられては、打つ手がありません」
エリカはブリザードのような冷めた表情で手を引くように促してくる。悪魔族である彼女も獣人たちの態度に怒っているのだろう。
「そういうわけにいかないだろ。彼らも市民だ。それに粗暴な態度を取るのにも理由があるかもしれない」
「理由ですか?」
「ああ。こういうときに獣人側から情報をくれる奴が居ればいいんだが、今は情報がほしい。誰か調べてくれる奴はいないか?」
魔王としてやっていくことを承諾したのはいいが、圧倒的に人手が足りない。事務仕事をする者も、視察や状況を報告してくれる目も耳もいない。全て自分一人でやるには限界がある。
前魔王ベルハザードは、こういう実務を蔑ろにしていた。自分のことは自分でやれと言った感じで放任していたのだ。そのため文官や諜報活動と言った縁の下で働いてくれる者がいない。
「獣人には食料と衣類の提供は続けて、瓦礫の撤去は自分たちで頑張ってもらおう。そのための機材や処理する場所の確保を頼めるか?」
「それぐらいならば」
エリカの呼びかけにより、悪魔族の協力でゴミ処理場が急遽作られた。なんとか獣人の区間の大火災に対応し終えたところで息を吐く。
「ハァー。まずは人材だな。こんな事件があったときに、人手不足は限界があり過ぎる。仕事は割り振っていかないと」
エリカは優秀な人材だ。精霊族であるダークエルフのジェシーだってよく働いてくれている。だけど三人だけではダメだ。最低でも二百人は雇いたい。
「ジェシー、いるかい?」
「はい。魔王様」
「人材募集をしようと思う。定員は二百名。年齢性別種族は問わない。この街に住んでいるものであればいい。最終的には面接にて合否を判断するから。そういう文面で街中にふれを出してくれないか?」
「よろしいのですか?」
ジェシーは戸惑ったような顔で俺に問いかけてきた。
「うん?何か問題があったか?」
「いえ、魔王様が問題なければいいのです」
歯切れが悪いままジェシーは執務室を後にする。ふと窓を見れば、白い髪、赤い目、小さな牙が生えた顔に黒い仮面が付けれている。
自分でも魔王らしい見た目になったと思うが、最初は鏡を見るたびに驚いた。随分と驚かずにいられるように慣れてきたものだ。
「爺さんの代わりを務めないとな」
ふと前魔王のことを思い出した。この顔は元は俺の顔だが、髪や目は爺さんの魔石が作用している。そう思うと沈みかけた気分を奮い立たすことができた。
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