目覚め、そして
俺は暗い闇の中で目を覚ました。あぁそうか。俺死んだんだ。死ねば何もない暗闇の中をただ漂う。強い未練や思い残したことがあれば幽霊として蘇るかもしれない。俺にはそれすらない。
あえて心の残りがあるとするなばら童貞で死んだことぐらいだろうか。やっぱり彼女とか欲しかった。エッチもしたかった。あれ?こう考えてると結構俺って未練あるんじゃね。
でも、今更蘇るとかゲームじゃあるまいしないな。潔いよく死を受け入れるとして、輪廻転生とかあるのかな。
あれって地球の話で異世界でもそんなことが起こるのかな?疑問ではあるけど。できるならまた人間に生まれたいな。
「うっ」
おっ?なんだ。俺の指動くぞ。さっきまで体らしき感覚なんてなかったのに、急に自分の体を認識できるようになってきた。なんだなんだ?何が起きてるんだ。
「戻って来るのじゃ」
緑色の髪をした美少女が俺を呼んでいる。これって童貞消失か?でも、ロリコンは犯罪にならないだろうか。
「ミツナリ」
美少女が名前を呼んでいる。そうだ。俺はオオカネ・ミツナリだ。彼女は俺の名前を呼んでるんだ。俺は急いで少女の手を掴んだ。
「はっ!」
「どうやら目覚めたようだね」
「うわっ!」
掴んだ手は美少女の者ではなくて、起きてすぐにしわくちゃの婆様が目の前にいて入ってきてビックリして死ぬかと思った。
てか、俺死んでたんじゃねぇの。
「ここは?イマリは?」
「イマリ?誰のことかわからんが、主は死んで蘇ったのじゃ」
「はっ?」
俺はボンヤリとしていた頭が覚醒してきて、目の前にいるのがエリカさんのお婆さんで、悪魔族の元族長であるリリスさんであることを思い出した。
「えっと、リリスさん」
「ふむ。どうやら記憶はあるようじゃな」
「はい。あの、今はどういう状況なんでしょうか?」
あっ!ヤベッ。俺って魔王のフリしてたんだ。今更口調とか変えてもおかしいけど変えた方がいいのかな。
「まずは落ち着け。そして、話を聞け」
「イテッ」
いきなり叩かれた。しかもグーで。
「先ずは蘇ったこと心よりお喜び申し上げる。魔王よ」
リリスさんの口調が変わった。
「えっ、あっはい」
「そして、主が蘇る代わりにバカが死んだ。そのバカの魔石が現在、主の胸に入っておる」
「はっ?」
俺は言われた言葉の意味が分からずに、それでも胸に手を当てる。そこにはドキドキと脈打つ鼓動は感じられない。
だけど、体に巡る血は感じられる。うん?しかも血以外に何か暖かい物が体の中を巡っているのがわかる。
「何か感じることができるのであれば、魔力じゃな。主は魔石を得たことで魔力に目覚めたのじゃろう。それと主は見た目も変わっておるぞ」
リリスさんの言われて、近くにあった鏡を見れば髪の毛は白く染まり背中まで伸びてボサボサ。瞳は赤く口元には小さな牙まで生えている。
体も今までの比にならないぐらい鍛えられたマッチョへと変身を遂げていた。
「これで立派にお主も魔族じゃ。状況はわかったかの?」
まったくわかりません。なんで蘇ってるの?なんで魔族なの?これって俺どうなるの?人間に戻れるの?疑問ばかり浮かんでくるんですけど。
「これからお主を魔王にするため、ワシが教育係になることになった。改めて自己紹介をしようかね。私は悪魔女王キ-シキル-リル-ラ-ケ。
本来の名は呼びにくいから皆はリリスと呼んでいる。悪魔族始祖とも呼ばれているよ。私のことは師匠と呼びな」
状況が全く分からない。魔王にするための教育。いやいや、俺バイトですから魔王様いるじゃないですか。うん?魔王様はどこだ?
「あの~魔王様はどちらにおられるのでしょうか?」
俺は恐る恐るリリス師匠にお伺いを立てる。
「なんだい。まだ気づいてないのかい?あのバカならそこにいるだろ」
リリス師匠は腰に当てていた手を俺の胸へと向けた。
「はっ?」
「だから貴様の胸に魔石を埋め込んだのはあのバカ、つまり魔王じゃ」
俺はもう一度自分の胸に手を当て、驚いた顔でリリス師匠を見る。
「どうやらやっと理解したみだいね。あんたの胸の魔石は魔王の物だ。魔王はあんたを蘇らせるために自分の胸から魔石を引き抜いたんだよ」
リリス師匠の言葉に俺は言葉を失ってしまう。そして、意識が覚醒して一つの想いが込み上げてくる。
「どっどうして俺なんかのために」
「そんなこと私は知らないね。だが、あんたが目覚める一週間も前に葬儀は終わったよ」
バカな。なんで、なぜかわからない。わからないのに涙が出てきた。胸を抱き絞め止まらない涙を何度も拭う。
「あっあの、魔王様の墓はありますか?」
行かなくちゃならない。俺は魔王様に会わなければならない。
「行ってどうする気だい?」
「行きたいんです」
俺は真っ直ぐにリリス師匠の瞳を見つめる。
「ハァーあんたはあのバカが選んだバカだね。あのバカは世界樹の見える丘に埋葬されたよ」
「世界樹が見える丘?」
「なんだい知らないのかい?西に真っ直ぐ言った山の端だよ」
「ありがとうございます。あっそれと魔王様が好きな飲み物を知らないですか?」
「なんであたしが知ってるんだい。まったく、確かあのバカはワインが好きだったね。ワインなら樽で飲んでいたよ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、色々と教えてくれるリリス師匠の顔はどこか困ったときのエリカさんに似ていた。
「ありがとうございます。じゃあ行ってきます」
「もう起きても大丈夫なのかい?」
「さっきまでのふらつきはありません」
「そうかい。なら、気を付けて行ってきな」
俺はリリス師匠に見送られて部屋から飛び出した。
いつも読んで頂きありがとうございます。あと数話で一章完結となります。
一章が完結したところでしばしお休みを頂こうと思います。




