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 書類整理に明け暮れること二週間が過ぎて、山積みだった書類の半分ほどが部屋からなくなった。そこで本日は思い切って休暇を与えることにした。

 ダークエルフのジェシーは、あまりにもハードな仕事量に顔がゲッソリとコケて綺麗な顔が儚い気になっている。

 エリカさんは流石と言うべきか、疲れた顔は見せていないが、髪が乱れて化粧のノリが悪そうだ。


「今日は休みだ。ゆっくり寝るもよし、遊びに行くもよし。仕事のことを忘れて好きに過ごしてくれ」

「お気遣いありがとうございます」

「魔王様。ありがとうございます」


 俺の言葉にエリカさんは深々と頭を下げ、ジェシーは若干涙を流していた。


「さて、俺はどうやって過ごそうか?」


 普通の人間である俺が一番疲れそうなものだが、漆黒の鎧さんと魔王補正のお陰かあまり疲れていないのだ。書類整理ばかり肩こりになるかと思ったが、たいしてしんどくもない。

 自室に戻ろうかと歩いていると、メイドがハーヴィーの部屋から出てくるのと鉢合う。


「魔王様、失礼いたします」


 メイドはフワフワと浮きながら一礼して通り過ぎていく。随分と魔王としての生活にも慣れてきたので、メイドにもちゃんと片手をあげて応えられるようになった。

 開けられたままになっている部屋の中を見れば、中世の貴族の令嬢が着ていそうな服でハーヴィーが紅茶を入れているところだった。


「入られてはいかが?」

「失礼する」


 二週間ぶりに接する彼女は荒々しい言葉づかいではなく。どこぞのお嬢様のような口調で俺に話しかけてきた。


「丁度、お茶を入れたところです。少し、話し相手になってくださらない」

「別に構わない。今日は仕事を休みにしたところだ」

「よかったわ。クルに頼んでお茶を用意してもらっていて」

「クル?」

「先ほど私の部屋から出て行ったメイドです」

「メイドと仲良くなったのか?」


 さすがはお嬢様。メイドの扱いにも慣れているのだろう。何より自然に人を使うことができてしまうということか。


「ええ。彼女は元はノーマルの幽霊なんですって。幽霊になったことで解放されたって言ってたわ」

「そうか」

「あなたが来なかった二週間でメイドさんたちから魔王様とはどんな人物か、そしてこの世界の歴史を聞いたわ」

「そうか」


 態度の変化はメイドたちの影響だったらしい。


「ねぇ、お願いがあるのだけれど」

「なんだ?」


 彼女から俺に頼み事するなど初めてのことだ。


「街へ連れて行ってくれないかしら」

「街へ?一人でもいけるだろ」

「一人はイヤ。あなたにエスコートしてほしいのです」


 我儘なお嬢様は健在のようだ。魔王オレにエスコートを頼むなど。この世界の人間ならば考えないことだろう。


「いいだろう。支度をしてくる」


 俺は出された紅茶を飲み干してから自室へと戻った。仕事用のシーツは堅苦しい。だからと言って漆黒の鎧さんを身に纏って街に行くもの嫌だ。

 考え抜いた末に、ワイシャツとラフなパンツというシンプルなものが出来上がった。

 

「待たせたな」


 ノックしてから部屋に入れば、用意を済ませたハーヴィーが座っていた。どこぞの貴族の令嬢と言われてもおかしくないほど、着ているドレスは似合っていた。


「クルが用意してくれたものなのだけれど。おかしいかしら?」

「いや、シンプルな衣装にした自分を恨みたいだけだ。もう少しだけ待っていてくれ」


 俺は急いで着替えに戻り、紳士として恥ずかしくないタキシードに着替えた。もちろん仮面は付けたままだ。


「待たせた」

「早かったですね」

「急いだからな」

「そうですか。では行きましょうか。クルに馬車の用意を頼みました」


 貴族服を着て馬車に乗る。どうにもコスプレしてヨーロッパ旅行でもしているみたいだ。コンクリートなど存在しない街には石が敷き詰められていて、ガタガタと馬車が揺れるたびに体が跳ねる。

 漆黒の鎧さんのお陰か尻は痛くない。それに馬車に酔うこともない。


「馬車とは揺れるものなのですね」

「慣れない者には辛いかもしれないない。大丈夫か?」

「はい。多少慣れてきました」


 顔色はそこまで悪くない。ふと彼女の顔を見ていると、彼女がどうして外に出たいと言ったのか考えてしまう。彼女を縛るつもりはない。

 だが、こうして要求してきたのは初めてのことなのだ。何かしら思惑があるのではないかと疑ってしまう。


「本当に街は綺麗ですね」

 

 これから昼ご飯の時間なのか、人通りが多くいい匂いがしてくる。


「ああ、この辺で降りて食事でもするか?」

「そうですね。お任せします」


 見るもの全てに興味があるのか、キョロキョロと視線を動かしている。そんなハーヴィーは見たことがなくて可愛らしい。タイプではないと思いながらもドキッとしてしまう。


「ここのスペアリブが絶品だとバイエルンが言っていたな」


 俺はドワーフ族で食べたスペアリブを思い出し、ドワーフが経営するスペアリブ店を指さした。


「お肉で服が汚れるのは避けたいです」

「そうか、ならこちらのドーナツはどうだ?」


 スペアリブの並びにドーナツ屋を見つけて指をさしてみた。ウサギの顔をした店主がお客に見えるようにドーナツを揚げている。


「脂っこいのも、ちょっと気になります」


 年頃の女の子ということだろう。服を汚さず、お腹を溜まる物、考えても二つぐらしか浮かんでこない。そう思っていると、丁度クレープ屋を見つけた。クレープを焼いてるのはノーマルの女性だった。


「クレープはどうだ?」

「よろしいので?」


 ハーヴィーもノーマルであることに気付いたのだろう。


「人であることに変わりはない」

「あなた様がよろしいのであれば」


 魔王と言わないのは、彼女なりの配慮だろう。


「あれならば服を汚すこともないだろう」

「私は構いません」


 俺はノーマルが作るクレープ屋の前に立つ。昼時だというのに誰も並んでいないので、すぐに注文を聞いてもらえた。


「おっお客様。クレープはいかがですか?」


 妙齢の女性がぎこちなく聞いてくる。やつれてお世辞にも綺麗とは言えない。女性の横には、可愛らしい女の子がこちらを見て怖がっているようだ。


「二つほしい。味は何がある?」

「クリームとフルーツがあります」

「なら一個ずつくれ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 ノーマルの親子は何度も何度もお礼を述べていた。


 クリームはそのままクリームをクレープで包んだもの。フルーツはミカンやキュウイなどの酸っぱい果物をクリームとパイでコーティングしている。ボリュームが違ったが、ハーヴィーに選ばせればいいとそのまま受け取り金を渡した。


「遅くなったか?」

「いえ、全然待ってませんよ。ありがとうございます。ふふ」

「どうかしたのか?」

「いえ、あなた様が私のためにクレープを買ってきてくれたのがおかしくて」


 魔王がクレープを買う姿は確かに面白いかもしれない。だが、俺が気になったのは、マサキに向ける以外にハーヴィーの笑顔を初めて見た。先ほどのドキリとした時よりも強く胸が鳴る。


「そうか。普通のことだ」

「そうですね。あなた様も普通の人なんですよね」

「ああ。俺も普通の人だ」

「一つ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」


 先ほどまでの笑顔が消えて、雰囲気が変わる。


「あなた様は異世界へ帰る方法を知っておられますか?」

「残念ながら知らん。帰せる方法が分かっているなら、帰している」

「そうですか。……やはり、メイドたちが言うようにあなた様は優しいのですね」

「優しくなどない。やらなくてはいけないことをやっているだけだ」


 この世界で生きていくために一番強い奴に従っている。俺はそうやって生きているだけだ。


「やはり、私たちを帰す方法を知っているのはイマリだけ」

「イマリ?」

「機械族の女性です」


 機械族と言う言葉に一瞬、賑わっていた広場が静寂を迎える。


「場所を変えよう」


 俺はハーヴィーを立たせ馬車に乗り込む。


「迂闊だな」

「機械族はこの世界の人に嫌われているのですね」

「ああ、奴らは世界樹を汚そうとした。許されない」

「あなた様でも怒るのですね」


 俺はいつの間にか怒っていたらしい。自分でも気づいていなかった。


「私は仲間の下へ連れて行ってはくれませんか?」

「帰るではないのか?」

「はい。私はここにいます。ここにいて勉強したいんです。私はこの世界のことを何も知らない。知らないのにゴブリンたちに酷いことをした。だから、真実が知りたい」


 傲慢で我儘。そんな印象だった彼女は真摯に俺に願った。真実を知りたいと。


「真実を知ってどうする?それが辛い結末になったらどうする?」

「やっぱりあなたは優しい。辛い結末でもそれが真実ならば受け止めます。だから、私はイマリに会わなければならない」


 ハーヴィーの瞳は強く気高く美しかった。


「わかった。亜種族領へ連れて行こう」


いつも読んで頂きありがとうございます。


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