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勇者の目覚め

 目が覚めた時、アイちゃんが心配そうに僕を見ていた。アイちゃんとは中学が一緒で、ずっと好きだった女の子だ。

 でも、高校に入ってハーヴィーにあって、いつの間にか嘘の彼氏彼女になって、高校生活をハーヴィーと過ごしていた。


「マサキ君!」


 僕が目を覚ましたことに気付いたアイちゃんが声をかけてくれる。


「ごめん、ずっと看病してくれてたの?」


 記憶はある。黒い鎧みたいな化け物がハーヴィーを抱きあげていた。訳が分からなくなって斬りつけたけど。光に包まれて意識を失った。


「よかった。本当によかったよ。このままマサキ君が目を覚まさなかったらって、凄く心配して」


 涙を流す彼女に僕は手を伸ばした。彼女の頭に手を置きゆっくりと髪を撫でた。アイちゃんの髪は柔らかくて、こんなときじゃないと絶対に触ることがない。でもずっと触りたいと思っていた髪だ。


「本当にありがとう。アイちゃんの魔法があったから。俺は助かったよ」

「うん」

「状況が知りたい。みんなは?」

「待ってて、呼んでくるね」


 アイちゃんは嬉しそうに席を立ち笑って応じてくれた。あれからどうなったのか全くわからない。部屋を見渡すと、窓から森が見えた。

 どこにいるのか、これからどうすればいいのかわからない。ハーヴィーは無事なのか、他の皆は?俺が気絶した後どうなった。


「浮かない顔だな」

「はっ」


 一瞬、友の声が聞こえた気がした。いつもからかうように俺に声をかけるアイツは、この世界に来てすぐ行方が分からなくなった。

 もしも、アイツが傍にいたなら、今の俺にどうやって声をかけてくれただろう。いなくなって初めて分かる。アイツは親友だった。いつも自由でさりげなく助言をしてくれた。


「マサキ。お前は真面目過ぎるな。言ってるだろ。お前はラブコメ主人公なんだ。お前は何をしても上手くいく。だから、なんでも好きにやれよ」


 いつもアイツは俺のことを主人公だと言っていた。主人公である俺の周りには女性たちが集まるって。イケメンのクソ野郎とも呼ばれた。

 俺はいつもそんなことないって否定していた。もしも、ここにアイツがいたら状況は変わっていたかもしれない。


 どうしてこんなときにアイツのことばかり考えるのか、どうして自分はもっとアイツを探さなかったのか。


「なぁ、僕はこれからどうすればいい?」


 答えは返ってこなかった。代わりに扉が開いた。


「シン君」


 一番に部屋へ入ってきたのはシズカだった。シズカは俺の姿を見ると、抱き着こうとしたがイマリに止められる。


「マスターは傷ついています。無闇に抱き着き傷を広げてはなりません」

「でもでも、シン君が生きてて嬉しいの」

「シズカさん。ちょっとは落ち着こう。マサキ君とはゆっくり後で話せるから」


 アイちゃんもシズカをなだめ、トシとクロハナさんが代わりに入ってきた。


「みんな無事だったんだな」


 最後にマナカさんとシノノメさんが扉の前に立つ。


「ハーヴィーは?ハーヴィーも無事なのか?」


 本当なら、シズカよりも先に入ってくると思っていた。


「キサラギさんは……」


 アイちゃんが困ったような悲しい顔をする。


「マスター。キサラギ様はおりません」

「なっなにを言ってるんだよ。ハーヴィーはあの黒い奴に抱かれていただろ」

「はい。そうです。そして、キサラギ様は黒い鎧。魔王と共に消えました」


 淡々と語るイマリに多少の苛立ちを感じてしまう。イマリが悪いわけじゃない。でも、あまりにも勘定がなさすぎる。


「イマリ、少し黙っていてくれ」

「かしこまりました」

「クロハナさん。すまない。教えてくれないか」

「わかったわ。ハーヴィーさんはゴブリンロードを倒し、ゴブリンキングに深手を負わせた。そこに現れた黒い鎧、イマリさんが言うには魔王によって連れ去られたの。ハーヴィーさんは意識を失っていたみたいで、暴れるそぶりはなかったわ」


 クロハナさんによって説明された内容を確認したくて、仲間たちの顔を見た。辛そうにするもの、泣きそうな顔のもの。そしてトシと目が合ったとき、トシは事実だと告げるために頷いた。


「そうか、ありがとう。皆にケガはない?」

「ええ。魔王が命令したみたいね。あれからゴブリンたちは私たちに危害を加えてこなかった」

「それならよかった。ここはどこ?」

「ここはゴブリンの街から離れた山小屋よ。誰もいない場所はここしかなくて」


 クロハナは申し訳なさそうな顔をする。僕は胸が苦しくなる。彼女にこんな顔をさせたのは僕だ。そしてハーヴィーを連れ去られた責任があるのも僕だ。

 全て僕が弱いから、僕が勇者として、アイツが、ミツナリが言っていた主人公だと自覚していればこんなことにはならなかった。


「助けてくれてありがとう。ハーヴィーは必ず生きている。だから僕たちは強くなろう。僕たちは弱い。仲間一人も助けられないほどに。彼女を助けに行こう」


 僕の声は震えていた。そして、それ以上言葉を発することはなかった。


 それでも、仲間たちは頷いてくれた。

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