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第28話 師匠の失敗、弟子の安堵

埴安(はにやす)。そこへ直りなさい!」

 

「はいぃっ!」

 

 宇賀野(うかの)さんからぴしゃりと言われ、埴安さんは即座に正座した。

 振り返った宇賀野さんが、出入り口に向かって命令する。

 

「おまえたちは、解散っ」

 

 言い表せない不思議な声を上げながら、工房の出入り口でたむろしていたあやかしたちが逃げていく。

 日本昔話に出てくるような姿のものもいれば精霊のような姿をしたものまで、その姿は多種多様だ。

 

 河童(かっぱ)禰々子(ねねこ)さんの依頼を受けてから、あやかしたちの間に繕い手のうわさが広まったようだ。

 珍しい存在を一目見ようと、連日のように工房の入り口にあやかしたちが鈴なりになっている。

 

 あやかしたちは、工房の中へ入ってこない。

 宇賀野さんが結界を張ってあやかしを遠ざけているのかと思いきや、あやかしたちが自主的にそうしているようだ。

 

 依頼しにきたわけではないからと、遠慮しているらしい。

 工房に来るあやかしは、変なところで礼儀正しい。


 出入り口がすっきりしたのを見て、宇賀野さんは再び埴安さんに視線を戻した。

 

 山姥(やまんば)さんから散蓮華(ちりれんげ)を預かったあと、わたしたちはその足で工房へ向かった。

 先に狐白(こはく)が連絡を入れてくれていたから出迎えてくれた二人に混乱はなかったけれど、誘拐された原因となった看板のことを話したら、予想通り埴安さんは宇賀野さんにボコボコにされた。

 

 集中砲火と言って差し支えない言葉の数々に、わたしも狐白も震え上がった。

 あまりの居心地の悪さに、埴安さんを見捨てて外へ出てしまったくらいだ。

 

 門前通りを往復しながら――小腹が空いたのでちょっと食べ歩きをしつつ――戻ってきたら埴安さんはベソをかきながら看板を塗り直していた。

 宇賀野さんに恐れを成したのか、あやかしたちも戻ってきていない。


「おかえりぃ」

 

 鼻声がなんとも痛ましい。

 泣いたのか、埴安さんの目元はうっすらと赤くなっていた。

 

「あの、宇賀野さんは……?」

 

「帰った。怒鳴りすぎて頭が痛くなったじゃないって、怒りながら」

 

「な、なるほど」


「それより、すまなかったな。俺が看板に余計なことを書かなければ、お嬢さんがこんな目に遭うことはなかった」

 

 そうですよ!と追い打ちをかける狐白の声を聞かなかったことにして、わたしは答えた。

 

「いえ……。日本語って難しいですから、仕方がないですよ」

 

 食器とか器とか、たいして変わらないと思う。

 なんて言ったら、国語の先生に怒られちゃうかな。

 

 でも本当にそう思う。

 狐白は「食器と書いていたら、こんなことにはなりませんでした」と言うけれど、そんな些細な違い、誰が気にするというのだろう。

 

(でも、山姥さんは気にしていたんだよね)

 

 これも種族間ギャップの一つなのだろうか。

 繕い手として、わたしはあやかしの常識も学ぶ必要があるのかもしれない。

 

(あやかしの常識って誰から学べばいいんだろう?)

 

 狐白? 宇賀野さん? 埴安さん?

 知っていそうな人たちを心の中で挙げていく。

 

「あのさ……。あやかし、怖くなったか? もう金継ぎ、やりたくないか?」

 

 わたしは繕い手を続けるつもりだけれど、埴安さんはそう思わなかったみたい。

 あやかしの常識を学ぶための先生について悩んでいただけだったのに、もう工房へ来てくれないかもしれないと悲壮感漂う表情で問いかけてくる。

 

 埴安さんには悪いけれど、今にも泣きそうな彼に感じたのは安堵だった。


(わたしばかりが大切に思っているわけじゃなかったんだ)


 金継ぎ工房埴安は、わたしにとってかけがえのない場所だ。

 埴安さんがいて、宇賀野さんがいて。

 二人が出迎えてくれるこの工房が、わたしは大好きだ。


 二人はわたしに優しくしてくれる。

 彼らは大人だから、わたしの事情を察してそうしてくれているんだと思っていた。


 けれど、どうやらわたしは思い違いをしていたようだ。

 わたしの事情なんて関係なく、二人はわたしを受け入れてくれている。

 わたしはそれが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「怖くないといえば嘘になりますけど……。金継ぎをやめるつもりはありません」


 わたしの言葉に、埴安さんの表情がパッと明るくなる。

 緊張していたのか、ふにゃふにゃとその場に座り込んだ。


「そんなところでしゃがみ込まないでください。行儀が悪い」


 狐白の文句に、埴安さんは「うっせ」と言った。

 気のせいか、うっすら涙声になっている。

 

「お嬢さんがいなくなるかもしれないって思ったら、生きた心地がしなかったんだ。ちょっとくらい浸らせてくれてもいいだろ」

 

「それでは話ができませんね。相談したいことがあったのに、残念です」


 ちっとも残念そうに見えない顔で、狐白は言った。

 

「なに、相談だって?」

 

「そうですよ。ね? くるみ」

 

 椅子に座り直した埴安さんが先を促すように見上げてくる。

 わたしは山姥さんから預かってきた散蓮華を埴安さんの前に置いた。

 

「これなんですけど……」


 柄がポッキリと折れた、肥前磁器(ひぜんじき)の散蓮華。

 白地に青の模様が涼やかで美しい。

 青い空に白い雲。あるいは、朝早くに鮮やかな青を咲かせるアサガオのようだ。

 

「なるほど。これが、山姥がお嬢さんを誘拐するきっかけになったやつだな?」

 

「はい。器ではないですけど……繕えますよね?」

 

「ああ。金継ぎができないものは、直火にかけて使用する道具だ。土鍋や釜なんかがそうだな」

 

 ……わたしのイマジナリー埴安さん、優秀すぎでは?

 一言一句違わぬ台詞に、思わず拍手したくなる。


「山姥さんは、汁物を飲む時に使っていたそうです。繕ったあとも、同じように使いたいとおっしゃっていました」

 

「それなら、補強してやるといいだろう」

 

「補強、ですか?」

 

 それはまだ、見たことも教わったこともない技術だ。

 わくわくと目を輝かせるわたしに、埴安さんと狐白が目を細めて笑う。

 

「どれ、ちょうどいいのがあるから見せてやるよ」

 

 埴安さんの提案に、わたしは食い気味に「お願いします!」と答えた。

    


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