第24話 河童の大親分の今昔
禰々子さんからお皿を預かって数日。
宇賀野さんと埴安さんが工房に帰ってきた。
ティーボウルの繕いは順調に進んで、二度の研ぎと中塗りが終わったところ。
そろそろ帰って来ないかなと思っていたら、満を持して彼らは帰ってきてくれた。
「ただいま~」
「戻りましたわ……」
ぐったりと椅子に座り込む二人。
埴安さんはわりと見る姿だけれど、こんな宇賀野さんは初めて見る。
わたしは少しでも疲れを癒やしてもらおうと、麦茶を用意した。
この麦茶は少し変わっていて、砂糖が入っている。
麦茶を少し濃いめに煮出して、砂糖を溶かして冷やす。
祖母直伝の甘い麦茶は、暑い時期の特別なおもてなしだ。
「お疲れさまです。どうでしたか?」
「ばっちりですわ」
甘い麦茶に一瞬目を瞬かせた宇賀野さんは、二口三口と飲むうちに表情を緩めた。
「あー……甘さが身にしみる」
よほど喉が渇いていたのだろう。
埴安さんはあっという間に飲み干すと、二杯目を求めた。
甘い麦茶ばかりは良くないだろうと思って、二杯目は甘くない麦茶を入れる。
それをガブガブと飲み干した埴安さんは、「生き返るぅ」とべそかき顔で言った。
「お嬢さん、聞いてくれよ。島根にいるって言うから会いに行ったのに、あいつってば宮城にたったあとだったんだぞ」
「結局、会えたのは岐阜でしたわね」
茨城から島根へ行くだけで半日はかかるのに、そこからさらに宮城へ移動なんて、まるで返し縫いみたいな旅路だ。
金山さんの拠点があるのは岐阜・島根・宮城・京都だったはずだから、話には出ていないけれど京都にも行った可能性がある。
この数日の移動距離はどれほどだろう。
二人の苦労を思うと、申し訳なくなってきた。
「さんざん振り回されましたけれど、それでも彼に頼んで正解でしたわ」
「そうだな。金属に関してはあいつの右に出る者はいない」
埴安さんはそう言うと、和紙の包みをわたしに差し出した。
二人を見れば、達成感でいっぱいになった表情をしている。
「お嬢さん。金粉、作ってもらったぞ」
包みを受け取って、わたしは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
「あ、お礼とか特に気にしなくていいぞ。お嬢さんがのびのび金継ぎできるように取り計らうのが俺たちの役目だからな」
「埴安。その言い方だと金継ぎが対価のようですわよ?」
「いや、そういうつもりはなくてな⁉︎」
おろおろと言い訳する埴安さんに、宇賀野さんは呆れた顔をしている。
たった数日なのに、この二人のやりとりが懐かしくて仕方がない。
気が緩んだのか、わたしは思わず笑ってしまった。
「大丈夫です。分かっていますから」
「そ、そっか。それならいいんだが……って、あれ?」
ヘラリと笑う埴安さんの視線が、棚の一角にとまる。
禰々子さんの依頼品である笠間焼の皿が置いてあるところだ。
「依頼品、増えてねぇか? あの皿、工房を休みにする前はなかったと思うが」
さすが、工房主だ。ささいな変化もすぐに気がつく。
埴安さんの気づきに、狐白は耳を立てて興奮気味に答えた。
「ようやくお気づきになりましたか!」
フライングディスクを追いかける犬のように棚へ駆け寄った狐白は、一枚の皿を取って戻ってくる。
そして、誇らしげに胸を張って言った。
「牛久沼在住の禰々子様より依頼されました。ティーボウルの繕いが終わったら、こちらに取りかかる予定です。そうですよね、くるみ?」
「うん」
「牛久沼の禰々子って河童だよな。お嬢さん、大丈夫だったか?」
心配そうに見つめてくる埴安さんに、頷きを返す。
そうしてあからさまに安堵した埴安さんに、狐白は噛みついた。
「僕がついているのですから問題なんてありません」
「そうですね。少し驚きましたけど、陽気な方だったのでなんとか」
「最初が禰々子さんで良かったわ。彼女、面倒見がいいもの」
宇賀野さんの言葉に、埴安さんは同意するように深く頷く。
「関東の河童たちを配下として従えさせていた大親分だもんな」
「大親分ですか⁉︎」
まつ毛モリモリのギャル河童が、河童の大親分。
意外すぎて結びつかない。
けれど、面倒見がいいってところは分からなくもない。
少し強引ではあったけれど、愛嬌があって悪い気はしなかった。
「そうですわ。禰々子さんは今でこそ落ち着きましたけれど、昔はブイブイいわせていましたのよ。今だと……スケバンっていうのかしら?」
「今はヤンキー女って言うらしいぞ」
「あら、そうなの? いろいろな呼び方があるのねぇ」
スケバンというと、刑事がつくあれしか思いつかない。
といっても、特番で何回か見かけただけでドラマを見たことは一度もないのだけれど。
ドラマが放送されていたのはわたしが生まれる前だから、仕方がない。
「だが、そうか。あやかしからの依頼を受けたか。これっきりかもしれないと思っていたから、嬉しい報告だな」
「くるみさんの才能を埋もれさせるのは惜しいと思っていたの。だから、とても嬉しいわ。それに、あやかしを前にしても接客できる肝の太さ。素晴らしいと思う」
誇らかな顔で言われて、くすぐったい気持ちになる。
こんなに素直に褒められることは、親からだってない。
わたしはまだまだひよっこで、覚悟も決まっていない中途半端な繕い手だけど。
この人たちに囲まれながらなら、なんとかやっていけるのではないかと思う。
「ありがとうございます。これからも日々精進していくので、よろしくお願いします」
「任せておけ」
「ええ、フォローは任せてちょうだい」
「ずっと一緒ですよ、くるみ」
本当に、いい出会いをしたと思う。
彼らの気持ちに応えるためにも、真摯にティーボウルと向き合わなくては。
漆風呂でねむるティーボウルを迎えに行きながら、わたしはぐっと気合いを入れたのだった。




