第五十二景【金魚】
違いは素敵。
○◁
そこはとっても眩しくて暑かった。
水が少なくて下には全然潜れない。水草どころか逃げ込む影もほとんどなくて、水面はどこまでいってもずっとキラキラしてる。
その日僕が連れてこられたのはそんな場所だった。
一緒に連れてこられた皆も、見たことのない黒い子たちも、誰も何がどうなったのかわからないみたい。興奮して泳ぎ回ったり、怖がってじっとしてたり、動いたり止まったりを繰り返したりと落ち着かない。
「ここ、どこ?」
僕と同じくらい小さな黒い子が不安そうにキョロキョロしてた。
「ねぇ」
あんまり不安そうにしてるから、ぼくは思わず声をかける。
「どこなのか、一緒に見に行かない?」
黒い子は驚いて僕を見てから、ゆっくり近付いてきた。
●◀
暫く狭いところに入れられて、ずっとゆらゆらしてて。やっと広いところに出られたと思ったら、なんにもないまっ白なところだった。
今までいたところより暑くて明るくて。上はすぐ水面で、なんだかずっと続いてる。
周りは見慣れない赤い子ばっかりだし、たまに見かけるぼくと同じ黒い子はなんだか大きいし。
静かだけど怖くて、でも隠れたいのに隠れる場所がない。仕方なくうろうろしてたら、急に声をかけられた。
赤くて小さなその子が一緒に見に行こうって言ってくれた。
細いからぼくより小さく見えるのに。その子は全然怖がってるように見えない。
「いいの?」
近付いてそう聞くと、もちろんと返ってきた。
嬉しそうな赤い子を見てたら、なんだか少し落ち着いた。
₍ ▷○
黒い子と一緒に泳いでいくと、すぐに行き止まりになった。
「見えないね」
まっ白な壁はいつもだったら映る僕たちの姿も壁の向こうも何も見えなくて、ただずっと続いてる。
「これに沿って行ってみる?」
泳ぎながら聞いてくる黒い子。僕のより大きくて柔らかそうな胸びれと尾びれがふわふわしてる。
白い壁の前、ひらひら泳ぐその子。
僕にはないそのひらひらがちょっと羨ましい。
泳いでいくと影になっているところや息苦しくないところもあったけど、体の大きな子たちが占領してて近付けなかった。
「ずるいよ」
「それより向こうも見てみようよ」
怒る僕に、その子はなんでもないことのように明るくそう言ってその場を離れていく。
「待って。いいの?」
慌てて追いついて聞くと、黒い子は別にいいよと返した。
「端っこで休めてる子もいたから。騒がない方がいいかなって」
慌てて振り返ると、僕らと変わらないくらい小さな子が日陰の端に入っているのが見えた。
確かに騒ぐと休めないよね。
よく見てるなぁと思う一方で、僕は自分のことしか考えてなかったんだとちょっと恥ずかしくなった。
₍ ▶●
赤い子は思ったことをすぐに言葉にしてくれる。
壁に姿が映らないとか、この辺りは息苦しくないとか。
ぼくだとすぐには気付けないそれを教えてくれるから、ぼくもいつも以上に周りを見ることができた。
居心地のいい場所を占領する大きな子たちに怒るその子。
ぼくはすぐに逃げちゃうから。まっすぐなその態度がとっても眩しかった。
どこまでいっても水面はすぐ上で、とっても明るい。
「もっと深いところがあればいいのにね」
「落ち着かないよね」
もう少し行ってみる? と泳ぎ出すその子。赤い体がすぅっと滑らかに進んでいく。
流れるような動きがかっこいい。ぼくは泳ぐとバタバタしちゃうから羨ましい。
見惚れてたら置いていかれそうになって、慌てて追いかける。
それからもあちこち行ってみたけど、どこも代わり映えのない浅くて白い場所ばかりだった。
○◁ ₎₎
だんだん周りが騒がしくなってきて、水の外を何かの影が行き来するようになった。
突然にゅっと銀色の何かが水に入ってきて、近くにいた子たちが一斉に逃げる。銀色のものは向きを変えてから動かなくなった。
「なんだろう?」
僕がそろりと近寄ろうとした、その時。
「上!!」
黒い子の声に、上から近付く何かに気付く。慌ててその場を離れると、直後に白い何かが入ってきた。
「何、あれ……」
「わからないよ」
呆然とする僕たちの傍に、またあの銀色のものが潜ってくる。
「逃げないと」
黒い子が慌てて逃げた先に、にゅっと白いものが現れた。
「危ないっ!」
最後まで言い切る前に、その白いのと一緒に黒い子はいなくなっていた。
どうしよう。そう思った直後、僕の目の前にもあの白いのが迫ってきていた。
●◀ ₎₎
突然現れた銀色のものと白いもの。何かわからないそれは、とても怖くて。
思わず逃げようとしたその先に、突然あの白いのが現れた。
あっと思った瞬間、暑い何かに包まれて息苦しくなる。
水から出された。そう理解するよりも早く、またちゃぽんと水に戻された。
でも元の場所じゃない。周りは全部、最初に見たあの銀色と同じ。
「どこ……」
ぼくのほかには誰もいない。狭いその中をぐるぐる回ってると、また水音がした。
「あっ」
目に入った赤い姿に声を上げる。
何が起こったのかわからない様子でそこにいたのは、あの赤い子だった。
「え? あれ??」
ぼくに気付いて傍まで来てから、嬉しそうにぼくの周りを泳ぐその子。
「よかった! 無事だったんだね」
「うん、びっくりした」
「そうだね……」
ぼくの言葉に周りを見回して、それでもその子は大丈夫だよと明るく言い切った。
自分だって不安なはずなのに、ぼくのことを励ましてくれる。
だからぼくも、大丈夫だって信じようって思えた。
₍₍₍ ▷○
急に大きく水面が揺れて、僕たちは外に放り出される。
一瞬の熱気のあと、目に映るのはあの白い場所。
「うわぁ」
ざぶんと水に潜ったその時に、黒い子とはぐれてしまった。
探しに行こうと思ったけど、またすぐにあの白いのに遮られる。
それからは白いのに追っかけられてはあの銀色のところに入れられて、またここに返されてを繰り返した。
それ以上のことはされないけど、やっぱり追いかけられるのは怖い。
逃げてる途中にあの子らしい姿を見かけても、すぐに追われたり見失ったりで話しかける暇がなかった。
大丈夫かな、怖がってないかな。
そんなことを思いながら必死に逃げてるうちに、また遠くにあの子の姿を見かけた。
近くに白いのはいない。
今なら、と。僕はあの子の方へ向かった。
₍₍₍ ▶●
どのくらい逃げ回っていたのか、もうわからなくなった。
ぼくも、ほかの子たちも疲れ果てて。でも白いのはひっきりなしに水の中を掻き回していく。
はぐれてしまってからどこにいるのかわからないあの赤い子。大丈夫かなって心配だけど。
いっぱい励ましてもらったから。ぼくも諦めずにあの子を探した。
その間も白いのに捕まっては銀色のところに入れられて、暫くしたらまた戻されてを繰り返す。
最初は偉そうにしてた大きい子たちは、白いのに捕まっても暴れて逃げたりしてたみたいだけど。やっぱりそのうち疲れちゃったのか、なんだかおとなしくなった。
あの子はやっぱり見当たらない。
今度はどっちに探しに行こうかと、そこに止まった時だった。
「見つけた!」
聞こえた声にうしろを見ると、あの子がこっちに向かってきてる。
「よかった! 無事だったんだね」
ぼくも近寄って、お互いの無事を喜んだ。
○◁
ふっと水の上を影がよぎる。
あっと思ったその時には、僕たち二匹の下に白いのが潜り込んできてた。
同時に水から出された僕たちは、またあの銀色の中に放り込まれる。
「大丈夫?」
「うん、平気だよ」
心配してくれる黒い子にそう答えて、またここに来ちゃったねと笑い合う。
自分でものんきだなぁと思うけど。
今は一匹じゃないから、怖くはないよ。
▶●
やっと会えた途端、また銀色のところに入れられてしまったぼくたち。バラバラになっちゃってからこんなことがあったよって話してたら、急に水面が大きく揺れた。
また白いところに戻るんだと思ってたら、入れられたのは向こうの見える柔らかい壁に囲まれたところだった。
「びっくりしたね」
隣にいた赤い子と、あとから放り込まれてた別の赤い子も一緒だったことにほっとする。
「どこだろう?」
銀色のところより狭いそこをくるくる回っていると、またザバッと水が入ってきた。
空気の泡が収まると、また別の赤い子とぼくと同じ黒い子が増えてる。
柔らかい壁の向こうには、あの白い壁と銀色のものが小さく見えてた。
▷○ ●◀
ここへ来た時みたいにずっと揺れながら。
壁の向こうに見えてた眩しいものがどんどん動いていく。
時々覗き込む同じ顔。
「ねぇ、なんだか嬉しそうだよね」
その顔を見て皆でそう言い合ってたら、なんだかゆらゆらするのも楽しく思えてくるから不思議だった。
これからどこに行くのかわからないけど。
二匹一緒だから、きっとどこでも大丈夫だよね。
金魚。夏、なイメージですよね。
描かれていると、雑貨なんかも涼し気に見えます。
子どもの頃に飼っていました。金魚すくいでもらってきた子たちのほかに、ちょっと大きな「コメットちゃん」もいたなぁ。買ってきたのかもらったのかは覚えていないのですけどね。
金魚すくいも好きでした。
でも下手でした。
少しお高い「すくっただけもらえる」というのをやってみたかったのですが、多分碌にすくえず終わってただろうと思われます(笑)。




