第四十九景【ちまき】裏
どこにいても。
五月五日。待ち合わせの駅で哲は少しソワソワしながら爽太を待っていた。
メッセージでやり取りをしていたとはいえ、直接会うのは数年振り。お互いすぐにわかるだろうかという心配と、気になることはもうひとつ。
(……楽しんでもらえるかな)
小学生の時は何も気兼ねせずに話せたが、今も変わらないとは言い切れない。自分とふたりで長時間、気まずくならずにいられたらいいのだが。
そんなことを考えるうちに改札の向こうに見えた姿に、まず半分が杞憂に終わる。
学生時代の面影を残したまま、それでもすっかり大人の顔つきになった爽太。彼もこちらを見てすぐに笑みを見せたところからすると、どうやら自分もさほど変わっていないらしい。
まっすぐ自分の前に来た爽太と目を合わせる。
「哲、だよな」
「ああ。爽太もすぐわかった」
念の為の確認のあと、お互い変わらないなと笑い合ってから。
「じゃ、行こうか」
哲はそう促し、歩き出した。
「いい時間に予約取れなくて。食べるの遅くなってごめんな」
予約時間はランチというには遅すぎる二時。さすがに連休中、予約を入れたのが前々日では仕方ないだろう。
「いいよ。その分朝ゆっくりしてきたから」
謝る哲に、爽太は気にした様子もなくそう返した。
「行きたい店って言ってたけど。なんかお目当てでも?」
「まぁ行けばわかるよ」
含みある笑みへ怪訝そうな顔を見せる爽太に、それにしてもと哲が続ける。
「うちの近くもそうだけど、この辺もすっかり変わったよな」
真新しい大きなビルの合間に、時折うっすらと覚えのある特徴的な建物が並ぶ。輪郭の変わった町の中、所々見覚えあるピースがはまっているような感覚。
懐かしいけど見慣れない。そんな相反する感情とともに、哲は辺りを見回した。
「何年振りだっけ?」
「二十歳の時に戻ったきりかなぁ」
「そんなになるんだ」
しみじみと自身の数年を振り返るように呟いてから。
「こっちに何か用事でもあったの?」
何気なく尋ねる爽太に、哲は曖昧に笑う。
「……ちょっと、戻りたくなったんだ」
連休前日に突発的に帰省しようと決めた。
大学進学とともに地元を離れ、悩んだ末に向こうで就職して丸二年。何がというわけではない。それでも忙しさに擦り切れてしまったように、ふと何をする気もなくなってしまった。
かろうじて仕事に支障はないものの、プライベートは立て直せず。休日も自宅でぼんやりするだけの日々。
このままでは、と。そう思うものの、誰に話せるわけでもなく。察してくれるほど親密な相手もいない。
そうするうちに五月に入り、迎えたゴールデンウィーク。四日間また自宅でぼんやりと過ごすよりはと思い、足掻くように帰省を決めた。
家族も友人もいるここならば、自分も以前のように動こうと思えるかもしれない。
急ではあるが誰かに声をかけようと思った時に、真っ先に浮かんだのは爽太だった。
戻る途中の電車の中で、爽太からのメッセージが来た。毎年恒例のちまきの写真だとわかっていても、不覚にも泣きそうになった。
声をかけていいのだと。そう言われているような気がしたのだ。
哲が予約を入れたのは飲茶バイキングの店だった。蒸し物はテーブルまでワゴンで運ばれて、揚げ物や冷菜などはカウンターから取ってくるスタイルとなっている。
席に案内され、飲み物と食べ物を取り戻ってくると、各テーブルを回っていたワゴンが近付いてきた。
ワゴン横には定番の焼売のほか、変わり種の餃子や焼売のメニュー札が掛かっている。
全種類と頼むと、テーブルに小さな蒸籠を積まれた。熱いうちにとふたりで手を伸ばす。
肉焼売の肉と脂の旨味を味わい、海老蒸し餃子のプリプリとした食感を楽しみ、ふかひれ餃子の断面を覗き込みどれがふかひれなのだろうかと探したり。
そうこうするうちにまた別のワゴンがやってきた。
メニュー札を見た爽太が目を瞠るのを見届け、哲はニンマリと笑う。
先程同様全種類と頼んで積まれた蒸籠。その蒸籠から哲へと視線を移し、そういうことかと爽太も笑みを見せた。
「来たかった理由って、これ?」
「そう。俺、こっちも好きなんだ」
哲が重なる蒸籠の中から選び出したそれを互いの前に置く。
蒸籠の中には茶色いころんとした三角の中華ちまきが入っていた。
タコ糸を解き、竹の皮を開く。
艶のある茶色い米と大きめに切られた豚肉やニンジンといった具が見えた。
三角のてっぺんを箸でつまみ取ろうとするが、もち米の粘度に阻まれる。なんとか切り分けようやく口に入れると、もち米に染みた醤油と脂の味が広がった。
しっかりと噛めるのはおこわならでは。ほんの三口ほどしかないが、それでも物足りなくはなく、きちんと食べたと思わせてくれる。
保存容器としての役割だろうが、それでも竹の皮にこうしてひとつずつ巻かれている特別感も相まって、更に満足感を得られるのかもしれない。
「こっちのちまきもなかなか食べる機会ないけど。美味しいな」
竹の皮にへばりついたもち米と格闘していた爽太も、ようやく食べ終えて満足そうに呟く。
竹の皮とタコ糸を片付けながら、そうだなと哲も頷いた。
蒸籠料理以外も楽しみながら、メッセージ同様何気ない話をする。
自然な爽太の様子に、待ち合わせの前に抱いていた不安はいつの間にか消えていた。
昔も今も。メッセージでも直接でも。爽太は変わらない。
広がる安堵と喜びに、本当に久し振りにほっと緩む心。
長く忘れていた何かを思い出せたような。漠然と感じるものは掴めないまま、それでも温かなものが満ちていく。
自分に足りなかったのはこうした温度のあるやりとりなのだろうか。
もしかしてこちらに戻ってくれば、自分も―――。
「そういや哲はひとり暮らしだろ? 自炊?」
浮かんだ思いは爽太の声に霧散した。
我に返って爽太を見返し、ぼんやり聞いていた言葉を探す。
「……まぁ、簡単なものしか作れないけど」
「いや、それでもすごいよ。俺なんもできねぇもん」
どうにか思い出して答えると、気付いた様子もなく爽太は感心したように頷いた。
「哲は頑張ってんだなぁ……」
「そんなことないって」
手放しに褒められたようで照れくさく、慌てて否定する。
「爽太だって。頑張ってるだろ」
自然と口から出た言葉にはっとした。
今日までに聞いていた話。
大学の専門とは別の分野に就職した爽太は、最初はわからないことだらけだと言っていた。
小中の同級生たちもそれぞれの道を進んでいることだろう。
ここを離れたのは自分だけではない。
そしてどこであっても。頑張っているのは皆同じなのだ。
向かいの席、頑張れてたらいいけどと笑う爽太。
(……そう、だよな……)
自分を認め、励まし、話を聞いてくれる。
自分にはそんな相手がいて。
そしてきっとそれは、目の前にいてもいなくても変わらないのだろう。
先程浮かんだ迷いは既に消えて。今は感謝が胸を占める。
「……今日。来てくれてありがとな」
「こっちこそ。誘ってくれてありがとう」
伝えられた感謝は半分だけであったが、それ以上の言葉は必要ないとわかっていた。
「あ〜、食べたぁ」
「ホント、よく食べたよな」
店を出た爽太が伸びをする。
その姿に笑ってから、哲は時間を確認した。
時刻は四時前。何かするには遅く帰るには早い、なんとも中途半端な時間ではあるが。
「時間まだいいなら、もう少し付き合ってよ」
そう言うと、爽太はなんだか嬉しそうな顔をした。
「もちろん。ほか行きたいとこある?」
「特にはないけど、爽太は?」
少し腹ごなしに店でも覗いて歩いて。そのあとちびちび飲みながら、もう少し話ができたなら。
きっと明日帰る時には、行きより背筋を伸ばして立てているだろうと思う。
情けない自分の話、面と向かっては恥ずかしいので。できたら隣に並べる席ならいいなと考えながら。
じゃあ買い物付き合って、と笑う爽太に頷いた。
五月五日はこどもの日、ということで。ちまきです!
和菓子のちまき、地域によってはこどもの日に食べないのだと今回調べて知りました。
童謡の『せいくらべ』の歌詞にあるので、全国的なものだと思っていたのですよね……。
まぁそれは置いといて。緑のちまき。
この時期三日間くらいしか見かけないのです。そして妙にお高い! 葉っぱに柔らかい白玉の長細いのが入ってるだけ(失礼)なのに! もしかしてい草のせい??
それでも食べたくて買ってしまいます。
一年一度なのでいいのです。
そして茶色いちまき! もちもち炊き込みおこわは美味しいですよね。
竹の皮は抗菌作用もあるということなので、保存食だったのでしょうかね。家で作るならアルミホイルでも代用できるそうですけど、なんだか味気ないですよね……。
飲茶のバイキングは蒸し物だけ持ってきてくれるスタイルの店も多いですけど。テーブルオーダーのところもありますよね。
飲茶メニューのイチオシはハムスイコー! もう滅多に置いてないですけどね(泣)。胡麻団子の生地に春巻きの中身、といった感じです。中華風ピロシキ。
レシピはネットにあるので、いつかは自作してみたいのですけどね。
……ちまきから脱線(笑)。
笹団子とか柏餅、桜餅(関西版)も好きですよ。




