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第三十五景【ゲーム】裏 

 異なる世界の景色。

 家電量販店のゲーム売り場。新作のデモを見ている数人の中に見覚えある横顔を見つけた(おさむ)は足を止めた。

 クラスメイトの深江(ふかえ)(こう)が、なんだかキラキラとした目をして画面に見入っている。

 高校からの新入生の洸とはあまり親しく話したことはなく、いつも真面目で穏やかという印象だったのだが。

(ゲーム、好きなのかな)

 教室では見ないその顔が気になったが、あまりに集中しているので声をかけられなかった。

 そっとその場を離れて暫く売り場を見たあと、今日来た目的である追加コンテンツのダウンロードカードを手に取ってレジへと向かおうとすると、ちょうど前に洸がいた。

 意を決し声をかけると、飛び上がるくらいに驚いた洸が振り返る。

七瀬(ななせ)…くん」

 名前は覚えてくれていたみたいだと思いながら、呼び捨てでいいと告げた。

 洸もレジの方へ行こうとしていたので、自分もそうだと話す。持っているダウンロードカードを見た洸はまたもや驚いた顔をした。

「……俺、も…」

 返された言葉に今度は修が驚く。

「マジで??」

「うん、これ…」

 洸の手にあるのは自分が持つものと同じカード。

 まさかの状況に今度は自分が驚く番だった。

 ゲームをしている人なら何人かいるが、インターネット対戦がメインのこのゲームで遊んでいる者はおらず。思わず浮かれた声を出してしまってから、慌てて洸の様子を見る。

 呆れても引いてもいないその様子にほっとしつつ、ダメ元で対戦を願ってみると、すぐにいいよと返ってきた。



 洸と連絡先を交換し、三時からと約束して家に帰ってきた修。昼食もそこそこに追加コンテンツのダウンロードを済ませ、ゲームのIDを洸へと送る。

 約束の時間まではまだあるというのになんだか既に落ち着かない。

 こうして誰かと対戦をするのはどれくらい振りだろうか。

 デモ画面を楽しそうに見ていた洸の表情を思い出す。

 好きな気持ちが見て取れるくらい嬉しそうだった洸。そんな洸とならきっと楽しく対戦できると、根拠もなくそう感じていた。

 暫くしてから洸からも、IDと楽しみにしてるとのメッセージが送られてくる。

 それを見たらなんだか待ちきれず。かなり前からログインして待機していると、三時少し前に洸が入ってきた。

 ふたりでの対戦だけでなく、不特定の誰かを交えても遊べるこのゲーム。洸が味方である時は絶妙なアシストに感謝して、敵である時はその上手さに舌を巻く。

 遊ぶ予定の一時間はあっという間に過ぎた。洸がログアウトしたのを確認してから、修は自分もゲームをやめる。

「楽しかったぁ……」

 暫く忘れていた、誰かと一緒にゲームをする楽しさ。

 好きなゲームだからか、それとも相手が洸だからか。

 おそらく後者で、実は気が合うのかもしれない、と。

 そんな予感とともに、楽しかったとメッセージを送る。

 洸からの返信もなんだか少し語調が崩れ、最初の緊張した様子がなくなっていた。

 それを嬉しく思いながらあれこれと問うと、ほかにも共通点が見つかって。

 インターネット越しではなく隣で遊んでみたくなった修。ローカル通信でしか対戦できないゲームを口実に明日家に来ないかと誘うと、すぐにいいなら行きたいとの返信が来た。



 翌日、朝からバタバタと洸を迎える準備をした修。私立中学に入ったため地元の同級生とは遊ぶ機会がなくなってしまい、こうして家に誰かが遊びに来ることなど数年振りだ。

 緊張と期待の中を最寄り駅まで迎えに行く。改札を出てきた洸は自分以上に緊張した面持ちだった。

 昨日はテンションが上がって誘ってしまったが、面と向かって話したことなど数えるほどしかないことに今更気付く。互いに少しギクシャクしながら家へと案内し、自室で早速ゲームを始めた。

 それからは本当にあっという間だった。

 インターネット上ではキャラクターの身振り手振りでの反応が、今は隣からすぐさま返ってくる。一緒に喜び、互いに悔しがり、楽しかったと笑う相手が隣にいる。

 固かった言葉も緩んで言葉数も多くなり、顔を見合わせ笑い合ううちに、最初の緊張など忘れてしまっていた。

 夕方、帰る洸を駅まで送り、楽しかったと告げる。

「うん、俺も」

 明るい笑顔に、洸も楽しんでくれたようだとほっとした。

「またやろうなっ」

 久し振りに誰かが遊びに来たからではなく、洸が遊びに来たから楽しかったのだと。照れくさくて言えないが、そう確信を持っていた。

「誘ってくれてありがとう」

「こっちこそ。来てくれてありがとな」

 返す礼は心からのもの。

 気恥ずかしいのもお互い様か、ふたりして笑い合ってから、また明日と手を振った。



 月曜日、修が登校した時にはまだ洸は来ていなかった。

 今日はほかにも好きなゲームがないか聞いてみようと思い、いつものようにクラスメイトと話しながら待っていたのだが。

「おはよう」

「…お、おはよう……」

 昨日の帰り際の様子など微塵もなく、小さく返した洸はそそくさと自席に行ってしまった。

(え…?)

 あまりの態度の差に呆然とする。

 自分は洸に何かしてしまったのだろうか。

 昨日駅で別れてからは何もやり取りをしていないのだ、もちろん全く身に覚えがなかった。

「シュウ?」

 クラスメイトに話しかけられ我に返る。

「あ、ごめん。何?」

 顔は笑みを見せながら。

 心中の戸惑いを押し隠し、修は次の休み時間に話しにいくことにしたのだが。気付けば姿がなかったり、教科書を広げて何やら書いていたりと、そのあとも全く話しかける隙がない。

 ここまでくると偶然ではなくわざと避けられていることは、疑うまでもなくて。

(…どうして……)

 昨日の洸の様子が演技だったとは思えない。

 だからこそ尚更洸の変わりようが信じられなかった。

 考えても考えても原因がわからず。

 業を煮やした修は、四時間目の終了とともに洸の席へと行った。



「避けてる?」

 朝からずっと抱えていた疑問は、少々強めに洸へと投げられた。

 そろりと上がる洸の表情は、どこか怯えたようにも見える。

「……どうして俺が七瀬くんを避けるんだよ」

「呼び捨てでいいって言った」

 苛立ちよりも先に立つのは寂しさと悲しみ。

 仲良くなれたと思っていたのは自分だけだったのだろうか。

 そう思うとどうにもつらく。見上げる洸まで悲しそうな顔をしていても、どうしても優しい言葉で返せなかった。

「……ちょっと来て」

 ちらりと周りに視線をやった洸が、そう言って立ち上がる。手首を掴まれて、人のいない特別教室前まで連れてこられた。

「気に障ったならごめん」

 開口一番謝る洸に、どうして、と思う。

「気に障ったとかじゃなくて。……友達になれたって思ってたの、俺だけなんだ?」

 ふたりで遊んで楽しかったのは、また遊びたいと思ったのは、自分だけなのか。

 洸も同じなのだと、思っていたのに―――。

 はっと目を見開いた洸が、次の瞬間泣き出しそうに眉を落とす。

「俺っ…そんなつもりじゃ……」

 その様子から嫌われたのではないと思えたが、ならば尚更理由がわからず。 

 黙る自分に、洸はためらうように視線を彷徨わせたあと、ぽつりぽつりと話しだした。

「……七瀬、周りにゲームしてる奴いないって言ってたから…。学校でそんな話しないんだと思って……」

 自分としてはあのゲームはと言ったつもりだったのだが、洸はゲーム全般と取ったのだと知る。

「…だから、俺なんかとゲームの話してたら……変な目で見られたりするんじゃないかなって……」

 尻窄みの言葉とともにうつむいてしまった洸。

 教室ではいつもおとなしい印象で、昨日のような明るい笑顔を見たことがなかったことに気付く。

 自分にとっては四年目の学校と同級生たち。

 しかし、洸にとってはまだ一月も経っていない場所。

 洸の見えている世界は自分とは違っていたのだと。そう痛感した。



「……そっか…」

「ごめん…」

 己の浅慮への落胆は、別の意味に取られたようで。そんなつもりではないと息をついて、修は洸の肩を叩く。

 自分の知るクラスメイトはそんなことを気にしないだろうし、それでとやかく言うような友達ならいらない。そう伝えると、困り顔のままの洸がゆっくりと顔を上げた。

「俺は深江と遊ぶの楽しかったけど。深江は違うのかよ?」

 避けられた理由がわかった今、返される答えなんてわかっている。

 自然に浮かぶ笑み。洸も楽しかったと返してくれた。

「…俺と友達に、なってくれる……?」

「もう友達だろ」

 おずおずと切り出された申し出に即答してから、浮かれる自分が恥ずかしくなった修は洸の肩を叩いてごまかした。

「じゃあ、洸。戻ろう」

 それでも嬉しい気持ちを伝えたくて、下の名前で呼んでみたものの。いたたまれずに背を向けて歩き出す。

「…ありがと、修」

 直後、うしろから聞こえた洸の声。

 緩む顔を見られたくなくて、振り向くことができなかった。



 今回は【ゲーム】です。


 昔はよくやっていました。今はスマホで少しと、子どもがしているのを見るくらいです。あまり上手でもないので、たまに子どもと対戦するとボコボコにされます。


 RPGが好きでした。でもやり尽くす根気はありませんので、攻略本を読んで気分だけ味わっていました。

 かなり好きなシリーズがふたつあるのですが、どちらの音楽も好きで。サントラもたくさん買いました。

 未だにその作曲家さんの音楽を聞くと反応する自分がいる(笑)。


 自分の中の創作の原点は、漫画もそうなのですが、ゲームにもあるのだと思います。

 RPGにはまってなければ書いてなかった自作。たくさんあります。

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