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第三十五景【ゲーム】表

 重なる世界の景色。

 土曜日の家電量販店は訪れる客でかなりの賑わいをみせていた。

 そんな中、(こう)はまっすぐゲーム売り場へと向かう。

 お目当てはインターネット対戦もできるアクションゲームの追加コンテンツ。特定の誰かと遊ぶわけではない自分でも気軽に対戦のできる、人気のゲームだった。

 昨日発売とだけあって、ダウンロードカードだけでなくゲームそのものも売り場にずらりと並べられている。吊り下げられているカードをひとつ取ってから、洸はせっかく来たのだからと売り場を見て回ることにした。

 高校一年になったばかりの自分の小遣いでは、いくらやりたくてもあれこれ買うことはできず。大半は指をくわえて見ているだけではあるが、それでもゲーム好きにはワクワクする空間だ。新作のデモを見たり、体験プレイを覗いたりと、それなりに楽しんでいた。

 満喫したところで、あとは帰って早速遊ぼうと思い、レジに向かおうとしたその時。

深江(ふかえ)?」

 背後から唐突に名を呼ばれ、洸は驚き振り返る。

「奇遇だな」

七瀬(ななせ)…くん」

「呼び捨てでいいって」

 そう笑うのは、クラスメイトの七瀬(おさむ)だった。



 洸が四月から通う高校は、中等部もある私立高校。クラスの何人かは中学からの持ち上がりだった。そのうちのひとりである修は、友達も多く先生たちにもムードメーカーとして頼られるような、そんな生徒で。ようやく席の近いひとりと話せるようになった自分とは別の人種のように感じていた。

 挨拶程度でほとんど話したことはなくても、誰かをからかったりするような人ではないと知っていた。しかしなんとなく恥ずかしくて、持っていたダウンロードカードをさり気なく鞄の影に隠す。

 修は気にした様子もなく、買い物かと明るく聞いてきた。

「俺はこれ買いに来たんだ」

 言われて初めて修が手に持つものに気付いた洸は、驚きのあまり目を丸くする。

 今しがた自分が隠したものと同じものが、修の手にも握られていた。

「……俺、も…」

「マジで??」

 驚きと喜びが半々に混ざるような。そんな響きに、洸は隠していたダウンロードカードを出してくる。

「うん、これ…」

「うっわ、なんか嬉しい。俺の周りやってる奴いないから」

 はしゃいだ声を上げる修に、洸は今まで感じていた別世界感が薄らいでいくような気がした。

(…そっか。同級生…なんだよな……)

 目の前の修は自分と同じものを楽しむ同じ高校生男子なのだと、当たり前のことを今更実感する。

「ネット繋いでる? よかったら一緒に対戦してくんない?」

「いいよ。やろう」

 普段ならためらいそうな修の申し出に即答した自分に驚きながら、洸は修と連絡先を交換した。



 家に帰り昼食を食べている間に、修からゲームのIDと早速ダウンロードしたとメッセージが届いていた。三時にログインしようと約束はしていたが、こうしてメッセージをもらうといよいよ現実味を帯びてくる。

 自分のIDも返し、ダウンロードも済ませ、妙にソワソワとしながら迎えた三時。画面の向こうには、教えてもらったID―――修が待ってくれていた。

 インターネットで不特定の相手と対戦となると、多少マナーの悪い輩もいるものだが。修のプレイは全くそんなこともなく、敵になっても味方になっても楽しくて。気付けば部屋でひとりであるのにまるで隣で遊んでいるかのように喜んだり悔しがったりしている自分がいた。

 事前に一時間と決めていたので、正直かなり名残惜しくはあったが、きりのいいところでログアウトした洸。五分もしないうちに修からなんだかテンションの高いメッセージが届いた。

 楽しかった、と目一杯に伝えてくるそれを嬉しく思いながら、自分も楽しかったと返信する。そのままの流れで好きなゲームの話になり、ほかにいくつも同じもので遊んでいることがわかった。

 楽しかった対戦の余韻と同じものが好きだという親近感に、すっかり修と仲良くなったように感じたのかもしれない。碌に話したことなどないというのに、明日暇なら家に来てやらないかと誘われた時も、迷いもせず行くと返していた。



 一晩経って冷静さを取り戻した洸は、翌日かなり後悔しながら待ち合わせの駅へと向かった。

 画面越しではない自分は、修に不快な思いをさせたりつまらないと思われたりするのではないか―――。

 そんな心配も、修の部屋でゲームを始めたらすぐに吹き飛んだ。

 昨日は独り言だった「ナイス」も「やられた」も「これでどうだ」も、今日はすぐに(いら)えがある。

 ローカル通信での対戦も小学生以来。久しく忘れていた誰かと一緒に遊ぶ楽しさは、ここへ来るまでの不安と後悔を忘れるのには十分すぎた。

 まるでずっと前から友達だったように、いつの間にか自然体で接していた洸。夕方帰る頃には何も気負わず話せるようになっていた。

「楽しかったな」

 駅まで送ってくれた修は満面の笑みでそう告げる。

「うん、俺も」

「またやろうなっ」

 屈託ないその笑顔は、今まで修に対して抱いていた印象よりもなんだか素朴で身近に思えた。

(……なんか、普通の奴だったんだな…)

 知りもせず捻くれた見方をして、壁を作っていたのは自分自身。そんな自分に話しかけてくれた修に感謝する。

「誘ってくれてありがとう」

「こっちこそ。来てくれてありがとな」

 改まった物言いがなんだか恥ずかしくなり、お互い照れ笑いを交わしてから。

「じゃ、また明日」

「学校で」

 楽しかった時間と新たな気付きに浮かれながら、洸は改札の向こうの修に手を振り返した。



 翌月曜日。いつもより足取りも軽く登校した洸は、教室に入って目にした光景に思わず足を止めた。

 クラスメイトに囲まれて、楽しそうに話す修の姿。

 それはいつもの光景であった。

「おはよう」

 そう声をかけてくれるのも、いつものこと。

「…お、おはよう……」

 小さく返し、逃げるように自席に向かう。

 修は昨日と何ら変わらないとわかっていたのだが、それ以上言葉が出なかった。

 自分とは違い、人気者の修。

 周りにゲームをしている友達はいないと言っていたので、学校では誰もそんな話をしないのだろう。

 それなのに自分とゲームの話などしていたら、それこそ修も皆の輪から外されてしまうかもしれない。

 そんな迷惑はかけたくなかった。

 時折刺さる視線を感じながら、トイレに行ったり忙しい振りをしたりして、洸はどうにか三時間目あとの休み時間までを乗り切ったのだが。

「避けてる?」

 四時間目終了直後、お弁当を持って教室を出る前に修に捕まってしまった。

 自席まで来た修をそろりと見上げると、少し不機嫌そうな顔で自分を見下ろしている。

「……どうして俺が七瀬くんを避けるんだよ」

「呼び捨てでいいって言った」

 声はそれほど大きくはないが、強く。

 怒らせてしまったのだとわかるそれに、罪悪感と悲しさと心配とがごちゃまぜに湧き上がる。

「……ちょっと来て」

 怪訝そうにこちらを見る周りの目が気になって、洸は修を廊下のつきあたりの特別教室前へと引っ張っていった。



 周りに人がいないからだろうか、修は先程よりもむすりとした表情になっていた。ある意味素直なこの顔こそが、今の修の気持ちなのだろう。

「気に障ったならごめん」

「気に障ったとかじゃなくて」

 返された声にはっとする。

「……友達になれたって思ってたの、俺だけなんだ?」

 伝わる苛立ちと悲しみに、自分の態度が修にどんな風に取られていたのかに気付いた。

 怒らせただけではない。

 悲しませていたのだと。

「俺っ…そんなつもりじゃ……」

 黙り込む修に、何を心配したのかをしどろもどろに説明する。

 口を挟まず最後まで聞いた修は、言うだけ言ってうつむく洸を暫く見つめてから溜息をついた。

「……そっか…」

 呆れたような口調に何も返せず、洸は小さくごめんと呟く。その様子にもう一度息をついてから、修は少し強めに洸の肩を叩いた。

「クラスの奴らもそんなことしないし、万が一そんな奴だったら友達じゃなくていい」

 そろりと見上げる洸に、仕方なさそうに修が笑う。

「俺は深江と遊ぶの楽しかったけど。深江は違うのかよ?」

 まっすぐに自分を見るその眼差しには、もう怒りも憂いもなく。そしておそらく、返す答えもわかられている。

「……俺も…楽しかった……」

 それがなんとも気恥ずかしくも嬉しくて。洸もはにかみ笑みを返した。

「…俺と友達に、なってくれる……?」

「もう友達だろ」

 即答した修もまた、なんだか恥ずかしそうで。ごまかすようにバンバンと洸の肩を叩いてから、じゃあ、と呟く。

「洸。戻ろう」

 唐突な名呼びへの驚きと喜びを伝える前に、修はもう背を向けており。

「…ありがと、修」

 嬉しい気持ちをその名で返してみるが、返事はなく。聞こえなかったのかと思いながら、洸は先を歩く修を追いかけた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 男子高校生のゲーム環境。リアルだなあと思いながら拝読致しました! インターネットから徐々に距離を縮めていく二人を、表と裏で微笑ましく見守らせていただきました。 ゲームでこれだけ気の合う二…
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