第二十二景【伝説】 (残酷な描写あり)
その出逢いを。
人の入ることのできない険しい岩山の山頂付近にある、麓からは隠されて見えない横穴で。
今ひとつの命が終わり、新たなそれへと生まれ変わった。
伏した赤い身体が徐々に輪郭を崩す中、半透明の同じ身体が抜け出すように身を起こす。魂だけの存在となったそれの足元に場違いな肌色が現れた。
消えたその身体と同じく炎のような緋色の髪と瞳。しかしその姿は似ても似つかない。
鳥の姿を取るその命を継ぐのは、人の姿をしたそれ。
人から生まれていないそれは、生まれたばかりであっても普通の赤子ではない。抱き上げる手も温める身体もないことを知っているかのように、泣きもせずひょこりとひとりで上半身を腕で支えて顔を上げていた。
不死鳥が蘇る間を繋ぐための存在。
それが俺たち、不死人。
穏やかな世の象徴である不死鳥が姿を消すと現れると伝えられる。
混沌の世の象徴、だ。
俺が初めて自分のことに気付いたのは、八歳くらいの時だった。
荒れ果てた国には暴力が満ち、力ないものは隠れるようにひっそり生きるしかなかった時代。俺も両親―――と思っていた人たちも戦禍を逃れ息を潜めて暮らしていたが、とうとう争いの波に呑み込まれた。
逃げる場所などなく、ただ蹂躙され何もかも失った。その時致命傷を負ったはずなのに、気付けば俺は血溜まりの中に立ち尽くしていた。
それでもまだ何かの間違いだと信じ込もうとしていた愚かな俺も、一年を待たずに思い知ることとなる。
怪我をしても傷が塞がるだけではない。失った足や腕でさえ元通りに生えてくるのだ。人であり得ないのは明白だった。
どうせなら痛みも感じなければいいのに、なんて。
そんな願いもすぐに忘れた。
顔を上げたきり動きを止めた赤子は、俺のことが見えているかのようにじっとこちらを見ていた。
魂だけの存在となった不死鳥同様、俺自身も既に肉体は失われている。見えるはずがないと高を括っていたのだが、どうにも視線が合う。
何も知らない赤い瞳。己の事実とその役割を知った時、この瞳も俺と同じように絶望に染まるのだろうか。
いたたまれなくなり、視線を逸らした。
視界の端の赤子は相変わらず動く様子はなく、ただじっと俺を見ているようだった。
己の事実に気付いてからも身体は成長したが、十分に成熟した青年期で止まった。
傭兵になったのは、この身体なら戦乱を収められると思ったからではなく。ただただ己のため。
そのうち死ねるだろうかと、奥底に抱いたそんな淡い期待はあっけなく砕かれた。絶望は諦めへ、そして無関心へと成り代わり。命令を無視して敵陣に突っ込み朱に染まるうちに味方からも疎まれるようになった。
どれだけこの身を斬り刻んでも果てることのないこの命。
べっとりと張りつくような苦しみは消えることはなく。自分がここに存在することに、どうしようもなく厭悪を覚える。
すり替えるように痛みを求め、戦場を突き走る日々。
不死人が混沌の世の象徴といわれるのは、俺のせいでもあるのかもしれない。
もぞりと赤子が動いた。
視線を向けると、やはり俺をじっと見たままの赤子が先程までより上体を起こしていた。
ゆっくりと手を持ち上げ、少し前へと下ろす。続いて反対の手を上げ、また前へと。重そうな下半身を引き摺りながら、赤子は少しずつこちらへと近付いてくる。
時折力が抜けたかのように地に伏したり、驚いたように置きかけた手を引っ込めたりしながらも。赤子は俺を見ながら少しずつ距離を詰めてくる。
ただ前へと這っているだけなのか、それとも本当に俺のことが見えているのか。わからぬまま、しかし何故かその場を動けずに、俺は赤子を見つめていた。
やがて戦乱が終わった。
戦いの中では使い途があった不死人の存在も、平穏へと向かう世には厄介者でしかない。向けられる眼差しが嫌悪から忌避へ、そして恐怖へと変わっていくのを感じ、逃げるようにそこを離れた。
しかし不死人の容姿はあまりに広まりすぎていて、行けども行けども安住の地などない。
正体を隠しながら旅を続けるうちに、東方に伝わる不死鳥の伝説を知った。どうせ行く当てもない。人の入れぬというなら好都合だと思い、不死鳥が棲むというこの山にやってきた。
山頂まで登り切るには命を落としながら行くしかなかった。人の入れぬその場所に立ち、やはり自分は人ではないのだと突きつけられたような思いを抱く己自身に、何を今更と嘲笑う。
自分は不死人。人ではない。あるはずがない。
俺自身もそう理解しているつもりだった。それなのに―――。
ここで不死鳥の魂と出逢い、己の生まれと存在の理由を知った。
今までの絶望など生温い。
生まれた理由も。存在する理由も。
何ひとつ、俺自身のものではなかった。
それならば何故自我を持たせた?
それならば何故心を持たせた?
俺が俺のために生きられないなら。
俺が俺である必要がないなら。
ただの器でいいだろう?
何を思うことも、何を感じることもない、ただのハリボテでいいだろう?
こんな思いをするためだけに、どうして俺は存在しなければならないのか。
どうして俺でいなければならないのか。
魂だけの不死鳥に当たり散らし、行き場のない慟哭に自傷を繰り返し。
それでも果てられぬ己に、ただ泣き喚くことしかできなかった。
一歩、また一歩と赤子は近付いて、もう俺の真ん前まで来ていた。
上げた手を俺の足へと下ろす赤子。その手は実体のない俺の身体をすり抜けるだけだった。
不思議そうに俺を見上げる赤子には、やはり俺が見えているようで。驚き見返す俺をじっと見つめたと思ったら、突然笑う。
自分に向けられたものなのかと戸惑ううちに、赤子はまた真剣な顔をして手を伸ばし始める。
何度か俺を触ろうとするように手を上げていたが、やがて諦めたのか、それとも疲れたのか、赤子はその場に丸くなって眠ってしまった。
触れられない俺の身体に寄り添うように、ぴったりと身を寄せて。
己の存在意義に諦めがついた頃には、地上では不死人の存在も昔話となっていた。
再び地上を彷徨い、様々なものに触れた。
不死人のことを知らぬ人々は、俺を奇異の目で見ない。普通の人と同じように扱われることが嬉しく、そして同時に必要のない心配をしてもらうことを申し訳なく思った。
どこにも留まらず、ただ旅を続ける日々の中で。
ひょんなことから出逢った西側に伝わる水棲人たちも、俺同様運命に翻弄されるただの『人』にすぎなかった。
お互いの状況を嘆くには、どちらも割り切ってしまっていて。ただ少しの間一緒にいて、話をした。
理不尽な現実に押し潰されそうになっていたのは自分だけではなかったのだと、初めて知った。
目を覚ました赤子はやはり俺を見上げ、ふに、と笑う。
飽きることなく伸ばされる小さな手。じっと見ているうちに、何故だか胸が詰まって。
思わず差し出した手を、掴もうとする赤子。何度も空を切る己の手を不思議そうに眺めるその姿。
この子もいずれ自分と同じ絶望に沈むのかと。
ふと浮かんだ言葉に湧き上がるのは恐怖と怒り。
自分を見上げるあどけない笑顔。
あんな思いをさせてなるものか、と。
そう思った。
役目を終えた俺は、今の不死鳥と同じく魂だけの存在としてここに居続けた。
目的があったわけではない。
ただ、あのまま果てたくはなかった。
俺が、自分が、ここに存在した理由が欲しかった。
―――そして、今。
赤かった赤子の髪と瞳は日増しに茶色を帯びてきた。不死鳥曰く、もうすぐここを離れることになるそうだ。
いつかこの子が己の事実に気付き、伝説を知ってここへ来たその時に。
俺は同じ不死人として、この子を迎えようと思う。
この子を待つのは過酷な運命かもしれない。それでも、器としてではなく、この子自身を見守るものがいるのだと。
それを示すために、俺はもう少しここに留まることを決めた。
見上げて笑う赤子に、自然と笑みが浮かぶ。
もうどのくらい生きたかもわからないその果てで。俺はようやく己の存在意義を見出だせた。
あの絶望の日々があったからこそ、俺にはこの子に伝えられるものがある。
だが、それは俺がこの子に与えるのではない。
俺が俺として存在した、その理由を。
俺がこの子から与えられたのだ―――。
今回は【伝説】。
伝説、伝承、言い伝え、などなど。
物語として読むのもいいのですけど。
作品内で扱うのも好きです。
神話も昔話も言うならば伝説のうち、ですよね。
このあたりの影響はTVゲーム、特にRPGが好きだった影響もあるかと思います。
伝説って大抵不親切で。濁さず書いてくれればこちらの手間が省けるのに、という感じですよね。
実際そうなってしまうとお話になりませんが(笑)。
ああでも、『うるさいくらい逐一指示してくる伝説』とかならいいかもですね。完全にコメディー行きでしょうけど(笑)。
ということで。ちょっと書いてみました。
同時にあがっております。
『成り行きで拾うことになった伝説の書が色々煩くてウザい』
https://book1.adouzi.eu.org/n8875ij/




