第二十一景【テーマパーク】裏
触れ合う距離に思うこと。
混み合う駅の改札を出る前に、約束の場所にまだ朔がいないことを確かめることは。時刻は待ち合わせ三十分前。さすがに少し早すぎたようだ。
身なりを整えようとトイレへと向かうが、駅が混み合えば同じくこちらも混み合っていて。パウダールームを出た頃には既に朔が待っていた。慌てて時間を確認するが、待ち合わせ時間まではまだ十五分以上ある。自分もこうして早く来てしまったが、朔もそうなのかと思うとなんだかほわりとした。
改札を出ると、気付いた朔が手を挙げてくれた。
「おはよう」
「おはよう。ごめんね、待たせた?」
そう聞くと、さっき来たとこだと返される。
確かに三十分前にはいなかったが、それでもこうして十五分前には来ているのに、と、少しおかしかった。
「今日はありがとう」
まずはと思い礼を言うと、少し驚いたように自分を見る朔。
「お礼言うのは俺なんだけど」
早口でそう言って、ぞろぞろと人々が向かう先へと視線を移す。
「…行こっか」
「うん」
頷き、ことはは歩き出す朔についていった。
小さい頃には家族と来ていたこのテーマパーク。学校が忙しくなり始めて徐々に回数が減り、高校に入ってからは一度も来ていない。
家族以外と来たことはなかったなと思いながら、ちらりと隣の朔を見る。
入場チケットはバイトもしていない自分からすればかなり高価なもの。朔ももらったと言っていたが、本当に自分と使ってしまっていいのだろうか。
「俺、ちっちゃい頃来たっきりで。疋田さんは?」
「わ、私も…」
考え込んでいたところに声をかけられ、思わずどもってしまって恥ずかしくなる。
一緒か、と笑う朔。
制服と同じ白いシャツでもやはり私服だと違って見えるなぁ、と。まだ恥ずかしさにドキドキする中、そんなことをふと思った。
「まずどこ行こうか?」
入場ゲートに並びながらの朔の問いに、どうしようかと首を傾げた。
「何があるかあんまりわかってなくて。本山くんは?」
「昼からだけど、メインのショー観てみたいかな」
予習してきたと軽く告げる朔に、ことはも笑う。
「じゃあそれは行くとして、ほかには?」
「乗り物も…って、絶叫系苦手?」
自分を通り越して場内を見る朔の視線を追うと、ジェットコースターのレールが見えた。遊園地にも行かなくなったので最後に乗ったのはいつか覚えてはいないが、おそらくは。
「多分ここにあるのくらいなら大丈夫かな」
レールを目線で辿ってから答えると、少しきょとんとした顔で見返されてから、ぷはっと朔が破顔した。
「くらいって。頼もしいな」
言われた言葉を考えて。目の前の朔の笑い顔を見て。ことはは恥ずかしくなってぺしりと朔の腕を叩く。
ごめんごめんと笑う朔。
学校でももちろん話したことなどいくらでもあるのに。学校の外での会話はいつもより朔を身近に感じさせ、何気ないやり取りが楽しく思えた。
中へと入り、せっかくだからと外から見えていたコースターに並ぶ。待ち時間は一時間ほど、その間にこの先の予定を相談することにした。
何があるかも待ち時間もスマホで見られるようになっている。ショーの開始時間と昼食の時間を考え、これを乗り終えたあとに行けそうなところを探した。
「ここは?」
朔がこちらへと下げたスマホを見るが、角度のせいか見にくい。画面を覗き込むと、朔も下げたことで見にくくなったのだろうか、同じように画面に顔を近付けかけ、止まった。
「ごめん。近かった」
「う、ううん」
改めて言われると、いつもより近い距離を意識してしまう。狭い通路に並んでいるため、時々触れる袖や普段より近い声。視線を落としても、朔の足が視界に入って。
隣にいる朔の存在を、今更ながら感じる。
なんだか恥ずかしく、どうしていいかわからないのに、どこか嬉しくて。ドキドキするのは乗り場が近付いているからか、それとも朔が隣にいるからか。
わからないけれど、今は楽しい。
乗り場に着くと、何名様ですかとクルーに聞かれた。ふたりと答える朔とことはを見て、クルーはにっこり微笑む。
「お揃い、キマってますね!」
すぐさま九番十番にどうぞと続けられ、妙に慌てて歩き出す朔に続く。
(…お揃い…?)
なんのことだろうと思ってから、一歩分先を行く朔を見てはっとする。
白シャツにジーンズの朔と、白ブラウスにデニム地のパンツの自分。
カップルが示し合わせて揃いのコーディネートをしていると思われたのだと気付いた。
急激に込み上げる恥ずかしさに、ことはは視線を落とす。朔に続いて言われた数字の上に立つが、顔が見られなかった。
「疋田さん」
急にかけられた声に飛び上がりそうになりながら朔を見上げると、こちらを見るのは優しい笑顔で。
「外側と内側、どっちがいい?」
きっとクルーの言葉の意味は、朔だって気付いていて。それでも自分が気にしないように、いつも通り話してくれているのだろう。
じっと朔を見てから、ことはも微笑む。
カップルと間違えられたこと。
驚きうろたえはしたが、嫌ではなかった。
「どっちでもいいよ」
「そこはこだわりないんだ?」
楽しそうに返す朔。
いつもより少し照れたようなその顔に、ことはは頷いた。
少しずつ緊張も解け、普段より近い距離にも慣れてきた。
昼食後は朔が観たいと言っていたメインショーに開始時間少し前から並んだ。直前になると更に人が増え、袖どころか腕まで触れ合うような混み具合であったが、朝のように飛び退いて離れることはもうなかった。
「ちょっと休憩しよっか」
二十分ほどのショーが終わると朔がそう提案した。
夏の日差しの下でのショーを観終わったあとである。もちろんことはにも否はない。
皆思うことは同じなのか、レストランは混み合っていた。なんとか見つけた席に朔が自分の鞄を置く。
「買ってくるから荷物見ててくれる?」
なんにする、と聞かれアイスティーと答えた。すぐにレモンかミルクかストレートか聞いてくるところは、バイト先が喫茶店だからかと妙に納得する。
注文カウンターの方へと行く朔のうしろ姿を見送りながら、ことはは自然と微笑む自分に気付いた。
今朝からこれまでの間にたくさん朔のことを知った気がする。今まで思っていた通りの優しさや気遣い、学校ではあまり見ないはしゃいだ様子や照れた顔。
どこか嬉しそうな横顔、向けられる笑み。
今日こうして自分を誘ってくれたのは、あくまで辞書を貸していたお礼であって他意はないのかもしれない。
しかし時折見せる表情に、もしかしてと思う自分もいる。
そして同時に、そうだといいなと思う自分も―――。
「おまたせ」
かけられた声に我に返ると、朔が紙コップがふたつ載ったトレイをテーブルに置いた。
「あっ、ありがとう。ちょっと待って、お金を…」
「いいよ。出させて」
バッグに手を伸ばしたことはを朔がとめる。
「俺から。辞書のお礼」
そう言い向かいに座る朔の眼差しには、優しさと―――。
「だめだよ、チケットだってもらってるのに…」
「チケットは俺ももらったやつだし。だからこれは俺からってことで」
―――少し熱が籠るのは、勘違いなのだろうか。
じっと見つめると少し頬が赤らんで。朔は少し困ったように視線を泳がせてから、お願い、と呟いた。
結局折れたことはに、嬉しそうに礼を言う朔。お礼を言うのは私でしょう、と言ってから、朝と逆だねと笑い合う。
冷たいアイスティーは火照った身体に心地よく。ことははほっと息をついた。
「どっか行きたいとこある?」
不意に聞かれ、ことはは驚いて朔を見やる。
「あと乗りたいの、なんかある?」
普通に続けられた言葉に、自分が勘違いをしていたことに気付いた。
冷めたはずの火照りが蘇る。
穏やかな笑みで自分の返事を待つ朔に、次の乗り物と、次に行きたい場所を伝えたらどんな顔をするだろうかと。
そんなことを考えてしまい、思わず笑みが零れた。
今回は【テーマパーク】
小池がこういったところではしゃぐ性格でないことは、薄々気付かれているかと思いますが(笑)。
はしゃぐ人々を眺めるのは好きです。
非日常、という意味で。いいところだと思います。
なんだかちょっといつもと違う自分になるようで。
まぁ、小池ははしゃぎませんけど(しつこい)。
昔はクルーの人も気さくで。
某キャラ柄の服を着ている人は、『東のネズミ』といじられたものです…。




