第二十景【龍】
ともに背負うもの。
少し日が落ちて薄暗くなる中、森の中にある小さな池の縁に座って。
こんな日が来るなんて思いもしなかったな、と、はしゃぎ回る子龍たちを見ながら考える。
子龍たちに纏わりつかれて困った顔をしてるのが、俺の今の同行者で、人。
そんな子龍たちを優しい眼で見守る父親が、俺のかつての同行者で、龍。
その両方と、今こんな風に一緒にいるなんて。あの頃の自分に想像できるはずもない。
父龍にもう戻れと言われ、不服そうに池に戻る子龍たち。不貞腐れるその姿がかつての自分と重なった。
「つまんない」
カナートを見上げてそう言うと、困った顔が返ってきた。
ようやく着いた町だから、買わなきゃいけないものがたくさんあるってことは僕だってわかってるけど。
「買い物ばっかりでつまんない。遊びに行きたい」
それでも。ただ店を回って見覚えある道具を増やしていくだけなんて、つまらないにもほどがある。
「そう言うな」
髪も眼も赤い僕に合わせた、ちょっと暗めの赤の瞳。それを細めて、カナートは頭を撫でてくる。
「準備は必要だからな」
そう言われるけど。食料も焚き火用の薪も龍の僕らに本当は必要ないし、火だって僕がつければいいだけなのに。
人の振りして旅してるけど、僕たちは龍なんだから。そこまで徹底しなくてもいいのにって思うんだけどな。
ひとりで怒ってると、店の人がそれならって笑って、奥に向かって誰かを呼んだ。
出てきたのは、ちょうど僕の見た目と同じ、八歳くらいの男の子。僕にびっくりしたように、すぐ店の人のうしろに隠れちゃった。
よければ裏で遊んでおいで、と言ってくれたから。いいのかなって思ってカナートを見たら、少し笑って頷いてもらえた。
ほかにも買うものがあるから、それが済むまで遊んでていいって言われて。僕はその子に連れられて外に出る。
店の裏手は空き地になってて、子どもが三人が遊んでた。
見つかるなり、その子誰、と囲まれる。
「お客さんの子ども。ちょっと一緒に遊んどいでって」
僕の前じゃ隠れたのに、その子たちには平気みたい。そう返した男の子が僕を見た。
「名前は?」
僕もみんなに名前を教えてもらって、一緒に遊ぶことになった。
パンパンに息を吹き込んだ革袋を投げ合ったり、追いかけっこをしたり。
人と龍は違うんだから、ちゃんと加減しなきゃいけないって。いっつもカナートにうるさいくらい言われてるから。ちゃんとほかの子たちの様子を見て、おんなじくらいにしておいた。
一緒に遊んでるうちに最初より仲良くなってきて。休憩っていって端っこにある木の下で座る頃には、僕も楽しくって仕方なくなってた。
「君ってなんでも上手だよね」
ひとりがそうほめてくれると、ほかの子たちもうんうん頷いてくれる。
なんだか嬉しくって、ホントはもっとできるんだよって見せたくなった。
「それ、もっと高く投げられるよ!」
革袋を指差して言ったら、みんな驚いた顔で僕を見てくれる。
「そうなの?」
「やってみて!」
革袋を手渡されて。立ち上がった僕は、それを両手で受け取った。
「いくよぉ!」
両手で上へと放り上げると、さっきよりも高く上がる革袋。
でも落ちてくる途中で、木の枝に引っかかっちゃった。
「あーあ…」
残念そうに見上げるみんな。
大人の背よりもうちょっと高い位置で、革袋は引っかかっちゃって。僕たちにはどうしたって手が届かない。
「あとで誰かに取ってもらうよ」
だから気にしないでと言われる。
確かにこの姿じゃ届かないけど。龍に戻れば飛べるんだから、僕なら今すぐ取れる。
僕のことほめてくれてた三人だもん。僕の本当の姿だってきっと怖がったりしないよね。
僕が取るよって言って、龍に戻ろうとした時。
カナートが来て、革袋を取ってくれた。
みんなにお礼とさよならを言って、カナートに手を引かれて歩き出す。
手はぎゅっと握られてるけど、カナートは一言も話さない。
今日はこの町の宿に泊まるって言ってたのに、カナートはそのまま町を出た。
「泊まらないの?」
そう聞くけど、答えてもらえないまま。怒ってる…のかな。
町から少し離れてから、やっとカナートは足を止めた。
手を放して振り返ったカナートが、僕の前に膝をついて目を合わせる。
「…何をするつもりだったんだ?」
カナートの声はいつもより低くて、僕に真剣に話す時の声をしてた。
「龍に戻って、取ろうと…」
「絶対に戻ってはだめだと言ってあるだろう」
強い声で言われて、ちょっとむっとする。
カナートはみんなのことを知らないからそんなこと言うんだ。
「なんでだめなの」
「お前が龍だとばれてしまうだろう」
「ばれたっていい! みんな僕のこと怖がったりしないもん!」
僕がそう叫ぶと、カナートはじっと僕を見てから首を振った。
「そうかもしれなくても、だめだ」
「どうしてっ」
「秘密をばらすということは、相手にも背負わせるということだからだ」
そう言ったカナートの声が少し悲しそうに聞こえて、僕は何も返せなくなった。
カナートは大きく息を吐いてから、見返すだけの僕の頭を撫でてくれた。
「お前が龍であることをあの子どもたちに教えたとして。そのあとはどうする?」
じっと僕を見る瞳の色が、いつもより暗く見える。
「黙っていてくれと言うだろう?」
ただ頷いた僕に頷き返すカナートは、やっぱりどこか悲しそうで。
「それを言われた子どもたちは、ずっとその秘密を持たねばならん。…それを強いるには、あの子らはまだ幼く。お前たちも互いのことを知らなすぎる」
なんだかちょっと、つらそうだったから。
僕は何も返事ができずにうつむいて、カナートに言われたことを考えていた。
僕が龍だってことを話せなくって、ちょっと寂しいなって思う気持ち。
僕は話せたら嬉しくても、みんなは誰にも話せないことができて。それまでの僕みたいに寂しい気持ちになるのなら。
「…じゃあ、僕はずっと誰にもホントのことは言えないの?」
人の近くで暮らす限り、僕が龍だってことを誰にも話せないままなら。
「僕はずっと、龍ってことを秘密にしてなきゃいけないの?」
それなら人の近くにいる意味なんてないんじゃないかって。そう思う。
なんだか僕まで悲しくなってきちゃって、カナートの顔が見れなくなった。
カナートは暫く僕の頭を撫でてから、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「…いつかきっと、話せる相手は現れる」
まるで自分に言い聞かせるみたいに、カナートが呟く。
「互いを知り、快くともに背負ってくれる相手が見つかるだろう」
ホントに?
そう聞きたかったけど、カナートの声がまだ悲しそうだったから。
僕は何も聞き返さずに、ぎゅっとカナートに抱きついた。
カナートがどうして悲しそうだったのかはわからないけど。
いつか、カナートにも。
そして僕にも。
そんな相手が現れたらいいな―――。
「おい」
かけられた声に顔を上げると、金茶の瞳が呆れたように俺を見てた。
「ったく、聞いてんのかよ?」
「聞いてる。明日発つんだろう」
わかってると答えると、ならいいけど、と溜息をつかれる。
「言っとくけど。ちゃんと歩いて行くからな?」
「ああ」
短く返すと、ホントにわかってんのかよとぼやかれる。
良くも悪くも物怖じしない今の同行者。こうして龍に囲まれていても、何ひとつ態度が変わらない。
視線を上げると、こちらを見ていた父龍と眼が合った。どこか嬉しそうなその顔が何を言いたいのかなんてすぐわかる。
俺が龍だと―――ありのままを受け入れてくれる相手。
やっと俺にも、ともに秘密を背負ってくれる相手ができた。
今回は【龍】です!
姿形は西洋タイプも東洋タイプも。どちらもいいですよね。
神様に近い立ち位置の時もありますが。
小池が書くとどうしても、どこかがぬけてしまうようです…。
個人的にはそんな方が好きなのですけどね。
昔から読んでたシリーズに出てくる龍たちはどこか人間臭くて。好きでした。
シロちゃん、かわいい……。




