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第十一景【飴】表

 忍ばせる想い。

 自室でひとり、(ひなた)はメッセージカードを眺めていた。

 先月、バレンタインデーの翌日になつきからもらったメッセージカード。少し小さなかわいらしいとしか思えない字が並ぶそれを見つめ、陽は息をつく。

 机の上には紙袋がひとつ。

 明日のホワイトデーに、なつきに渡すお返しが入っていた。



 バレンタインデーの翌日。わざわざ外で自分の帰りを待っていてくれたなつきから、自分が渡したブラウニーの礼とともにメッセージカードを手渡された。

『リボンを結んでおくから。鳴らしてくれたら』

 書かれているメッセージの意味がわからずになつきを見ると、少しはにかみながら赤いリボンを見せてくる。

 どこにでもあるようなそのリボン。自分がブラウニーの袋に結んだものだと気付くまでに暫くかかった。

「…今日ヒマだなって時、門から見えるところにこれ結んでおくから。もし……もしだよ? 篭崎(かごさき)も時間あったら、帰りに、ちょっと…」

「寄っていいの?」

 尻窄みのなつきの言葉の後を継ぐと、驚いたように自分を見てからこくりと頷いてくれた。

 勢いよく礼を言いかけたのはなんとか堪え、ありがとうと返して。

 翌日、内心ドキドキしながらなつきの家の前を通ると、門から見える一番端の金柑の木の枝先に赤いリボンが揺れていた。

 やっぱり冗談じゃなかったのだと、嬉しくて仕方ない気持ちが顔に出る。

 どうにか落ち着くのを待ってから、いざ、と玄関チャイムの前に立つのだが、やはり押しづらく。暫く逡巡していると、何もしないうちに玄関が開いてなつきが出てきた。

「と、飛田…」

「何やってるの」

 ためらう様子を見られてうろたえていると、なつきはそのまま外まで来て。

「鳴らしていいのに」

 そう言いながら陽の手を取り、チャイムを押させた。

「ね?」

 固まる陽にそう笑い、なつきは手を放して庭へと戻る。

(手!! 手がっ!)

 向こうは意識などしてないのだろうが、こちらはそうはいかない。

 自分の手に添えられた柔らかく温かなその感触。忘れたくなくて、思わずうしろに隠したその手を反対の手で握り込んだ。



 それからは、毎日とはいかないが庭で会うようになった。

 自分が玄関チャイムを鳴らす日も、なつきが外で待ってくれている日もあった。

 自分の帰りが遅くなった時にリボンはないので、おそらくこちらが気を遣わないようにある程度の時間が過ぎると外されているのかもしれない。

 会ったからといって特に何を話すということもなく。学校や昨日のテレビ番組の話で盛り上がることもあれば、何も話さず並んで立っているだけの時もある。

 だがその沈黙すら心地よく、特別で。

 夏にはまだどこかぼんやりとしていた想いも、今はもうはっきりと形になり自分の中にあった。

 知ってほしい。

 このままでいい。

 矛盾する想いを胸に、陽はなつきの隣に立っていた。



 そうして迎えた三月十四日。部活を終えた陽は急ぎ足でいつもの少し遠回りな帰路に就く。

 行くのが遅くなるのでまずはまっすぐ帰ろうかとも思ったが、なんとなく待ってくれている気がしていつも通りの道を選んだ。

 門から中を覗くと、律儀に結ばれた赤いリボンとトートバッグを下げたなつきの姿。先月はコート姿であったが、今はもうフリースの上着になっていた。

「飛田」

 声をかけると明らかになつきの表情が綻ぶ。

 待つうちに心細くなっていただけなのだろうが、相変わらず勘違いしたくなる顔だった。

「一回取りに帰るからって言っといたのに…」

「うん、でも、篭崎通るかなって」

 待ってるねと笑うなつきと別れ、帰路を急ぐ。

 本当に。わかってないにもほどがある。

 熱い頬とどうしても上がる口角。

 家につくまでに収まることを願いながら、陽は吐息をついた。



 帰宅するなり部屋に駆け込み、陽は机の上の紙袋を手に取る。

 ―――ホワイトデーのお返しは贈るものによって意味が変わると知り、姉のスマホを借りて調べた。

 自分が贈るものに意味を込めたいというよりは、知らずに贈ったものが自分の気持ちとかけ離れたもので、その意味をなつきが知って勘違いされたくないという、ただそれだけではあるのだが。

 しかしそうなるとやはり自分の気持ちに沿った意味のものを贈らねばならず。それはそれで意味を知られたらどうしようかと悩む。

 調べれば調べるほど悩ましいそれを書き写し、奮発すると決めたからにはと思って百貨店に買いに行った。中学生の自分がひとりでお菓子売り場をウロウロする様子は余程奇妙に映ったらしい。途中で警備員に声をかけられて焦っていると、いつからついてきていたのか、姉に助けられた。余計な出費が増えたが、正直助かったので言いなりになっておく。

 終始ニヤつく姉とともに何周も歩き周り、悩みに悩んでようやく決めた。

 猫のモチーフの商品を扱う店。ショーケースに並ぶ焼菓子やチョコレートがすべて猫の形になっている。

 なつきが猫好きかは知らないが、おそらくかわいいとは思ってもらえるだろう。

 茶猫と黒猫とピンクの猫、三つ入りのマドレーヌを買った。ショーケースの上に立てて並べられていたロリポップがどうしても目について、オレンジ色のそれも買い足す。

 入れられた店の袋は男の自分が持つにはかわいらしすぎて、店を離れてから手持ちの鞄にそのまましまった。



 まだ明るいながらも淡く暮れゆく中を急いで戻ると、なつきはそのまま外で待っていてくれた。

「ごめん。おまたせ」

「ううん。こっちこそ、何度もごめんね」

 寒くはなかったかと心配するが、自分を見るなつきの頬は紅く染まり。寒いのか暑いのかそれ以外なのかわからない。

 お互いに顔を見て、お互いに少しはにかんで。

 陽は鞄から紙袋を出すと、はい、となつきに差し出した。

「今回はちゃんと買ってきたから」

 なつきは少し驚いたように陽を見上げてから、すぐにくすりと笑う。

「ブラウニー、美味しかったよ」

 あの時には信じられないやら返せやら言われたような気もするが、蒸し返す必要はないので黙っておいた。

 ありがとうと受け取ってから、猫模様の袋を見てかわいいと笑うなつき。その様子に、大きく外してないようでよかったと安堵する。

 暫く嬉しそうに眺めてから、なつきもトートバッグから紺色の紙袋を取り出した。

「私からも」

「俺にも?」

「当たり前でしょ」

 お返しがもらえるなんて思っていなかった陽は、受け取った紙袋をまじまじと見つめて。袋の上から見えているのが透明なセロハン袋であることに既視感を覚え、もしかして、となつきを見る。

「これって、飛田が…」

「うん。作ったよ」

「ホントに???」

 嬉しさのあまりそう問うと、どういう意味、とむくれられた。

 思わず袋を抱きしめそうになるが、なんとか踏み留まる。

「今見ていい?」

 そう聞くと、自分が渡した袋を覗き込んでいたなつきがびくりと顔を上げた。

「う、うん、もちろんっ!」

 急に声をかけて驚かせたかなと思いながら、陽は紙袋に手を入れる。思ったよりも軽い手応えで、端のひとつだけが持ち上がってきた。

 黄色いリボンが結ばれた中にはカップケーキがひとつ。きつね色の山にチョコレートが散らされている。

 そっと戻して隣を引き出す。今度は小さな黄色いもの。最後のひとつは赤いものが載っていた。

 自分のために三種類も作ってくれたのかと感動してから、うぬぼれ過ぎかと自嘲する。尤も、たとえ何かのついでだとしても嬉しいものは嬉しいのだが。

「ありがと。すごいな」

 お礼だけは素直に言うと、なつきは少し頬を赤らめ、美味しかったらいいんだけどと笑った。



 名残惜しいが妙に気恥ずかしく、いつもよりは早めに飛田家をあとにした陽。自室の机に紙袋から出したカップケーキを並べ、ぼんやり眺める。

 なつきがどうしてカップケーキを選んだのかはわからない。自信がなさそうにしていたので、おそらく作りやすいものを選んだ結果なのかもしれないが。

 そんなはずはない。そう思いながらも笑みが零れる。

 自分が贈ったマドレーヌと同じような意味があるなんて、なつきはきっと知らないだろうけど。

 なつきが作って渡してくれたことが嬉しいのだから、たとえこれがマシュマロでもチョコレートでも別にいい。

 今日食べるべきか。今度もものすごく悩んで。

 やっぱり今の嬉しい気持ちのうちに食べようと、ひとつ手に取る。

 黄色い欠片が載ったカップケーキ。バターの香りと甘さとともに、覚えある食感と苦味。

 載せられた黄色い欠片は刻んだレモンピールだとわかった。

 自分たちらしいブラウニー。そう思って作ったことをわかってもらえていたのかと、嬉しくなると同時に。

 同じオレンジピールにしないところがなつきらしいなと、ひとり笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ピールにしては、甘酸っぱすぎます♡  伝えていいものか、迷うことありますね。  伝えてよかったのか、わからなくなるときも(笑)
[良い点]  陽の心の揺れが、可愛いです。  待っている、なつきの気持ちもわかるなぁ。    「リボンを結んでおくから~」の言葉。  なつき、勇気を出しましたね。  すでに意識してしまうと、これは、な…
[一言] まだ陽パートだけしか読んでませんが 開始十行ぐらいから ずっと顔が緊張しっぱなしで。 二人のやり取りが可愛すぎる。 なつきパートも読んできます。
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