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木下柚月の一幕Ⅱ


「そっか……お姉ちゃんも大変だったんだね」


「うぅ……なんか改まって言われると恥ずかしいよぉ」


「ふふ、かわいいなぁ、お姉ちゃんは」


 私は水月にあらかた話してしまっていた。

 水月が聞き上手な分、私もどうしても話が止まらなくなってほとんど話してしまったのだからびっくりだ。


「そっか、私があげたハンカチ、まだ使ってくれてたんだ」


 ずっと私にとっての支えになっていた水月の代わりがこのハンカチでもあったから。

 派手な装飾も、華美な色でもない単なる無地のハンカチ。

 でも、そこにつたないながらも柚月と縫われているのだから、私にとってどんなものより大切なものだった。


「僕には何よりも大切なものだったから」


「なんかこっちが照れくさいよ。中学のときのなのに」


「いいじゃん、僕はほんとに好きなんだよコレ」


 水月には端折って伝えた、こないだのことだってそうだ。

 結局のところ、私が正気を保とうと思えたのもこのハンカチを持っていたから。

 男の人に触られると弱い私がどうしても出てきちゃうから。


 だから本当に嬉しいんだよ。

 

 拙いながらに私にプレゼントしてきた時には思いっきり抱きしめてあげたいくらいだったもん。

 普段からああいう姿を見せてくれたり、私がちゃんと向き合ってあげられていれば、今の今までこうしてこじれることもなかったのかな。



「そういえば、ライブは良かったの?途中から消しちゃったけど」

 

「いいんだよ。何より話したいって僕が思っちゃったから。それに、後から見返せるしね」


「なら、今度こそ私も一緒に見るよ。もちろん、お姉ちゃんが教えてね?その人たちのこと」


 なんだろう、この尊さは。

 これまでのちょっとした距離感、言うなれば普通の姉妹の距離感よりグッと縮まったような感じ。

 前よりずっと可愛く大切に思えてならない。


「も、もちろん!僕の一番の推しはやっぱりセンターにはってたスイちゃんかな!通称親分って言って……」


「ちょ、ちょっと待って。それは次見るときに教えて?もうこんな時間だし」


 時計を見てみればもう水月が来てから裕に三、四時間はたっていた。

 今までで一番時間を早く感じた瞬間かもしれない。


「ほんとだ……。じゃあ、そっかもうお別れか」


「お別れって。またいつでも会えるでしょ?もう……仲、直りしたんだし」


「うん!そうだね!」


「やっぱりお姉ちゃんは笑顔が似合うね」


「もちろん!これまでも、いやこれまで以上に僕のアイデンティティになるの間違いなしだよ」


 水月はそれに笑って「そっか」と言ってくれた。

 それが何だか、本当にこれが当たり前になるんだって思うとやっぱりどこか浮ついちゃう。

 変なこと言ってないよね?


「じゃあそろそろ帰るよ」


「夜ご飯はちゃんと食べなよ?」


「もちろん、ちょっと友達と予定してるんだ」


 水月が見栄を張って私が来る時だけご飯を作っていたのは、案外他者から見ると丸わかりだ。

 調味料の位置をいちいち確認しているんだもん。

 食生活は前から気になってた。


 でも、そっか友達がちゃんとできたんだ。

 それもご飯を一緒にできるほど。


「ちょ、お姉ちゃん何で笑うのさ……!私だって友達の一人や二人」


「いや、なんでもないよ。ただ嬉しくってさ」


 さっき涙が出尽くしたのに、まだ出そうだ。

 水月は私とは違ってずっと前に進み続けているんだもん。

 嬉しくないはずがない。


「もしかしてその友達ってのは紫音のことだったりするのかな?」


「……?しおん?」


 …………しまった。

 

「あ、いやいやその、し、しおーんとした子なのかな?……とか」


 私のその見苦しい言い訳をどう捉えたかはわからないが水月はその端正な顔に影を映している。

 しまったなぁ、普段から紫音と呼ぶことがここまで墓穴を掘るなんて……。


「どっちかっていうと明るい子かな。じゃ、そろそろ遅くなりすぎると危ないから行くね」


「う、うん。気をつけてね」


「またね」


 水月はそう言って去っていってしまった。


 流石にあの言葉だけじゃわかるまい。

 と楽観視したいが、文脈的に考えればすぐに雫へと導いてくれと言っているようなもんだ。


 マネージャーである私が契約をこんな形で疎かにしてしまうとは。

 水月恐るべし。


 そんな時だった。

 スマホの着信音が部屋から響いていた。


「もしもし」


「あ、紫音です。こんばんは柚月さん」


「あぁ、紫音か」


 実にタイムリーなときにかけてくるなぁ。


「もしかして何かしてました?」


「ん、いや、何もしてないよ」


「それならよかった」


 長話でもするつもりなのだろうか。


「特に用があったわけではないんですけど、改めてお礼を言いたいと思って。ほら、柚月さんのチケットをもらってまでライブに行ってきたのでそのお礼は言っときたいんです」


「あぁ、そんなことかい。いいよどんと僕を褒め称えるなりしてくれていいんだよ」


「そう言われると何かその気が失せそうですか、まぁ事実柚月さんには感謝してるので、ありがとうございます」


「そうかい、ならよかった」


 私もあんな状態じゃ現地に行けなかっただろうしね。

 それに、案外水月とのわだかまりを解消できたって考えれば安いものだ。


「私からもありがとう」


「何で柚月さんがお礼言うんですか……。というか、何か雰囲気変わりました?」


「あ、わかる?ちょっといいことがあってね」


「一人称も私って」


 あちゃ、気づかなかったな。

 案外自分で自分のことを僕って言うのは慣れてるもんだから、変わることはないんだろうなと思ってたんだけど。


「まぁちょっとね。僕も前を向こうって思えたんだよ」


 私はそう言った。

 どこか停滞した関係に兆しを見出したんだ。

 きっと何か変われるはずだから。


「……何か出鼻を挫かれた気分ですよ」


「ん?何かあったのかい?」


「いいえ、なんでもないです。柚月さんが元気そうで何よりですよ」


「すまないね。ちょっと思い悩んでいたから、あんまり紫音のサポートも満足にできなかった」


 やっぱりどうしても彼のことをとっさに呼ぼうと紫音と言ってしまうな……。


「だいじょうぶですよ。もう一人でも十分慣れてきましたし」


「たしかに」


 私はそう笑っていた。

 最近じゃ本当によくそれを実感する。

 もう少し頼ってくれでいいんだよ?



「ちょっと不躾なことを言うかもしれないんですけど、いいですか?」


「いいよ」


 紫音のいう不躾なことと言ってもそこまでじゃないとは思うけど。


「何でしょう。こう言葉にするのが難しいんですけど、柚月さんって本当は男の人が怖い、とかって思ったりしてます?」


 驚いた。

 紫音にはその気は一切感じさせてきてはいなかったはず。

 いや、私が放心状態にあったのを見ていたんだったか。

 でも


「驚いた。たしかに僕は男性恐怖症だけど、まさか君がそのことを話題にするとは思わなかったよ」


「まぁ、ちょっとありまして」


「ーーそういえば今日妹に僕が君に似ていると言われたよ」


「水月先輩ですか」


「うん、そうだね」


「俺も言われましたよ」


「なんだ、そうだったのか」


 通りでどこかよそよそしさを感じたのだろう。


「曰く、僕は自分自身に蓋をしてしまってるんだとさ、仮面をかぶってるって。でも実際そうだった。詳しくはもちろん言わないよ?でも同じ相手に似ていると言われたもののよしみだ、一つ教えてあげよう。まぁ僕もこんなこと言えるような人間じゃないんだけどね。ちょっと触発されちゃった。だからただ一つ」


 私もその言葉の節々で感じ取ってはいた。

 だってこの片桐雫という男は私以上に自分自身に蓋をしてしまっている。

 言い換えれば自分を演じるのがひどく上手い。


 私は内心ではいつも同じでいたから。

 外面で自分を保護して、ずっと自分を外的要因から守っていてもずっと自分は自分で、他人から自分を守ってきた。


 でもきっとこの男は違う。

 自分すら偽っているんだ。

 きっとそれが水月のいう、私と似ているけど根本的に違うところ。

 決して私と彼が一緒くたにできないところだ。


 だからこれまで何も言わなかったし、言えなかった。

 それが普通だし、そうしていることで互いを守ってきた。

 でも、いつかはそれがつらいことなんだって知る時が来る。


 だから

 

「自分で勝手に結論を出すのは悲しいってこと。一人で抱え込もうとするその心が必ずしも君を彩ってくれるとは限らないんだ。私が言えることではないんだけどね」


 でも、いつまで経ってもその電話口から紫音の声が聞こえてくることはなかった。



ハンカチはめちゃんこ前に柚月の先輩である、えーっとあの、そう松野さんに拾ってもらったやつです


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