偶像の形Ⅵ
圭くんはもともと自分が女の子っぽいことへのコンプレックスがある子だった。
でもそのことをどう思われようと他人を気遣える心を持っていた。
そんな圭くんがある日、男性恐怖症の幼馴染に告白をした。
きっとその時に圭くんは振られることを覚悟していたんだ。
自分も女の子っぽいとはいえ、男のうちのひとり、断られるものだと思っていたのだ。
しかし予想に反して彼女は了承した。
圭くんにとってこの告白が彼女を変えるきっかけになってくれればと思ったものが、違った形で叶えられたのだ。
それからは圭くんのいった通り、何も変化のない現状から逃げたのも事実なのであろう。
つまりは圭くんは自分へのひどい劣等感を抱き続けているのだ。
彼女には何か変わるならと勝手なことをしたために、彼女に対し負い目を感じざるを得なかった。
そしてこのバーチャルライバーのファンとしての一面でも、そう感じさせてしまっている。
その原因はただ一つ。
圭くんが誠実であろうとするからだ。
彼女に対して純粋な気持ちを一度でも向けてあげられなかった自分が許せないのだと。
バーチャルライバーを心から好きだと思っていても、自分は一度でも自分をただ慰めるためだけに求めていたことが許されていいはずがないと。
そう思っているのだ。
何に対しても誠実に、まっすぐでいなければいけないと圭くんは思っているのだ。
それをどこの誰が責められようか。
彼よりも醜い人らが。
だから俺は圭くんに言う。
「君は君を許せないと思っているのかもしれない。でもね、少なくとも俺は圭くんのことを買ってるんだ。君が許せないと言うなら俺が許すから、いやきっと彼女だって許してくれる。だから少しずつ自分と向き合おう?きっとそれが圭くんを変えてくれる」
どうやら俺も圭くんのその性根に随分と惹かれてしまったらしい。
きっと圭くんの彼女もこういうところに密かに惹かれていたのだろうことを察する。
だってこんなにも男らしい男の娘はそういない。
「本当に僕は、いいんですかね……?このライブにいて。一緒に楽しんで……」
「あぁ、もちろん」
その言葉にいつか教えた満面の笑みとは言い難いが、微笑んだ顔を浮かばせる。
笑顔は自信の表れなんだと。
きっとそれを体現してるのだ。
誠実で嘘偽りなど一切ない純粋さのある笑顔だ。
まるで俺とは正反対。
対極の人間だ。
「僕はきっと片桐さんにお礼が言いたかったんです、もともとは。こんなことも話すつもりじゃなかったのに」
「いい機会だったんだと思いますよ」
一つ圭くんにとっての心残りが少しでも減ってくれていたのなら多分これはいい機会だったんだと思う。
「あ、ん……」
それにどこか口から漏れたような音を圭くんは出していた。
その瞳にはどこか俺に対する疑問の感情を多分に含んでいるようだった。
「ん?」
とそれに俺も疑問を示すが、圭くんはこう続けた。
「なんで敬語に戻っちゃったんですか……?あのままでいいのに……」
「あぁ……」
確かに意図せず敬語を外してしまっていた。
圭くんは俺の一つ下の年ではあるものの、どこか幼く感じさせる魅力があるばかりに気を配っていないと年の離れた弟のように見えてしまうものだから、どうしても気が散ってしまいがちなせいだ。
「特に意味はないんですけど、やっぱり敬語があったほうが相手を不快にさせることも少ないですし」
少なくとも初対面でため口で話してくる人よりは好感が持てるだろう?
そういえばその例に当てはまらず、詩織さんは最初からため口だったか。
多分実際にはわからないものの、年の差ゆえに最初からフランクなことが多いのだろう。
まぁ公私を分けている人でもありそうだったし、こういう趣味としての機会には気軽でいるほうがいい人もいる。
「僕は、そう思ってないので……。その、さっきみたいに話してくれると助かります。それとも、やっぱり敬語のほうが落ち着きますか……?」
いや、そんなこともないのだが……。
いかんせんその聞き方じゃ、どのみち敬語ではいられない。
「そんなことないよ。俺も別にそこまでこだわりがあるわけじゃないから」
「あ、ありがとうございます!」
そのやり取りをちょうど終えたころ。
列が動き始めた。
どうやら時間になったらしい。
このやり取りもそこまで大きい声ではなかったからか、もしくは周りの狂騒にかき消されていたからか、周りで気にする人もいなかった。
圭くんにしてもどこか静かな空間の中なら口にさえできなかったことだろうから、環境に助けられた面も少なからずあるのだと思う。
それに俺らの前後に並ぶ人たちはイヤホンで公式の生放送を見ているようだったから、気にも留めていなかっただろう。
そして互いにチケットを確認され、会場に入り、互いに自分の席に移動していこうというそのさなか。
「あの、その迷惑じゃなければ、れ、連絡先教えてください!」
そんなことを言われた。
断る理由もない俺はいいよ、と簡潔に返事してディスプレイに日々の入ったスマホを開き渡す。
圭くんはそれを慣れた手つきで操作した後、その小さな頭をしきりに下げながら感謝を示してくれた。
その様子にいい意味で純粋な圭くんを心配に思うのもつかの間、
「またっ!」
と言い残して去っていった。
俺もそれに手を振っていたが、圭くんは決して振り返らなかったものだから、その手も空振りで終わってしまう。
行き所のなくなった手を俺はコートに忍ばせて自分の席へと向かった。




