偶像の形Ⅴ
多分俺らはそれから少しして二人の背中が見えなくなったころに動き出しただろうか。
別れの挨拶を手短に済ませた後、彼女らは大きな荷物をもってせっせと言ってしまったものだから、俺らが追いかける隙もなかった。
「その、いきましょうか」
「そうですね」
俺らは互いに詩織さんからもらったサイリウムを手に、開場のほうへと足を進めた。
会場の前には、おおよそチケットを持っている人の長蛇の列が出来上がっており、みんな開場の時間を今か今かと待ちかねていた。
俺らもその例にもれず、現在最後尾の列に入り込んだ。
「片桐さんのチケット見せてもらっていいですか?」
「いいですよ」
「あー、やっぱり全然場所違いますよね……。わかってたことですけど」
「じゃあ俺たちもここで解散ですかね」
「どうせなら一緒に見たかったです……」
圭くんはその言葉とともにどこか寂しそうな目つきをする。
圭くん、それは反則だよ。
そんな顔で見られてもどうにもできないんだから。
「あの、最後にいいですか?」
「なんです?」
「その、今日はありがとうございました!僕と一緒に回ってくれて……」
「そんなことですか?それならこちらこそですよ。俺も圭くんがいてくれたおかげで楽しく過ごせましたし」
事実、俺一人だったら時間を潰そうとぶらぶら歩くだけだっただろうしな。
ヴァストの二人のインタビューに会うことも、詩織さんや大樹さんに会うこともなかっただろう。
圭くんのおかげで一期一会の出会いというのを感じさせてくれた。
「ほら、僕ってよく女の子に間違えられるし、結構コミュ障だから全然しゃべれなくて……」
「そうでしたかね?結構話していて楽しかったですよ?」
「それは片桐さんのおかげなんです!」
その剣幕に少し驚く。
ちょっと近くありません?圭くん。
「僕、彼女がいるって言いましたよね……」
「えぇ」
「その子とはずっと家も近い幼馴染の女の子で、いつも一緒にいたんです」
圭くんはおもむろにその彼女のことを話し出してくれた。
どうやら、圭くんの彼女というのも対外普通ではないらしいことはすぐに分かった。
男性恐怖症の彼女が唯一一緒にいられる相手が幼馴染の圭くんで、そんな彼女にひそかに思いを寄せていた圭くん。
でもこのままじゃ、ただの友達としか思われていないんじゃないかと思った圭くんはその彼女に告白したらしい。
これまでずっと女の子っぽく扱われてきた圭くんはその付き合い方に変化があると望んで。
しかし彼女は一向に変わる気配もなく、いつものような距離感でいつものような扱われ方で、ただ関係を称するものが幼馴染から恋人に変わっただけで何も変わらなかったんだそうな。
圭くん自信自分の容姿へのコンプレックスのせいでその事実がどうしても受け入れられず、学校も休みがちだったらしい。
「今はその子ともちゃんと仲直りできたんですけど、どうしてもすぐには変われないって。でも少しずつでも変わっていきたいって言ってくれたんです。……ってどうしてこんなこと」
圭くんは思い出したかのように顔を赤く染める。
「いい人ですね」
「は、はい!彼女は本当に……。僕とは違って……。それに僕、新参者だって言いましたよね。僕がこのバーチャルユーチューバーを見るようになったのも、僕の性別なんか関係なく一人の人として見てくれた存在だって理由で見始めただけなんです。こんな不純な動機でこれまで見てきてて……ファン失格です」
聞いている限り、どうやら圭くん自身がどうしても自分を許してはいけないと思っているらしい。
時折見せる彼女だという女性の話になると、一瞬は誇らしく笑みをこぼしたと思えば次第にその顔に影が落ち始める。
自分への自信のなさが自分が誇らしいと思っている彼女との差を決定的なものに変えてしまっている、といったところだろうか。
圭くんは自分を女の子っぽくて、コミュ障だとも言っている。
そんな自分がただ自分のエゴのために彼女を傷つけているのではないか。
そんなところだろうか。
そしてこのライブでの空気。
周りの人たちは純粋な好意をライバーに向けているのに対し、自分はそんな純粋な思いなんかじゃなく、ただ自分を認めてくれる場所がここだっただけ。
自分みたいな不純な動機で見ている人が、こんな場所に来ること自体が間違いなんじゃないかと思っている。
すべては自分へのコンプレックスがどうしても自分を否定してしまうがゆえに感じてしまうことなのだろう。
俺はその言葉にチクリと胸を刺されたような痛みを感じた。
でも、今はそんなことどうでもよかった。
ただ目の前にいる圭くんに、何か言ってあげたいと思った。
だってそう感じているのは君自身だけなんだ。
と、そう言ってあげたい。
でもそれじゃあきっとだめだ。
「圭くんってさ。不器用だってよく言われない?」
俺はようやくそう言葉を絞りだした。
「……言われます」
どこか表情の暗いままの圭くんはうつむきがちの顔を縦に振った。
「やっぱり。圭くんはその女の子との付き合い方を変えたくて告白したんでしょう?本来なら「女の子扱いするのはやめて」といえば済むところを」
「そ、それは……!」
「でも言えないんでしょう?わかるよ。言って嫌われたらもう話してもくれないんじゃないかとか、男性恐怖症の彼女に自分を男の子っぽく見てほしいって直接言うのは彼女に悪いんじゃないかとか、そんな思いがないわけではないでしょう?」
「……」
「結局は圭くんは彼女のためを思ってこれまで行動してきてたんだよ。幼馴染の子とずっと一緒にいるって言うのはそう簡単なことじゃないしね。でも圭くんは変えたいと思った。このままじゃダメだって思った。それは誰のため?自分のため?それとも彼女のため?」
その問いに圭くんは長考の気も見せずに、即答して見せた。
「自分のためです……。自分の。僕が女の子扱いされることに耐えかねて……」
「ほんとに?」
「本当です」
やけにきっぱりという圭くん。
俺にとってしてみればそうは見えないんだがな。
「やっぱり圭くんは不器用だね。まだあって数時間の俺にもわかるほどだから。よっぽどだ」
俺は一息空気を吸い込み、呼吸を整えた。
圭くんも何が言いたいのかはわかっていない様子でうつむいている。
「圭くんは自分が思っているほど価値のない人間じゃないよ。とても優しくて、人情深くて他人を思いやれる、立派で素敵な人だ」
「そんなことっ」
「ないとはいわせないよ。というより、事実だしね。君は君が思っている以上に素晴らしい人だ」
圭くんはその言葉を最後に口を噤んでしまう。
「圭くんは思慮深いし、物事をちゃんと考えて判断する人なんだと思う。それこそ間違ったことを言わないためでもあるんだろうけど。でもそんな圭くんが即答することと言えば、明らかな事実か、自分の中でそう完結させてしまっている事だ。俺はその場にいたわけでも実際に見たわけでもないけど、それでもわかるよ。圭くん、本当は振られるつもりで告白したんじゃないかい?」
それに圭くんは肩をぴくっと動かした。
少しは思い当たる節はあると言った反応だろうか。
「これからいうことは俺の勝手な妄想だから聞き流してくれてもいい。圭くんがもし俺の思った通りの人物なら、君は彼女が男性恐怖症であることを軽視するはずがない。高校に入ってもその気は治る気配もなく、常に女子の友達や自分といる幼馴染を不安に思わないはずもない。なにか変われたら、っていうのは関係性じゃあない、彼女自身になにか変化があればって思ったんだ」
俺は一息でそこまで言うと圭くんは何か言いたげな様子だ。
ここまで出かかってるんだ、と主張するかのように体を震わせている。
そして大きく息を吸い込む圭くん。
「もし、もしですよ。そうだったとして、僕がそう思っていたとして、もしすべてが事実だったなら……どうですか」
圭くんは自分の唇を噛んでいた。
まるで自分を許せないといったような瞳だ。
もしすべてが事実なら。
そんなの決まってる。
「圭くんが思ってるより、ずっと立派だよ」
彼女を不安に思うのも事実で、そして自分のコンプレックスも事実だと、そう言いたいのだとしたら。
それこそ立派だと言いたい。




