偶像の形Ⅳ
「ごめん!!」
「いいですよ。よく間違われるので……」
「いや、本当にごめん!てっきり女の子だと思って、その本当にごめんよ」
「いいですってもう気にしてませんから」
あれから少し話してみると、どうやら彼女は俺らがインタビューでしたことの事実が人づてになっていくにつれ過激になっている内容が伝わっていたらしく、俺らの姿を見た時にどうにも話さなければいけないと思ったらしい。
どう伝わっていったのかはわからないが、彼女が赤面して平謝りしていた当たり曲解が過ぎていたのだろう。
やけに目立ってることを推してきたのも、彼女の聞いた事実があったうえで俺がああいう態度をとったと思っていたらしい。
「き、君にもその、悪いことをしたよ。ごめ」
「ん?なんか俺への謝りだけやけに安かったような」
「気のせいさ。それよりこれも何かの縁。一緒にちょっと話さないかい?まだ会場に一時間あるしね」
そう彼女が言うのとほぼ同時といっていいくらいに彼女の後方から一人の男性が近寄ってきた。
どうやら彼女が連れといっていた相手の人らしい。
その手には物販で買ったのであろう品をこれでもかと言うくらいに持っていたから。
そしてその男性が彼女と合流したと思われる頃、物販の店のほうからいくつかの商品が完売したことを知らせる声が聞こえてきた。
販売から約一時間。
初のライブにしてはかなりの数を用意していたグッズでありながらも完売させてしまっていた。
それにまだまだ列が続いているのに完売にまで達してしまうとは恐れ入る。
そして彼女と連れの男性、そして圭くんの三人とともに近くの公園に立ち寄る。
といってもほんとに近くで、まだ会場の方の人を目視できる距離にある場所だ。
そうして互いに話していく中でわかったことはいくつかあるが、この女性は名を詩織。
男性のほうは大樹、というらしい。
そしてそのなかで最も衝撃が強かったことといえば、
「圭くん、彼女いるの!?」
圭くんに彼女がいるということだ。
「は、はい」
まだ圭くんは二人に対して人見知りを発しているものの、そこまでひどくもなくすでにいろいろと会話も交わせているらしい。
「私だってこれでも年齢イコール彼氏いない歴を誇ってるっていうのに、私よりかわいい男の子が彼女がいるっておかしいでしょ!ねぇ、大樹!」
「今どきの高校生らしいじゃないか。俺はそれより圭くんが男の子だっていうのに驚いたけどな」
「あぁ、あぁだめだ。この朴念仁ったらもう心が枯れてるもんだから」
「枯れてはおらん」
「あぁそういえば今はコトハちゃんにぞっこんなんだっけ」
「マジであれは俺を殺しに来てる」
「あぁ始まった始まった。そんなことより、片桐君の推しを教えてよ」
その言葉に「推しを、教えて?」と復唱していた大樹さんに詩織さんがボディーブローをくらわせているあたり、そこまで仲が悪いわけではないらしい。
というより、仲はいいのだろう。
そうでもなければ二人でライブに来るはずもない。
「俺はミリスさんが推しですね」
「あぁあの絵のうまい清楚な子だね」
「ギャップがいいよな、うん。わかるよ片桐君」
「大樹はなにわかった気になってんだか」
「でも実際ミリスさんの魅力の一つではありますね」
「君も普通に返せるあたり肝が据わってるよ……」
そう彼女が言うのも、この大樹さん。
かなりがたいがいいし、どちらかというと険しい顔つきをしているように見えるのだ。
実際には微笑んでるつもりでもにらまれてると思われたこともあるんだとか。
そんな大樹さんだからこそ、こういう初対面の相手が普通の態度をしていることに詩織さんは驚いているのだろう。
そこまで俺は怖い顔をしているようには見えないしな。
どちらかといえば優しい顔に見えるし。
それからしばらく駄弁っていると時間も案外早く進むもので、もうそろそろ開場と言った時間に迫りつつあった。
「お、そろそろかな」
詩織さんがそう言うのを合図にそろそろこの場を離れる準備を始める一行。
そんな中、俺は一言彼女に聞いていた。
「詩織さんって、さっきよくライブに来るって言ってましたけど、何か注意することとかってありますかね?マナーとか」
「注意すること?んー基本注意事項を読んでおけば大丈夫なことくらいかな
ぁ。特にこれといってやめときなってことはそこに書いてあるからね」
そして詩織さんは少し考え込むようにして腕を組んだ。
「確か片桐君、ライブ初めてって言ってたよね」
「はい」
「圭くんもだっけ?」
「あ。そうです」
すると詩織さんは「よし、決めた」とでも言わんばかりに俺たちのほうを見つめていた。
それに俺らは互いを見合わせるばかりだ。
「君たちに会うことができた縁だ。一ついいことを教えてあげよう!」
「いいこと?」
詩織さんは大樹さんに向かって何やら首で合図して、バッグから何かを取り出させる。
「特に雫君なんかは物事に意味や理由を見つけるのが普通だと思う節があるようだからよく聞くように!」
「え、あ、はい」
「ライブって言うのはね、理屈じゃないんだよ。倍率の高いチケットを幾千円で買い、たった数曲のためだけに足を運び歌を聴く。時には万単位でお金が必要だって場合もざらさ。だけどファンの多いユニットのライブなんてチケットの販売開始からすぐに完売だ。明らかにおかしいだろ?だってたかが歌だ。今の時代ネットで無料で聞くことだってできる。でもそうしない。わざわざ遠かろうが泊りがけだろうが、行くのがオタクなんだ。そんなの理屈じゃないだろ?」
その言葉に俺はただ肯首した。
そんなの決まってる。
どんなにお金がかかろうとも、推しへの想いが理屈なんか屁でもないと言わんばかりの大きさを持っているからだ。
それだけの愛を持っているからだ。
「そんな理屈じゃない世界に飛び込むんだ。確かに注意事項はちゃんと守らないといけないよ?でもそれ以上に理屈を超えた光景を前にしてそんなことを気にしてみてちゃ損だ。だから、」
詩織さんはその手に持つものを俺たちに押し付け、こういった。
「全身で感じてきな!ライブってのを」
渡されたものを見てみれば、それぞれ色が異なったサイリウムだった。
俺には青に発光するもの、そして圭くんには黄色に発光するものだ。
「意味も理由も理屈も何もかもを放って、ただ感じてくるんだ。きっと初めてのライブはその心、魂に刻まれるものだから。それは一生忘れられない唯一のものだから」
彼女は最後に肝に銘じておくんだよ、と鋭い眼光で言い放った。
一生の、唯一の、そんな言葉がひどく俺にはこだまして聞こえている。
俺の中の何かがそうさせている。
――お前ははたしてどう感じるんだろうな。
と、そう言われている気がした。
誰でもない、俺に。




