偶像の形Ⅲ
「か、かわいい……」
「こんな子もオタクやってんだなぁ」
「あれ、なんか涙が……」
「この守りたくなる保護欲……才能だ」
「アイドルとかなのかな」
「うぅ、まぶしい」
「お、俺はスイちゃん一筋なんだ……そうだよな?」
「モデルさんとかなのかな?」
「か、顔が尊い……」
「スタイルやっば」
「ね、ねぇさっきの見てた!?て、手をこつんって!」
「う、うん、そだね~」
「あそこだけ二次元の空間だよ……」
「兄妹なのかな……」
「恋人なのかも」
もちろんこのやり取りは公衆の面前で行われていたわけで、決して俺らのみの空間ではなかったわけだ。
そうともなればその一挙手一投足をみられてしまいかねないのも仕方ない。
カメラには映さないように配慮したつもりの行動も、四方八方からの視線にとってしてみればまる見えなのも甚だしく、すべて見られていたといっても過言ではないだろう。
事実周囲のちょっとしたざわめきでは俺らの話題をしている声もいくつか聞こえてくる。
俺にとってみればまぁ言いなれていることとしておいておけるのだが、今現在静止中の圭くんにとってみればまぁ羞恥を感じてしまいかねない状態ではある。
そう思って圭くんの方を見てみると、どうやらそんな羞恥を感じる間も今はないらしい。
どこかうつむいていると思ったその顔には満面の笑みを浮かべていて、それはもううれしそうな感情をあらわにしているのだから。
よっぽどうれしいことだったのだろう。
それもどうやら観賞に浸るあまりに、周りの視線を一切感じていないときた。
緊張しいなくせに、一度自分の世界に入ったら他人のことなんかどうでもいいと思える肝の座り方には少し驚かされる。
俺とはまた違ったタイプだ。
まぁそんな圭くんに話しかけても返事なんか来るわけもなく、とりあえず俺は圭くんを連れてすぐそばにある日陰のほうで立っていた。
今は十分にその観賞に浸るといい。
そんな中、俺はどうにも感じざるを得なかったことがある。
さっきとは違った種類の視線が向けられていたからだ。
「なんか、紫音君に似てない?」
と言うストレートな内容の視線だ。
「――言われてみれば……っていうか、紫音君に似てるって言うのがもうやばいっていうか……」
「人間国宝?」
そういう内容のことを話しているような気さえした。
一応というか人の数が多いこの地帯でそう完璧に音を聞き分けられるわけでもないから、節々で聞こえてくる声から判断しているだけだが、おおよそ間違っていないだろう。
というか、そんなに似てるか?
確かに目とか顔のパールだってところどころ思い当たる節はあるし、自分でも少し既視感を覚えたくらいだ。
知り合いからしてみればちょっと違和感を覚えるくらいだろう。
でも、そう赤の他人から似てると思われるほどじゃないと思うんだがな……。
だって根本的に紫音は二次元だぞ?
似てるも何もないだろう。
そう自分に言い聞かせて俺はとりあえずというように壁に背を預けていた。
「それにしてもほんとにかっこいい……」
「絵になるよね……」
「ほら絵美、話しかけてきなよ~」
次第に正面の物販の列が進んでいき、なにやら女子三人組が俺らの近くに並んでいたのが分かった。
隣を覗けば一心にスマホを凝視する圭くんが見え隠れしていて、まだ興奮冷めやらぬといった感じだ。
そしてその三人組がきゃぴきゃぴとなにか話しているさなか、その集団に向かって誰かが話しかけていた。
「やぁこんにちは」
「……誰ですか……?」
「ん~しいて言えばオタクかな?」
「……何の、用ですか」
「いや、どうせだからお話でもしないかなってね」
俺が少しそっちのほうに視線を寄せてみると、どこかあからさまな風貌でそのうちわには推しであろうライバーのイラストがはられているという、さながらオタクと形容できる人が集団の中にいた。
「い、いえ、大丈夫です……」
「そうかい?なんだか話したがってたから互いに推しの好きなところを言い合おうと思っていたんだがねぇ」
そう一言口にしてまたその列でスマホを取り出し恍惚とした表情を見せる、自称オタクの女性。
それには先ほどまで会話していた三人組も少しの間口をつぐんでいたくらいだ。
俺はその様子をちらりと覗くようにしてみていたが、その様子に気づいたのか、その女性は俺らのほうを向いてその帽子から鋭い眼光を見せているような気がした。
それから少しして、列が動いたのちどこからともなく声がしてくる。
「やぁこんにちは」
どうも数分前に聞いたことのあるような声だ。
「こんにちは」
俺がそう返して姿を見てみれば、やはり先ほど列に並んでいた女性だということがわかる。
女性でありながらワイシャツにジーパン、それに目を覆い隠すほどの帽子をかぶっており、なんともいや今この場所においてはさほどおかしくない格好はしていた。
が十分女性としてはいかがな服装だとは言っておこう。
そんな女性がいつの間にか俺らの前に立っていた。
「いやぁ、この列は長いねぇ。これじゃあ私がつくまでに完売しそうな雰囲気さえするねぇ。あ、ちなみに列には連れが並んでくれてるんだ。ちょっと変わってもらったのさ」
それに俺はそうですか、としか返せない。
「君たちはこういうライブははじめてかい?」
「……えぇ、そうですね」
「おぉやっぱり。いいねぇ~。こういうライブってのの良さを少しでも知ってくれると嬉しいよ」
「あなたはそうでもなさそうですね」
「あ、やっぱりわかる?歴戦の猛者っていうかね、こういうライブってのはもう幾度となく来てるもんさ」
俺もそこはなんとなく察していた。
というかその気をぷんぷんに漂わせていたからわからないはずもなかった。
「たしか、バーチャルユーチューバーのライブは去年が初めてだったはず」
うちの企業のユナイトのライブは今日が初めてではあるが、ほかの企業のライブが去年に一回あった気がする。
俺がそう言葉にしたのも、バーチャルユーチューバーの出てくるライブはせいぜい去年の一回しかなかったことに思い立ったからだ。
「お、しってるねぇ。他企業の人ってのはあんまり知らないことが多いって聞くけどね。まぁ私は行ってないけど。私はもともとがドルオタだったからね。こういうライブってのに結構慣れてるのさ」
「あぁ、アイドルの」
確かに言われてみればアイドルのライブなんて何十回と年にある。
歴戦の猛者とも言えるのかもしれない。
「アイストって知ってる?……って言ってもしらないよねぇ」
「そのグループを推してたんですか?」
「まぁね。そういう縁があってライブには慣れてるし、普通のライブ感と違うってのもわかるもんさ」
「普通と違うんですか?」
「あぁ違うね。それはもうぜんっぜん」
彼女はつらつらと言葉を並べていた。
なんでもこのライブ、始まる前にしても女性が多いんだとか。
今回出演するユニットは女性五人組で、いわゆるアイドルユニットとそう相違はないと言っていいらしい。
そういうライブはまぁもちろんのこと男性ファンがほとんどを占めるわけで、ここまで女性ユニットのライブに女性客が多いことなんてないらしい。
だからこそ、普通とは違ったことが起こりやすくもあるんだとか。
「ライブってのは確かに推しを見に行くって言う人が多いのは確かなのさ。でもそれ以上にライブは空気感を生で味わえるってことに意味がある。そしてそれを共有する人がいる。それがライブの醍醐味だね。でもいかんせん若い子たちがおおいみたいだよ?」
彼女は周りを見渡すようにして回っていた。
確かに言うて二十代の人、そして学生らしき人の姿も多い。
「どうやらライブというものに触れてこなかった人が多いみたいだからね。どうしてもライブが始まるまでは実感できないみたいだ。さっきのみたいに、ね?」
俺はその言葉で三人組のグループを思い出していた。
年のほどは高校生ぐらいで、確かにただ遊びに来ている人たちだって印象が強かった。
「確かにそうかもしれませんね」
それに彼女は「そうだろう?ライブが始まる前からすでにライブは始まっているんだよ」と腕を組んで言っていた。
あたかも君はわかっているのかな?と言われているようだった。
「まぁたったそれだけのことなら話しかけたりなんかしないんだけどね。どうやら君自身凄い自信の持ち主らしいからねぇ。いくら見られても平然としているもんだから余計に目立っちゃってるのさ」
帽子の隙間から見える目からは自覚ある?とでも言っているような訴えを感じ取った。
「そうですね、まぁ見られるのに慣れてるせいで目立ってるかどうかはわかりませんが、いつも以上に視線は感じてますね」
「見られるのに慣れてるって……。君よく豪胆だって言われない?」
「あいにく初めてです」
「じゃあこれから自称するといいよ。俺は見られ慣れてるのでこそこそしないで堂々と見てください!ってね」
「あなたよく性格が悪いって言われません?」
「あいにく初めてだよ」
どうやら俺の気質の問題らしい。
どこぞの芸人でも「俺を見ろ」と言って自分を見させようとする人なんかいない。
自分から見てくれと言うなんてナルシスと同然としか取れないだろう。
「君自身目立つことの自覚はあるようだねぇ。その言葉尻からすれば」
「目立つかどうかはわかりませんよ。ただ見られているのはわかっています」
「そうか。どうやら誰も教えてくれなかったようだから、私が教えてあげよう。それは目立ってるって言うんだ。……で、だ。君、このライブに何しに来たの?」
「ライブを見に来ました」
真意はわからないが、実際ライブを見に来ただけだ。
それ以上でもそれ以下でもないはずだ。
「あぁそうだなぁ。今日、この場で起こるのはユナイトファーストライブ、女性の初期メン五人のユニットのライブだ」
「えぇ」
「そうだな。そうだよな?そして私はこうも思ってるんだ。っていうか言ったよね?ライブは始まる前から始まっているって」
彼女が言うに、今はもうライブ中であって、ユナイトのユニットを見に来ている観客が俺たちだ、ということを諭している。
つまりは、
「なんで私の推しのスイちゃんより目立ってるのかなぁ?」
「え」
「というのは冗談で、私が言いたいのは節度を持ってライブを楽しみましょうって話さ」
ということらしい。
確かに俺は彼女の言葉を借りるなら目立ってしまっていたかもしれないが。
「節度……ですか?」
「あぁそうさ。第一、あの三人組だってねぇ、別に楽しむ分には楽しみ方なんて自由だけどね……何逆ナンしようとしてんだって話さ。君だってそんな子を連れてよもや手を……」
そこまで言い終えたころだった。
どうやら隣で呆然とスマホに書き留めていた手を唐突に止めたと思った圭くんが顔を上げたのだ。
「あれ?片桐さん?」
そう言って目をぱちくりとさせている圭くん。
ようやく自分の世界から抜け出したらしい。
「確か、ヴァストの二人と話せて、そしてあの至近距離で目が合って……」
そうして過去を整理する圭くんにも彼女は言う。
「第一君もだ。君も女の子ならもっと節度を持って……」
「ん?え、僕?僕は男ですよ」
「ん?」
帽子が風に揺られてそのつばがなびく。
そこから見えた瞳は今日一番の驚きの色だった。




