偶像の形
どこかで俺は舐めていたのかもしれない。
ここ数年でできた界隈でもあるし、所詮はオンラインでの活動だ。
その功績が数字で見えていたところで、その数を目で見ることなんて一度たりともなかった。
漠然と一万という数字をいつも眺めていただけだ。
しかし、今、この場においてその数字の意味をはっきりと認識させられていた。
「ねぇまだ入らなくていいのかな……」
「まだ二時間前だよ!?どこまで心配症なのさ!」
そんな女性二人組の声や,
「楽しみだなぁ」
「グッズが売り切れそう……」
「花音ちゃんのアクキーがぁぁぁ」
と千差万別の声が聞こえてくるのだ。
会場にはグッズ販売等の物販の場が設けられていて、ライブ前のイベントも会場の前で行うということもあり、それなりの人数がこの時間帯から鎮座していた。
グッズ販売の列には長蛇の列が出来上がり、いろんな格好の人がいたのも目に付いた。
それこそ俺もよく想像しがちだった、いわゆるオタク的な格好の前時代的な服装な人たちもいれば、それなりにおしゃれしてきた様子の女の子たちまでいる。
今回は東京での開催ということもあり、俺はそこまで苦も無くやってきたわけだが、周りを見てみればそういう人だけではないらしい。
たった一日だけでも地方から来ている人もいるようでそこでもまた驚かされた。
だって今日は一応ゴールデンウィーク最終日ということもあって、明日だけとはいえ平日を挟むわけだ。
一泊するわけにはいかない人もいるはずである。
そんなさなか、物販の列のほうに少しの狂騒と一種の黄色の悲鳴が聞こえてきた。
列もどこか乱れがちになっているが、何か起こったのだろうか。
そう思ってすぐにそこのほうを覗くと一つの空間ができているのがうかがえた。
ディスプレイを持っている人が中心になり、カメラを向けられているとなると、柚月さんの言っていた、ライブ放送前の特番的な放送をしているらしいとわかる。
「すごいなぁ」
「すごいなぁ」
その様子に感嘆の声を漏らしていたとき、同様に隣からも同じ声が聞こえてきた。
互いにそれを感じ取ったが最後、向き合わざるを得ない状態に。
その声の主のほうを見てみれば、身長が俺の胸くらいの女の子?が立っていた。
「あなたもライブに?」
俺がそう問いかけると、その子は首を振り向かせて次第に自分に言っていることに気が付いたかのように指先を自分のほうへとむけていた。
まるで「僕ですか?」とでもいうようだった。
それに俺は頷いて返すと、その子も頷いてくれた。
「物販のほうはいいんですか?結構並んでますけど」
「あぁ、いいんです。あんまりお金もないし……。新参者なので」
「あぁなるほど。とはいっても俺も新参者なんですけどね?」
「あ、そうなんですか?」
「えぇお仲間ですね」
その言葉に照れたように顔を背けられてしまった。
それから少しして、その子はこういいだした。
「その、僕ってあんまりこういうのに来たことがなくて勝手がいまいちわからないんです」
「俺もですよ。全然わからないんで結構早くから来ちゃって、どうしようかってぶらぶらしてたところなんです」
「あ、一緒……です」
「あぁやっぱり?」
そんな風に会話が続いていった。
やれ場所がわからなかったらどうしようと思って早く来たのだ、とか。
一か月とちょっと前から見始めて今ではライブにも行くようになったのだとか。
そんなことを話し合っていた。
お相手のほうも一人できていたらしく、特に何もなければ一緒に回ってくれないか、ということも頼まれたりもした。
回るとは言っても、そこまで広くもないからライブが始まるまで一緒にいるくらいなのだろうが。
そんなこともありながら改めて自己紹介していた。
「僕は倉野圭って言います!よく女の子に間違われるんですけど、れっきとした男です!」
その言葉にきょとんとしたのもつかの間。
俺もすぐに名乗ると圭くんはこうも言っていた。
「片桐さんは僕のことも普通の男の子のように接してくれて……」
とどこか恍惚とした表情で語るのだ。
普通にどちらかというと女の子だと思っていたなどとは口が滑っても言えない。
そんな風に二人で物販の並ぶ列と平行に歩きながらぶらついていた時だった。
『どうも~。今回パーソナリティーを勤めましたるはユナイト所属バーチャルライバーの響也と』
『同じくユナイト所属の聖です。よろしく~』
おそらく今ユーチューブで公式生放送をしているのだと思われる声が聞こえてきた。
物販の列を俺らの正面のほうからずらずらと道を割って通ってくるものだから、俺らは二人ともに身構えてしまう。
「わぁ~。凄い……。生ヴァストだ……」
ただ圭くんのほうはまた違った意味で固まっていたようだが。
俺もそれなりに勉強してきているため、もちろんこの二人のユニットについても知らないわけではない。
知っているといっていいほど配信は見れていないのはご愛嬌ではあるが。
ユナイトの男性バーチャルライバーの先陣である、響也とそれに続いて二人目のライバーである聖の二人で組んでいるヴァイスナイト、通称ヴァスト。
もともとは響也の白髪の白と、聖の夜のような暗い黒髪からドイツ語の白を意味するヴァストと、英語の夜を複合したユニット名であるとされている。
ほかにも男性のユニットとしての類まれなる親和性も相まって、結成から一年と経つ今になってはユナイト誇る屈指のユニットとしても知られていたりもしている。
特にゲームでは互いの実力が締結していて、そのコラボ配信ではいくつもの勝負や協力による取れ高を生んでいる。
かくいう俺もその配信を一度だけ見たことがあるが、やり取りが面白く飽きない面白さを感じさせてくれていたのを覚えている。
「凄い、凄い!片桐さん!ヴァストですよ!」
一拍おいて圭くんはその事実を受け止めたのち、次に感極まったようにオタクへと変貌をしていた。
その様子からは本当に好きなんだなぁとかんじる程の熱量を感じるほどだった。
「そうですね」
ただ俺は多分そういう目では見れないんだな、とも同時に思ってしまう。
俺はあっち側の人間だから、どうしても純粋な気持ちで見てられないんだ。
だから多分圭くんのことをどこかうらやましく思ってしまう。
「あ、ごめんなさい……。もしかして片桐さんはヴァストはあんまり……」
「――あぁいえ。違うんですよ。俺も感極まっちゃって。ヴァストとかだと俺は特にあの二人のやり取りとかが結構好きで……」
と俺は当たり障りもないようなことを連ねた。
どうやら俺のどこか他人事な様子を圭くんにも感じさせてしまったらしい。
俺はそんなことを片隅に置きながら今は会話に集中していた。
圭くんはどうやら最推しはこの二人組、ヴァストらしく、この一ヶ月でこれまでの配信を怒涛の勢いで見ているとのことらしい。
とはいっても全部はもちろん見れないから、切り抜きを見ていっているともいっていた。
このバーチャルライバー界隈では、その性質上生配信が多くなることから、リスナーが個人的にその放送の見所を切り抜きしてくれる性質がある。
元々は無断転載になりかねないことでもあるのだが、だいぶ初期の方で運営からの二次創作のガイドラインで利用規約を改めたことで容認される形になったんだとか。
今では生配信を追えない人たちが切り抜きを見て、興味を持った本放送のアーカイブを見る人がいるというのも現状ということらしい。
かくいう俺、七々扇紫音もこれまでの放送の切り抜き動画はあげられているらしく、昨日やった配信の切り抜きが今日の朝に上がっているということもざるのようだった。
俺はまだ自分の切り抜きとかは見たことはないが。
そういう側面もあって、新規参入者にとってこの切り抜き動画はかなり役に立つものらしい。
そのおかげもあって、俺も圭くんもユナイトについて知ることができたと考えれば「たしかに」と思わざるを得ないだろう。
「片桐さんってどこかで会ったことありましたっけ?」
「ん?いえ、ないと思いますよ?」
「うーん、なんか既視感があるんですよね〜」
「あんまり俺に似てるって人もいないですけど」
「そうですよね〜。片桐さんみたいな人初めて見たはずなんですけど……って結構片桐さんは自信家なんですね……」
「そうですかね?まぁ普通じゃないんだろうことは自覚してますけど」
「す、すごいですね……。僕ももうちょっと片桐さんみたいにかっこよくなりたいんですけど」
「十分整ってると思いますけどね」
「んん……。やっぱり片桐さんも女の子っぽいって思います?」
「そう言うわけじゃないんですが、でももうちょっと髪を整えて目元をきっちりさせればより可愛さ……」
「やっぱり思ってるんじゃないですか!?それにやけに詳しいっ」
「あ、いえ、違うんですよ?より可愛さとのギャップが際立つって話で」
「ほんとですか?」
「えぇほんとです。まじです。宝塚くらいのギャップがあるなって」
「やっぱり女の子っぽいって実は思ってません!?」
「いえ、いえそんなこと。それはそうと話は変わるんですが、女性が男装するとかっこよくなるのに男が女装するとその大半が気持ち悪くなるんでしょうね?」
「すごいナチュラルに話題変えますね!宝塚繋がりですか!」
「大当たりです」
「あ、そうなんだ」
「ほら、俺とかって案外女装とか似合いそうじゃありません?」
「いや、もう自信を通り越してナルシスト入ってません?実際に似合っていそうですけど……」
「それが叶えば周りからは仲のいい姉妹って思われそうですしね」
「仲がいいって///……ん?姉妹?って片桐さん、やっぱり女の子っぽいって思ってるんでしょ!」
そんな会話があったらいいなって思いたかった一幕。




