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思い思う日




「本当にいいんですか?柚月さん」


「いいんだよ。ちょっと僕は行けそうにないしね。せいぜいオンラインで楽しんでおくとするよ」


 チャットで柚月とのやりとりをした後だった。

 唐突に柚月がある提案を持ちかけていたのだ。


ーー僕はちょっと用事ができちゃったから木曜のライブチケットいるかい?


 と言ってきたのだ。

 雫からとってしてみればユナイトの先輩方による初の本格的なライブイベント。

 気にならないと言ったら嘘だった。


 だがその日は元々はバイトを入れているため、断ろうとする雫ではあったものの、結局チャットの猛攻で柚月から貰い受ける形となったのである。


 それもどこか仕方ないな、という雰囲気をチャットでも感じさせてくるのだから参ったものである。


「ありがとうございます。柚月さん」


「せいぜい楽しんでくることだね」


「ありがたく満喫してきます」


「そう言われるとなんだか惜しい気もする……が、まぁよし!」


 そう書かれた頃にはすでに雫は椅子から立ち上がっていた。

 

 おもむろにベッドを背にし、なんの変哲もない部屋の天井を眺める。

 雫にとって一年も先輩に当たる人たちだ。

 当然感慨深いに決まっているし、いつかあんなことをする日が来るのだろうかと思う日もあるのだろう。

 そう雫は思う。


 

 その時だった。

 ふとポケットの振動で気づいた様子で、スマホに送られてきた文字をフツフツと認識していく雫。

 そして思わずため息をこぼさざるをえなかった。

 そこにはどこか、またか、という言葉が出てくるように。


 何せつい先日も言われたことでもあるのだから。


「お久しぶりです!シズクさん!それともシオンさん?」

 

 そう書かれた人を見てみれば、アニメ絵のアイコンをした名前をMeiとしてあるラインだった。



 すでに雫にとってみれば出会いから二ヶ月と経とうとしている頃だろうか。

 始まりはUEのバイトで出会ったのが最初だったと思い出す。

 思い出すと言ってもそこまで昔のことでもないはずなのに、雫にはどこか遠い昔のようにも感じていた。


 それ以前とは全く違う濃密な二ヶ月だったとも言えるからだろう。


 兎にも角にも、そのMeiという女の子はマンションの一室で出会ったどこか小動物的なかわいさを持つ女子高生だ。

 たったそれだけ。

 そしてたった数回会って、連絡先を交わしただけ、それだけだ。

 

 それなのになぜ自分が紫音だということを知っているのか。


 本来は驚くべきところも雫はどこか達観してみていた。

 それこそまたか、と思うほどに。


 つい先日の緑とのやり取りがそう思わせていたのだ。

 あれからは特に言葉を交わさなかったものの、雫の否定むなしくどこか確信に迫ったように口にする緑を見ればそう思っても仕方ないと思うしかない。

 何か聞きたげにしていたことは雫自身感じ取っていたがその場は結局解散することで逃れもした。

 ほかのメンツにも体調の面で解散にしようという話も出ていたし、とんとん拍子に終わったのを覚えていた。

 東雲と田中以外のメンツがそれぞれ表情に影を落としていたのだから、雫がそう言いだす前にすでに解散の雰囲気は漂っていたからでもあろう。

 

 結局のところ、あれ以来緑からの連絡がないことに雫自身どこかほっとしたりしている。

 なにせ正体を知っていると言って、どこか表情のわりに悲壮感を漂わせた瞳で見つめるのだ。


ーー何を聞かれるか。

 聞いてどうしたいのかもわからない。 

 とどのつまり、雫は緑のことを推し量れないでいたのだ。

 

 なぜか最初から嫌悪の目で見られているし、やけに「見定める」という単語を使ってはそのこぶしに力を入れている。

 その一つ一つに何か意味があるのだとしてもつながらないのも仕方のないことなのだ。


 まして雫にはなんの非もないことなのだから。

 


 そして雫は思考を戻す。

 今はなぜか緑のように正体を知ると言った人物が現れてきた真っ最中なのだ。


 そこまで立て続けに自分が紫音だということを知っている人物が出てきたことは、雫にとってもう全人類に知られているのではないか、という発想に至ってしまっても仕方がなかった。

 顔も、声さえも普段の雫とは変えているというのにこうも簡単にばれてしまうのだから。



 ただ、まだ本当に自分が紫音だとばれているとは限らない。

 もしかしたら間違えただけの可能性も十二分にあり得る。

 そう雫は結論を出すと、その手を動かした。


「お久しぶりです。Meiさん?それと自分は雫ですよ」


「?知ってますよ?」


「あ、そうですか」


――なんだ、やはり勘違いか。

 そう思ったのもつかの間。


「シズクさんであり、今話題の新人バーチャルライバー七々扇紫音さんですよね?」


 簡単にMeiと名乗る少女は書いてのけた。

 本当になぜ知っているのかを考えるよりも前に、知っていて当然かのようにいう様子が目に入ってしまう。

 

 雫の知らないところで拡散でもされていないとおかしいと思うほどには。


「……いやちがいますよ?」


「本当に違う人はそんなこと言いませんよ!」


「いや、チガイマス」


「いいんですよ!私が特別知っているだけなので!安心してください!」


 そう連ねるMeiに一切の信憑性を感じることができない雫。

 現に知っている人がMeiを除いても一人いる状態なのだから、そう感じざるを得ないだろう。


 というか、特別知っているというのもおかしい話だ。

 何をもって特別と言っているのかも怪しい。

 雫を紫音だと結びつけるのだって難しいのに、それをたかが配送で出会った少女が「特別知っている」というのだ。

 信じるというほうが難しい。


「まぁ私は違うんですよ?違うんですけど、なんで特別知っていると?」


「簡単ですよ。それは私が……」


 そこまで書いたところで少しの間トークが止まった。

 Meiのほうが打つ手を止めていた。

 雫にとってそれだけでも教えてくれるはずもないか、という思考に陥るのに十分な間だった。


「いや、やっぱり今はやめときます!来るべき時になったら言いますからね!!」


「えぇ……」


「最近はお兄さんも忙しいようですし?今じゃない方がいいでしょう!」


「ま、まぁ最近は配送も滅法減っちゃいましたから……」


「わかってますよ!配信って案外時間取られますもんね!」


「配信なんてしてませんけど、ね」


「そういうことなのは知ってますから大丈夫ですって!私もちゃんと分は弁えてますから!」


「あ、はい」


 そうしてそんなやりとりを数分に続いて行ったあと、何もすっきりしないまま雫は眠りについた。


 その特別の意味も。

 なぜ知っているのかも。

 すべてわからないがそれでも眠っている間にすべて解決していたらいいな、とそんな心持ちで。


 多分それは決して今回のことだけのことではないのだと思う。

 

 唐突にいなくなった柚月の尋常ならない表情然り。

 光輝や大地といった、中学の部活の仲間との確執然り。

 最近であったばかりの緑に見覚えのない嫌悪の目を向けられ、そして正体をなぜか知られていること然り。

 

 今になって思えば今の雫にとってこの現状は何もわからないことの連続なのだ。

 それを分かろうとすることさえ雫はおこがましいとさえ考えている。

 なぜならその権利さえ持っていないと信じきっているから。

 

 今の現状をそう整理してスッキリとしない頭を強引に納得させる。

 

 

 木曜のライブがきっといいものになるのだと夢見て雫は今日もベッドで眠る。

 



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