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素直になれない君はⅣ


 でも現実はそう単純にはいかない。


「あっ、片桐君が抜いた!?」


「!?」


 東雲のそう言う声で光輝が一瞬コートから目を離したのを咎めるようにした後、また視線を戻す。

 しかし、その先には尻餅をついて倒れる大地と、ゴールにボールを収めた雫だけが佇んでいた。


「う、嘘だろ」


 尻餅をつき、どこか茫然とした大地はやっと現実を認識したかのように声を出す。

 どこか絞り出すようなものだ。


「お、おい、雫。何をやった」


「……何を、と言われても単純なことだぞ」


「いいから!」


「……はぁ、股抜きだよ。基本中の基本のな」


「股、抜き……?」


 その事実を否定するかのように大地は食い下がる。

 なんと言ってもそんなことなどありえるはずがないのだから。


 大地自身自分がガタイがいいのを理解している。

 このディフェンスをするにあたって注意することも重々承知していた。

 それなのに、股抜きだ?

 そんな隙を見せたはずがないのに?


「そんなはず、ない」


「いや、事実俺は股を抜いただけだ」


「だって今、お前はフェイントをっ…………!?」


 大地はさっきまでの動作を思い返す。

 雫はさっきと同じように左右のフェイントをちらつかせていた。

 視線でフェイントを入れ、足の技術でまたフェイントを加える。

 ディフェンスからしたら厄介なフォワードそのものだ。

 しかし大地にとってそんなこと造作もない。

 足元の技術を無数に持つ親友、光輝との経験が伴っているから。


 なのに、それなのに大地のディフェンスを掻い潜られた。

 それも股を抜かれて。


 それはなぜか、大地には既にわかっていた。

 わかってしまった。

 なんと言っても大地はどうしても一瞬目線をボールから外さなくてはならない時があるのを自覚していたから。

 相手のフェイントを読むためには相手の思考を読まなくてはならない。

 そのためには相手自身を見る必要がある。


 そして相手自身を見たその瞬間、大地はボールを見失った。

 そう、見失ったのだ。


 それが股を抜かれたことに気づかないまま、尻餅を着かざるを得なかった真相だ。


 雫は大地の特性を理解した上でそれを掻い潜って見せた。

 大地が一瞬の目線を逸らした時にボールをすでに大地の見えない位置に置き、後は開いた股にボールを通した。

 ただそれだけ。


 普通そんなことすらできるはずはないのだ。

 相手の大地は高校選抜のディフェンスのレギュラー。

 並のオフェンスが易々と抜けれる相手ではない。

 

 しかし大地はそれを理解したところで納得できるはずがない。

 あれから三年だ。

 三年もずっと練習を重ねた。

 それがこんなにも一瞬に崩れていいはずがない。

 大地は思う。


「もう、一本だ」


「ん?」


「もう一本こい!」


「…………あぁ」


 もう、地を見るのはやめたのだから。




「う、うそ……」


「これは、ひどいな」


「嘘だろ……」


 蓋を開けてみれば結果は大地の完敗。

 十回の一対一の攻防は十対〇で雫の勝利。

 圧倒的な力の差を持って完封して見せたのだ。

 それも、周囲には東雲や緑だけではない。

 周囲のコートで遊びに興じていた人たちもどこか異様な雰囲気を感じ取って観戦していたのだ。


 そしてその内容は圧巻だった。

 二試合目以降はより顕著にその差が現れていたのだ。

 ズブの素人でもある、東雲や緑が圧倒的であると感じ取れるほどに。


 一度雫の技量を見た大地は次にボールを注視した。

 同じ轍は踏まないために。

 すると今度は多彩なフェイントパターンに体がついていかなかった。


 次にボールと相手を捉えようと全体を見てみれば、最初は良かったものの、重心のフェイントを見抜くことができずたやすくゴールを明け渡してしまう。


 そして次、その次。

 最後には、とやってみればついには大地を抜くのに十秒と時間がかかることはなかった。


「なぜだ、なぜお前はそんなにも強い!……俺もわかってはいた。……わかってはいたさ。でも、この三年で俺はひたすらボールと向き合った!!才能なんてなかったかもしれない……。でも、選抜に選ばれるほどの実力を身につけたはずだった!!それなのに、なぜ、お前が立っている!俺ではなく、お前が!!」


「…………単純な話だ。俺がお前より純粋にサッカーを好きだってだけだ」


 その言葉を聞いて大地はついにその堪忍袋の緒が切れる。

 

「サッカーが……好きだって!?なら……なぜ、高校でサッカーをやらなかった!?お前が出てくるなら嫌でも桜蔭の名が轟いたはずだ!でもその気配なんて一ミリもない。サッカーなんてやっていなかったんだろ!?」


 そうして雫の胸ぐらを強引に掴み、その獰猛な目つきで睨みつける。

 大地は悔しいのだ。

 単純な才能に負かされたのだと自分に言い訳がしたいのだ。

 自分の三年間が無駄でなかったと、雫に言いたかっただけなのだ。


「………………」


 その言葉に雫はただ無言でいた。

 まるで何も言う必要がないと言うように。


「なんだ?なんとか言えよ……!お前がただ才能溢れた天才だって認めりゃあ、それでいいんだよ!それで、いいんだ……っ!」


 雫にはどこかそう嘆く大地の体が小さく見えた。

 あの頃と変わらない。

 ただ図体だけがでかくなっただけの男だと。

 そう認識する。


「……じゃあ、なぜお前はあの時足を止めた」


 ようやくと雫の出した言葉は、大地にとって最悪の過去だった。

 それこそ、人生で最大の。


「そして……なぜうちを出た」


 大地にはその言葉の一つ一つがまるで重責かのように感じるほどの重みだった。

 その一つ一つが大地の胸に突き刺さる。


「ーーいや、所詮は終わったことか」


 雫はいつのまにか大地に掴まれた胸ぐらを正しながらそう呟いていた。

 大地の手にはもう力が宿っていない。




 そこにネットを超えて光輝が入り込んでくる。


「雫。俺と勝負しろ」


「……光輝。そうか……お前も、光輝か」


「そうだ!いつだってお前の二番煎じだった光輝だ!」


「お前はトップ下だろう?ドリブル勝負か?」


「いや、違う。三対三だ」


「三?人は?」


「募ればいいだろう。せっかくこんなに人がいるんだ。経験者ぐらいいるだろう」


 そうして光輝はネットの周りに群がる人たちに向かって、ゲームに参加してくれる人を募った。

 この異様な雰囲気の中、なかなか人が出てこなかったものの、大学でサッカーをやっていると言う男三人組が名乗り出てくれた。

 チームとしては大地と光輝と残り一人、そして雫は急造の二人とともにチームを組むこととなる。

 この時点で雫は圧倒的に不利だ。


 あの二人は同じ高校、同じチームで練習してきた攻守の二人組。

 まずコンビネーションが違う。

 側から見ればどう考えても勝つことなんてできないだろう。

 相手は高校選抜のレギュラーでもあったのだから。


「いやぁ、ごめんな?にいちゃん。俺らも一応はサッカーやってるんだけどよ、正直遊びのレベルだからあんま役に立てんかもしれない」


「野次馬根性で出てきちまったから、あっちにはさっきのにいちゃんと同じレベルのやつがいるんだろ?申し訳ねぇが俺たちじゃ……」


「いえ、勝てますよ」


 三人で囲んでいたのに、どこか雫の存在感が増したような気がした。

 二人からすればどこか任せられるという根拠のない安心感に襲われる。

 あぁこいつに任せれば勝てるのだと、そういうものが。



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