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素直になれない君はⅢ


 そんな様子はいろいろな場所で度々見られた。


 ラウンドツー内にある、スポッチョに入ったときにはまず卓球をした。

 雫と緑との白熱した試合を横目に東雲と田中は恍惚とした表情で見つめ、大地と光輝は熱意を燃やして打ち合う。

 光輝が勝負だと雫へと挑んだはいいものの、その結果は惨敗で周囲に慰められたりもした。


 次にビリヤードへと足を運んでみれば、案外田中がこういったことが得意らしく、先にナインボールを入れてみせたのは田中だった。

 入れたことの喜びより、緑に褒められるときの喜びの方が強かったのは、雫の思い違いだと思ったりもした。


 光輝がスコアを競うゲームで三勝したやつにビリが奢ろうという話を誘ったときには、みんなそれぞれ熱意を燃やしてただ飯ぐらいになろうともしていた。


 結局のところ雫が三勝、緑と光輝が二勝、そして大地が一勝という結果で、最下位が二人出てしまったためになくなく東雲と田中が割り勘しているのを見守っていたが。


 ただ、そのいかなる時にも光輝は不満を募らせていた。

 なんで、と。

 どうして、と。

 何度も。

 結局のところ、スコアのつくゲームでは一度も雫に勝てなかったから。

 光輝が二勝できたのも運が絡んだものの時に、たまたま手に入れることができた勝利だった。

 そんな現実をまじまじと押し付けられた光輝にとってどうしてもこの環境が楽しめるものではなくなっていた。


 どこかで今の自分はかつての雫より優れていると思っていた。

 事実そのはずだった。

 でもなぜ今になって現れる。

 なぜ今になって俺の前に壁として立ちはだかる。

 そんな思考がただ光輝の頭を侵していく。




「あっ、サッカー空いてるよ!次そこ行こーよ!」


「そういえば、光輝先輩と大地先輩ってサッカー部でしたよね?」


「あぁ、そうだな」


「……まぁな」


「どうしたんですか?光輝先輩。顔色悪いですよ?」


 東雲についにと指摘された光輝は急いでいつものように笑顔で取り繕う。


「あ、いやなんでもないよ。そろそろ疲れてきたかな、と思っただけ」

 

 光輝はそんなことを言う。

 本心はで疲れなど感じてなどいない。

 ただ、この場所だけはこの相手と来たくなかった。

 そんな直感が働いていたのだ。


「そういえば片桐君はサッカーできるのかな?」


 光輝の後ろでそんな声が聞こえた気がした。

 緑のものだ。


「俺ですか?俺は一応中学はサッカー部だったので」


「へぇ〜、じゃあさっきのバッティング技術はどこで?」


「あれは以前一度やったことあったので」


「卓球は?」


「授業で」


「ーー君は本当に十八歳なのか?疑わしいよ、全く」


 本当にそうだと光輝も心の中で思っていた。

 いつだって雫は俺の前を歩いていて、いつだって誰より先を見ている。

 そんな奴に出会ってしまったのがいけなかったと光輝は漠然に否定するしかできないのだから。

 


「おい、雫!入ってこいよ」


 いつのまにか大地はコートの中でボールと共に鎮座していた。

 雫を待っているようだった。


「ん?あぁ、わかったよ」


 雫がネットを超えてコートに入る。

 しかし依然として雫は何も思っていない、何も思い出してなどいなかった。

 その様子が余計に大地を、そして光輝を奮起させる。


「なぁ、中学の頃サッカー部だったんだってな」


「あぁそうだな」


「ポジションは?」


「トップだったけど」


「そうか。じゃあほら」


 そう言って大地はボールを雫の方へ蹴りだし、自分はというと雫とゴールの間へと入る。


「俺にはサッカーしかない。お前とは違って。だから一本だ。一本で止めてやる!それで思い出したなら上々。思い出さねぇなら何本だって止めてやる」

 

「一対一ってことか」


「あぁそうだ」


 雫は受け取ったボールを足で巧みに転がし始める。

 視点は変わらず前を向いたまま。


「な、なんか大地先輩の迫力が全然違くない?」


「う、うん。なんか鬼気迫ったような感じがする」



「よし、来い!」


 その大地の合図とともに、雫も足元のボールを一歩前へ転がす。

 ボールをいかに占有するかは、いかに相手にボールを認識させないかだ。

 そしていかに相手にチャンスだと思わせること。

 一対一において重要なのはたった一瞬の駆け引きだ。

 ドリブルで一回でも抜けてしまえば攻め側の勝ちなのだから。


 だから雫はボールをまずは自分の足で自在にコントロールできる範囲で相手を翻弄する。

 始めはステップで、次いで重心の移動で、その次にはフェイントをかけて。

 しかし大地は一向に足を前に出してこなかった。

 その間にはわざとディフェンス側がとりやすくなるような甘いボールも経験者なら見分けられたはず。

 しかし、それに一切手を出さず一定の距離を保つことで雫を走らせず、そしてフェイントのタイミングを伺って雫の位置までをもコントロールする。

 雫からしてみれば一枚の壁。

 すなわち最も合理的な盾と言っていい守りだった。


 それはいつか、雫の元にいた一人の男を彷彿させる。


「お前、大地か……」


「あぁそうだ、やっと思い出したみてぇだな、雫」

 

「あぁ、やっと思い出したよ」


 思い出したくもなかった、と付け加えられそうなその間が他の人にはどこか奇妙に映っていた。


「ね、ねぇさっきから全然動いてないけど……」


「緑さんはわかります?」


「私は生憎サッカーは点でダメでね。何が起きてるのかちっともわからん」


 そんな野次が飛ぶ中真剣に二人を血眼で見ていたのは光輝である。


「大地が雫のドリブルの選択肢を潰しているせいで安易に動けないんだ。フェイントでかわしても一歩間があるからすぐ追いつけるせいで下手にボールすら蹴れない」


「へ、へぇ。なんだかすごいことやってるんだ……」


「そういえば大地先輩も光輝先輩も高校選抜のチームに選ばれてたって言ってましたよね……」


「あぁそうだね」


「じゃあ、その人と張り合ってる片桐先輩って一体……」


 そこまで東雲が言うとすぐさま怒号が聞こえて来る。


「張り合ってなんかない!!大地が圧倒してる!圧倒してるんだ……!」


「あ、ご、ごめんなさい」


 急に光輝が語気を荒め、視線を雫に送ったまま言う。

 叫ぶ。

 雫なんかには負けていないと言いたげに。


 ただそれを緑を冷ややかに見ている。

 これまでのように何も言わずに。


「ーーいや、すまない。興奮してしまった。……大地はそれだけすごい奴なんだ」


 それだけなんだ。

 光輝はそう続けたようだった。



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