悠久の記憶
「はあ、全く緑さんはなに考えてるんですか……」
「仕方ないじゃないか!綾香があんな顔するからいけないんだぞ!?」
時刻はそろそろ日が暮れようとする頃。
綾香の住むアパートに二人は集まっていた。
「どうな顔ですか!?私なんてまだメガネすら撮りにいけてないんですからね!?全く……」
「いいだろう?今日は久々に綾香と会えた日なんだ。楽しまなくちゃ損だ。それに、明日からゴールデンウィークだし、メガネなんていつでも撮りにいけるだろ。あいつのバイト先も突き止めることができたしな」
「水月のですか?別につけなくてもよかったんじゃ」
「こういうのはつけるから面白いんじゃないか!見事あいつのバイト先も見つけられたし、綾香のゾッコンの相手さんだというイケメンも見つけられたし万歳だよ!」
「いや、ほんとなんであんな強引に連絡先なんて聞いたりしたんですか!?明らかに困ってたでしょう!?」
「私にはそう見えなかったけどな。きっとあの男も私の連絡先を知れて喜んでいるだろう」
「いや、そんなわけないでしょう!?いい加減目を覚ましてくださいよ!」
綾香は緑の頬をつねり、横一杯に引っ張って見せる。
「い、いひゃい、いひゃい。わ、わかったから、ギブギブ!!」
「それならいいんです」
そしてまたいつものように、高校の頃のように二人は隣に並んで座った。
「全くいつからこんなに野蛮になったんだか。うちの綾香は……」
「野蛮になんてなってませんし、緑さんのでもないですぅ!」
「あぁわかったわかった。悪かったよ、私もちょっと躍起になってたんだ。まさか綾香の思い人に会うことなんてないと思ってたし、事前情報だけじゃ、あいつのバイト先の後輩だって話しか聞いてなかったからね」
「それは……私が言わなかったせいですけど……言えるわけないじゃないですか……」
綾香は言葉を発するたびに尻すぼみに声が小さくなっていき、最後の方はもう音として認識できないほどだった。
「だとしても、綾香の一番の先輩として私を頼ってくれてよかったんだぞ?君の恋心は人一倍理解しているからね。……でも、あんな顔だけな男なんてやめといたほうがいいと思うけどね」
「え?」
緑はどこか真剣な顔つきで綾香に入れられた緑茶を飲みながら言った。
その言葉に疑問を呈するのは綾香である。
「ああいう顔が良くてなに考えてるかわかんないやつなんてろくなやつがいないんだ。片桐もきっとそうに違いない」
「ちょ、なに言ってるんですか?緑さん」
「ん?あの飲食店にいた片桐とかいう男の話さ。最初はこんな美男子がいるもんかねって感じと確かに似てるなぁ、っていう感情だけだったけどね。ちょっと見ていたらわかったよ。ああ、こいつもろくなやつじゃないんだってね」
「いや、それはわかりますけど……。なんでいきなりそんな……」
そんな片桐を責める言い方をしているのか綾香にはわからなかった。
綾香にとって片桐雫という男はその甘いマスク以前に、一人の男として紳士的で優しい誠実な人だと知っているから。
「綾香はきっとわかってないんだよ。ああいう輩は大抵女を道具にしか見てない。そんな奴さ」
緑はそういうと、どこか遠くを見つめた瞳でスマホを触り始めた。
綾香にとって緑の変化は多大なものだった。
だって緑は高校の頃からの先輩で、たった二年だけど互いのいろんなことについて話し合った仲だから。
そんな過去の緑とのギャップがどこかこのおかしな様子を物語っていた。
綾香はそんな緑になぜ、と話しかけようとするも、緑がそれにかぶせるような形で声を上げていた。
「おい、綾香!例の男ちょうど配信してるらしいぞ!」
そうして緑は隣の綾香にさっきの雰囲気とは全く異なる、いつもの雰囲気を漂わせていた。
その手のスマホにはツイッターの画面が映されている。
「緑さん、ツイッターとかやってるんですね」
「ん?まぁ私は一応モデルだしな?仕方なくインスタとかもやってるよ」
「あぁ、そうなんですね……」
「と、それより!これだよこれ!」
緑はそこに映し出されている一部分を指で指す。
「紫オンライブ……。ん?どっかで見たような……」
「なんで綾香が忘れてるのさ!?綾香がわざわざ昼に見せてくれたバーチクユーチバーの話だよ!」
「バーチャルユーチューバーでしょう!?」
「なんだ、覚えてるじゃないか」
「いや、さすがにそんな間違い方しませんからね!」
そんなツッコミを緑に入れると綾香は確かに、と言って繋げる。
「昼に見たバーチャルライバー?ですよね。確か名前は……」
「七々扇紫音、だろ?」
「……良く覚えてますね……?」
「これでも記憶力はある方なんだ」
「じゃあバーチクユーチバーはなんなんですか……?」
「それはそう覚えてしまったから仕方あるまい」
「あ、そう覚えちゃったんだ。なんか惜しいところで緑さんは緑さんですね」
「なんだその言い草は!まるで私が記憶力が良かったら私じゃない言い方みたいじゃないか!」
その言葉に綾香は目力で答えた。
それに緑は少したじろぐと、はぁとため息をつく。
「それで、その七々扇紫音が今生配信をしているらしいぞ、と言いたかったんだ」
「そういう話ですか。にしてもトレンドに載ってるって相当有名なんですかね」
「ま、私は今日教わるまでに五回?くらいはこのハッシュタグは見たぞ?」
「ってそういえば、七々扇紫音の初配信が一週間前とか言ってませんでした?千代ちゃん……」
「あぁそうだな」
緑はどこか事実を復唱する綾香に飄々としていたが、そのことから導き出される答えを察せないでいた。
「つまりはこの一週間で、緑さんのいう五回のトレンド入りを果たしてるってことじゃないですか!?」
「あぁ…………。ん?んんんん?すごいな……、そんな人気なのか……?」
「そういえば千代ちゃんも特別すごいみたいなことを言ってたけど……そんなすごいの?」
「どうせだし、見てみないか?」
「そう、ですね」
この時綾香の中では一つ気にかかることがあった。
無論緑も昼の時間に共にいた身、同じように知ってはいたが直感的にはその事実を否定気味に捉えていたことだ。
「雫君……」
「え、片桐くんがどうかしたの?」
「いや、綾香。だってこれ雫君に瓜二つ……」
昼時、この七々扇紫音というバーチャルライバーを見ることになった三人のうち、水月が言っていたことである。
「……たし、かに似てはいるけど、全然違うよ。どちらかという片桐君の方がかっこいいし」
「ん?なんだ?知り合いか?」
「いえ、少しこの人に似てるなぁって人を知ってて」
「へぇ〜、こんな奴がいるのか。すごいな、二次元だぞ?」
「まぁ、ちょっと似てるだけだと思いますけど」
「確かに、そう、だよな。第一、声も雫君より少し高めだし」
「そうだよ。それに水月の話では片桐君は週五日でバイトに入ってるんでしょ?こんなことしてられないって」
「……そうだな」
この時水月はいつかの風景を思い出していた。
廃れたアパートに見える場所に似合わないハイスペックと思われるゴツいパソコン。
キーボード、マウスと並んだ隣には少し大きめのマイクとなぜか雫の持つスマホとは別の最新機種のスマホが角度をつけて置かれている。
片桐雫の部屋の風景だ。
雫は確かに新しいバイトに関するものだと言っていた。
そんな一つ一つのパーツがどこかでピタリとハマる予感がしていたのだ。
それが今だった。
あの機材が配信をするために必要なものなのだとしたら?
マイクは音を拾うために必要?
最新のスマホのカメラは顔の動きを認識して架空のキャラクターに同じ動きをさせることができるとも聞いた。
キャラクターを動かすためにあのスマホは必要?
そう考えれば考えるほど水月の思考はたった一つの結論へと導こうとしていた。
ただしそれと同じように綾香もどこかで違和感を感じざるを得ない。
昔の彼を知っているからこその、綾香だから気づいたことだから。
七々扇紫音がその綺麗な髪を揺らし、前髪が左右に揺れるとたびたび写っていたのだ。
中学の頃の雫なら一目見てわかるほどに印象的な、右目尻のさらに右下あたりのホクロが。




