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他愛のない日常Ⅳ




「あれ?片桐君。もしかして今暇?」


「……あぁ、今は休憩中ですよ?」


「じゃあ暇ね?このゴールデンウィーク中にさ、先輩の友達と合コンするんだけどさ、片桐君も来てくれないかな?お願い!」


「合コン……ですか?」


「そう!相手は大学生がほとんどで……少し心細いなって」


「それならやめとくのが吉ですよ?それに高校生から大学生との合コンに参加してちゃ、親御さんにも迷惑がかかりますよ?」


「た、確かにそうかもしれないけど。でも、時間は昼からだっていうし、場所は池袋だから問題なさそうでしょ?それに合コンって言ってもラウンドツーとか、カラオケとか遊びに行くだけだからさ。ねっ?」


 件の男、片桐雫は例の如く飲食店のバイトへと訪れていた。

 休憩室で休憩している雫に、この飲食店の制服に着替えた女子高生が話しかけてきているのがわかる。

 確か名前は東雲と雫は記憶していた。

 この東雲はよく休憩室でサボり気味な様子も見えるし、こうしてバイトをしているとはいえまだ高校生。

 誠実さに欠けた人に変わりはない。


「はぁ、全く。君は年上の人に敬語も使えないのかな?」


 ふと更衣室の方から着替え終えた人がそんなことを話しながら出てくる。


「げっ、木下さん……」


「水月先輩。……こんにちは」


「こんにちは。今日もいい天気だね!ね?」


 出てきたのは雫が唯一の後輩だった木下水月であった。

 今では雛森佳代も入ったことで彼女はもう新人ではないだろう。


 そんな彼女が雫を誘っていた東雲に対してかなりの剣幕で迫っていた。


「……」


「こんにちは、あんまり後輩だからと言って敬意を払わない理由にはならないんだぞ?」


「あぁはい、そうっすね」


「俺はそこまで思ってませんよ。別にタメ口で喋ってても見下されてるわけでもありませんからね」


「雫君まで……」


「ほら片桐君も言ってるじゃないですか」


「いや、君が言えることではないんだからな?」


「ゴールデンウィーク中に時間があれば俺も検討はしますよ?」


「ほんと!?ありがとう!日程決まったら連絡するから連絡先も教えてほしいなぁって」


「ちょっ」


「構いませんよ」


 雫は彼女のそんな姿勢に柔らかく微笑みながら、スマホのQRコードを見せた。

 それを彼女が読み取って連絡先を確認したところで彼女は足早にお礼だけ言って休憩室を抜け出した。


「ちょっと待っ!」


 そんな態度に木下水月は勘に触ったような顔をしており、足早に出て行く東雲に叱りつけようとするも既に扉は閉められていた。


「はぁ、雫君もこういうのは断るものじゃないかい?」


「別に断る理由もありませんでしたから。事実、予定次第なんですけどね」


「明らかに君目当てで誘っていただろう……あれは」


「そうですか?まぁそうだとしてもどの道大学生がほとんどだと言ってましたし、知り合いは多いに越したことはないでしょう」


「そんなの口実に待ってるだろう……。大方その大学生と知り合いだったんだろうさ」


「なるほど」


 雫はそれもそうですね、という言葉を漏らした。

 そんな雫を木下水月はどこか憂うような目で見ている。

 以前より明らかに明るく、なじみやすく見えている雫のことを。


「君はやっぱり、"片桐雫"を演じているのかい?」


 ただし、その言葉に返される言葉はなかった。

 雫はどこか落ち着く様子でただ水を啜る。


 答えは雫の口からはついに現れなかった。



「水月先輩は最近いいことでもありしたか?」


 その代わりに雫はそんなことを口にする。

 それに何か言いたげな彼女だったが、その言葉を飲み込んで答えた。


「昨日が私の誕生日だったのさ。見事二十歳になった私が変わるにはちょうどいい機会とも言えたかもね」

 

「えっ、知りませんでしたよ……。俺にもお祝いさせて欲しかったんですがね。遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます」


「あぁ、ありがとう」


 雫はどこか考えるようなそぶりを見せると、彼女を休憩室に置いてちょっと待っててください、という。


 雫は更衣室に入って自分の鞄の中からあるものを取り出すと、足早に休憩室へと戻り彼女にそれを渡す。


「これは?」


「せっかくお世話になってる先輩の誕生日だったっていうのにプレゼントもなしじゃ格好が立ちませんから。ちょっと汚いかもしれませんが、このお守りは俺が唯一親からもらったものなんです」


「いや、そんなものもらえないよ!」


「いいんです。先輩には悪いことをしましたから。このお守りは先輩にもらって欲しいんです」


「いや、でも私なんかがもらっちゃ……」


「いいんですって!もらってください!」


 雫はそのお守りを彼女へと押し付ける。

 彼女は及び腰ではありながらも、なくなくそのお守りを受け取った。


「それに水月先輩は誕生日以上にいいこともあったようですしね」


 その言葉に赤面するようにして見せた彼女には何か思い当たる節があるようだった。


「なんでこんな時に察しがよくなるんだか……」


「だからもらってください」


「ありがとう、大切に持っておくよ」


 彼女がその胸にお守りを包むようにしてお礼を言う。

 その言葉に雫も笑顔で返す。



「あれ?先輩方どうしました?」


 そしてそんな空間に新たに雛森佳代が現れることで、この場の均衡は崩れどこか雑談じみた空気が流れる。

 その間には先輩後輩という確かな関係もありながら、彼女らはどこか慕い合っているようなそんな気も雫はしていた。


 雫に対してもその気が向いていることに雫は気づかないまま。




「わーすごーい!本当にイケメンだ!」


「ちょっと、気を鎮めてくださいっ!」


「いやいやなるほど。綾香がこうにもなるのには並々ならない理由があるとは思っていたが」


「み、緑さん!!ここ入り口ですから!!」


「なるほどなるほど」


「緑さーーーん!」


 雫が厨房からホールに入ってきて、入り口側での接客を担当している時、目の前に現れた人が急に声を上げていた。

 その片方が一ノ瀬綾香であると認識するのに雫はそう時間がかからなかった。


「禁煙でよろしいですか?」


「うん、それでよろしく!ちなみに君の名前はなんでいうのかな?」


「ちょ、緑さん!行きましょうって!」


「片桐と言います。では案内させていただきますね」


「ふーん、確かに……似てる、かな?」


 そう言って雫の顔を覗き込むようにして見ている長身の褐色女性。

 一ノ瀬綾香に緑さんと呼ばれていた人は、こんな入り口で騒いでしまっては大いに注目を浴びてしまう存在だった。

 何せ彼女のことを雫は知らないまでも、この飲食店に現れるような客層の人たちはこの女性のことをかなりの確率で知っている。


 いわゆる読者モデル。

 女子高生に人気なファッション雑誌で表紙を飾ってもいる、浅野緑。

 そんな人が女子高生の集う飲食店に来ればそれはもう噂される。


「えっ、えっ、あれ緑さん!?」


「えっ本当だ!?すっごい!!」


「うわぁ、生で初めてみたけどすっごい綺麗」


「服もめっちゃおしゃれしてるし」


「なんか、入り口付近の神々しさがっ」


「もしかして片桐君も本当はモデルとかしてるのかなぁ」


「ほら、もう一人の人もすごい可愛い……」


「あそこだけ顔面偏差値が飛び抜けてるっ!」


「でもやっぱり木下さんも負けてないって」


 そんな声が入り口付近に集まって、さらに視線が集まってくる。

 そんな視線に慣れっこだとでもいうような緑と呼ばれた女性ではあるが、隣にたたずむ綾香はそれはもう頭を真っ赤にしていた。


 次第に声は小さくなり、恥ずかしさに顔を隠した頃には緑の服をちょっとだけ引っ張って小さなアピールをしてみせる。

 しかしそんな様子に緑は気づいていながらも気づかないフリをしていた。


「ねぇ片桐君は綾香と同級生なんでしょう?」


「えぇ、そうですが……」


 雫も周囲からの視線に気づきながら、多分この人は有名人なのだろうな、ということを察して早く案内させてしまいたかった。


 しかし緑はそんな雫に質問をしては立ち止まり、なかなか前に進まない。


「じゃあ今って何をしているのかな?……もしかして、は」


「緑さん!!!行きましょうって!」


「……むぅ、ちょっとぐらいいいじゃないか。せっかちさんめ」


「片桐君が困ってるのが見えないんですか!緑さんは!ほら行きますよ!」


「えぇ~~」


 そんな二人の問答を眺めながら雫は綾香に微笑むことでひとまずのお礼を示した。

 そしてそんな二人を連れて窓際の禁煙席のまだ空いていた四人テーブルの席へと案内する。


「ではご注文が決まりましたら、お呼びください」


「時に片桐君は」


「ありがとうございました!もう大丈夫です!」


 緑の言葉を食い気味に被せることで、発言の余地すら失くさせてしまった。

 緑はそんな綾香にむすっとした表情を見せるが、見事に嗜めて見せたようでふてくされながらも彼女らは大人しくメニューを開いた。



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