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キミの思うキミであれⅣ


「そうですね。で、綾香の話はなんでしたっけ?」


「そういえばそうだった。ちょうど昨日だね。私が一ノ瀬から話を聞いたのは」


「そんなにタイムリーだったんですね」


「あぁ。そこで私は君の中学の頃の話を聞いたのさ」


「中学の……」


 中学のころはまだ記憶に新しい。高校に比べて密度の濃い日々だった。


「君から聞かなかったことは申し訳なかったと思ってる。他人から自分の過去を推し量られるほど嫌なものはないからね。本当にそこは申し訳ない」


 先輩は目を瞑ってベッドの上ながらきれいな礼を見せてくれた。


「でも君から聞けなかったのも事実だったからね。どうしても知りたかったんだ、君のことを」


「どうしてそこまでして?」


「さぁ、なぜだろうね。私が君に恋してるって言ったら信じてくれるかい?」


 俺はそれに対して首を横に振ってみせる。

 そんなはずあるわけがない。

 

 先輩はそんな俺をみて少し瞳に影が映ったように表情を濁らせた。

 ただそれも一瞬。瞬きの間で、もうすでにいつも先輩が目の前にはいた。


「ま、あながち間違いじゃないんだけど、多分一番の理由はほっとけないからだろうね。私は君みたいな自分が傷付いても問題ないって考えの人を少なくとも一人は知ってるから」


「その人に俺が似てると?」


「いーや。ぜんっぜん。その人はどっちかというと外にいるよりも家にいたほうがいいって人だったし、雫君みたいになんでもできるわけじゃなくてむしろなにもできないし、雫君みたいに容量よく問題を収められるほど器量があったわけでもない」


 彼女はそこに、それでも、と付け加える。


「その人は雫君みたいにカッコ良かった。容姿は女の子でちみっこいのに、誰かの命を救って見せた雫君の姿がいつか私を守ってくれたお姉ちゃんの姿に重なった」


 先輩の姉……。


「どんなにボロボロになっても、どんなに心が傷ついていようとも私を私だけを考えて守ってくれたお姉ちゃんに……。だから、私はお姉ちゃんの役に立ちたかった。でも…….、君が現れた」


 先輩はどこか彼方を向いていた瞳に俺を映す。


「君がバイトに来て初めての日。みんなすごい浮かれてたんだよ。すっごいカッコいい新人が来たってね。それに加えて誰でもない誰かのためを思って行動できる優しい人だって思った。みんなそう思ってたし、私もそう思ってた。きっと表情は隠してるけどみんなに気配りできて優しくて、きっと私とは関わることない人なんだろうなって。でもその瞳に浮かぶのは憂いみたいな、そんなそこはかとない闇。そんなところに私はお姉ちゃんの影を見たの」


「俺の瞳……」


「お姉ちゃんはずっと私を守ってボロボロになって、心身ともにすごい傷を負ってた。特にその心。昔は引っ込み思案でどちらかというとシャイな性格だったお姉ちゃんは、いつのまにか人の前でその傷を取り繕うようになった。まるで人に気を使えなかった私みたいにね。多分私に心配をかけさせたくなかったんだと思う。そんなの辛いよ。せっかく守ってくれているのに、一番に傷つくのはその人なんだもん。そんなのおかしいじゃない」


 どこかその声は震えていた。

 先輩はそんな姉に負い目を感じていたのだろうか。そんな感情だ。


「だからより君と重なった。誰かのために何かしているのに、君の心はどこか蝕まれていってる。それに自分は気づかないでいる。この前のことだってそう。君は誰でもない他人のために動いたのに、みんなに認められようとしているのに、それでもなおどこか自分が傷ついてる」


 彼女はそこで語気を強めるようにして言った。


「だから私は君が心配なんだ。きっと今のままじゃ君は壊れてしまう。この世界で君は傷つき続ける」


「……そんなことありませんよ」


「そんなことある」


「いやないです」


「……じゃあ君はもう大丈夫だっていうのかい?君のどこまでも強い自己否定感は形を潜めたってそういうのかい?」


「ーーわかりません」


「だったらっ、私が君を傷つけさせないようにするから、せめて私を守ってくれたように、守らせてほしい。だから、もっと私に君のことを教えてほしい。君には関係ないことはわかってる。でも、ほっとけないんだ」


 喉から絞りでたようにかすれた声で彼女はいう。

 先輩はそのお姉さんと俺とを重ねてみて、それで境遇が似ているからほっとけないという。


 俺はそんなに弱く見えたのだろうか。

 俺はそんなに傷ついているように見せてしまったのだろうか。

 あぁ、こんなこと考え終えたつもりなんだけどな。

 それでもまだ迷っているのだろう。

 心のどこかで俺の見出した結論は間違っているんだって言われているような気がした。





 三日前、深夜近くまで外を歩いて途方に暮れながら家に帰ってどこか体の熱さを感じながら眠った。

 全身がずぶ濡れで、ベッドが汚らしく染みることなんて考えもせずに。

 ただ体の疲労を発散するように。


 そして風邪をひいた。

 意識は朦朧としているし、頭痛はひどい。

 全身が熱くなってそれによってまた痛くなる。

 

 そしてふとした瞬間に考えた。

 俺が何者であるか。

 いつか同じように悩んでいたことを、なぜかいつのまにか肯定していたことを。

 何者であってもいいと、そう自分が思っていたことも。


 そう思っていたのは先輩が言ってくれたからだ。

 俺が俺を何者でもいいと思ったのは、先輩が俺の思う俺であればいい、とそう言ってくれたからだ。

 それが何故か俺の不安を取り除いた。

 何者であってもいいと俺に思わせてくれた。

 

 でも、俺の思う俺とはなんなのだろう。

 俺は俺をどう思っているのだろう。俺は俺をどう思いたかったのだろう。

 

 その姿が全く思い浮かばなくなっていた。

 

 次第に思考はループし、なにが俺たらしめているのか。

 俺とは一体なんなのかただ呆然と考える時間が増えた。

 

 痛みがいつのまにか引いていた頃には、その真っ暗な視界で浮かぶ思考にただこれまでの俺を映していた。



 そして一つの結論を見出した。

 俺が”俺”を推し量れないなら、俺は誰かの思う”俺”であればいいと。

 他人が求める”俺”であればいいと。


 今日もそのつもりだった。

 先輩といつも通りに接することが先輩の求める”俺”で、感情を露わにすることが先輩は”俺”に求めていたもので、感情を隠してしまえる俺という存在だけが彼女が俺に見出したもののはずだった。

 

 だから俺はそう思い込んだ。

 他人の思う”俺”を自分に投影すれば、俺は誰かの思う”俺”であり続けられる。

 俺がそう思うことさえできれば俺は俺でいられる。

 

 だから、俺は傷ついてなんかいない。

 世間が思っていた”俺”という存在はそんな弱くなかった。弱くあってはいけなかった。

 どんなことに対しても華麗に対処して見せて、何でもできる天才、万能であると。


 それがかつて先輩の語った『キミの思うキミであれ』という答え。

 俺の思う”俺”が他人の思う”俺”であるという、至極単純なこと。

 それだけだ。

 

「水月先輩の言うこともわかります。俺は多分これまで自分が何者なのかわかりませんでした。俺は本質的なところで俺が何なのかわからなくて、多分それが先輩の言う危うさで、自己否定感なんだって思います。でも、俺はそれに気づくことができた。先輩の言うことに。そんな俺がどうすればいいのか、俺は多分わかったんです」


 なんとなく今の俺ならもう先輩の目をしっかり見ることができる気がした。


「今の俺は何者でもなければ何者でもある。そんな俺が”俺”であるには誰かの思う”俺”であれば、きっと何も問題ではないんだって」


「雫、君……」


「みんなが俺を見て天才だって、万能だって、そう言ってくるんです。なら俺はそうあるべきだった。いつも自分のしたいことに全力でやって、楽しさを感じて面白いと思って、続けたいと思って。でも周りはそんな俺をみて離れていった、周りの期待を裏切った。そしていつの間にか熱意も消えてその経験だけが残った俺を、みんなは天才だって、万能だって言って終わり。俺は誰かに認めてもらいたくてやっていたわけでもないのに」


 先輩はいつの間にかベッドから床に座りなおして俺と同じ高さに目線を合わせていた。どこか物憂げな顔で。


「そして俺が自分への興味を失ったとき、初めて俺は感じたんです。俺はいったい何者だったんだろうって」


「――雫君、君は…………」


「残ったものは俺を天才、万能だって評価する世間の声。だから、俺はそれが”俺”なんだって思うことにしたんです。俺は天才なんだそうです。万能なんだそうです。何でもできて何でもこなしてみせる凄い人なんだそうです」


 先輩は開こうとした口で何か言葉を紡ごうとしていた。

 でもそれが言葉にされることはなかった。

 くしくも先日の俺のように。


「今日の俺はどうでしたか?いつもの俺でしたか?何か違和感はありませんでしたか?先輩の思う俺でいられていましたか?」


「……」


「それとも世間が言うような凄い人でいられていましたか?」


 どこか俺と先輩の間にいやな空気が流れる。

 こんな空気感を作ってしまったのは俺なのだ。

 きっとまた俺は”俺”になりきれていない。

 そんな俺に先輩は言う。


「――どうして……君は笑ってるんだい」


「……笑っている。そうですか、笑えてますか」


 どこかこみあげてくるものをかみしめるようにして瞳を閉じる。


「俺は自信がなかったそうです。そりゃそうですよね。自分に興味がないんですもん。……でも今、俺が笑えているなら、それはきっと、自分が誰なのか、はっきりわかったってことです。俺は、”俺”であることができたんですよ」


 今にもその凛々しさが崩れてしまうようなそんな表情を先輩はみせた。


「それが君のだした、答え、なのかい?」


「――はい、これが俺の思う”俺”です」


 口角を上げて、俺は笑う。それはいつかのような煌びやかなものではないかもしれない。

 でも、俺にとってここ数年で唯一の、笑顔であった。

 そしてただそれだけのことだ。



おかゆは美味しくいただきまし

また見てくれよな!

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