キミの思うキミであれⅢ
「――はぁ……」
俺はその言葉に適当な相槌しか打てなかった。
話を聞くと言っても特に話されるようなことなんてしてなかったし、そもそも知り合い自体少ない。
それとも中学あたりの人だろうか。
「その反応ではそこまで心当たりはないようだね。話と言ってもそう大したことじゃない。君の昔のことだよ」
「えぇ……なんか変なこと言われてないですよね」
少し間があってニヤリと笑っただけだが、なんだかそれで答えられたような気がする。
「なんか変なことしたかなぁ……」
「ま、気にする必要はないさ。私は決して他言はしないと約束しよう」
「その俺の知り合いって人から聞いた話のくせに?」
どこか図星を打たれたようにゔっ、と言葉を漏らしていたがむしろ彼女は開き直ったかのように言う。
「そうかもしれないが、それは話してしまった君の知り合いが私を信頼して話したってだけさ。彼女もいろいろ抱えているようだったしね。私さえ他言しなければ別に問題あるまい」
「というか何か抱えてる人から俺の話聞くってわけわからなくないですか。まずはそこから解決させてあげましょうよ」
「そうは言っても仕方ないよ。彼女の問題は君のことなんだから」
その言葉を聞いて俺の頭の中では一人の人物が思い浮かばれていた。つい先日もあったし、ラインのやり取りもしている。
「君も心当たりがあるようだね。そう、私が君の話を聞いたのは、一ノ瀬綾香。君の元カノだって言ってた人からだよ」
始まりはほんの二、三週間前。大学での出会いだったらしい。
同じ大学に通っていた先輩と綾香は、大学内で互いに優れた容姿を持った人物ぐらいの認識しかされていなかったようだ。
しかし、綾香はまだ一年生ということもありサークル勧誘がかなり激しかったそうな。
そりゃあ大学内で一番可愛いかもしれないと思われた綾香に近付きたい一心ではあろうが。
そんな綾香に声をかけたのが先輩だった。
周りのしつこい勧誘を跳ね除けて、綾香を助けていたらしい。
その時から綾香になつかれてしまったらしく、ほんの短い期間ではあるものの悩みを打ち明けてくれる仲になるほどまで親交は深めていたらしい。
それにしても綾香が先日言っていた先輩との付き合いとは、木下先輩とのものだったのだろうか。
今でこそ綾香は変わったが多分根っこのところはそう変わりはしないだろう。
綾香は強い言葉にはどうしても及び腰になってしまうから、きっと俺の時と同じように先輩を信頼しているのだと思う。今度は間違えないように。
「それでいろいろままあって、一ノ瀬から相談を受けるようになったんだけどね。その彼氏くんの特徴を言ってけば言ってくほどすごいだの、天才だのと言葉が溢れてくるわけよ。こんなの私じゃなくても気付く。この娘の彼氏だったって人は雫君なんだろうな、って。そのあと彼女の高校がどこかって聞いてみたら案の定君と同じ高校だったしね。こりゃあもう確定だなって」
少し寂しように笑う先輩はどこか手持ち無沙汰になった手で俺の布団をいじくり回していた。
「俺の高校はなんで?」
「そんなの店長に住所を聞く時、履歴書ごと見せてもらったからね。大抵のことは知ってるよ。天才クン」
きっと先輩はこういう言葉を冷やかしで言っているからまだいい。
でも、俺はどこかでその言葉を痛みだと感じてしまっていた、これまでは。
「ま、住所と経歴をチラッと見ただけだからね。そこまでじっとは見てないから安心しな」
「……普通は住所まで知られてちゃ安心できないでしょう」
「そうかい?こんな美女が介抱しに来てあげてるんだ。住所ぐらい安いものだと思わないかい?」
「自分で言うんですか……まぁ、そうなんですけど。でも、そういうのは男女を置き換えればわかりやすいですよ。先輩の家に俺が突然訪れたらどうするんですか」
先輩はうわ言のようにそれもいいか、いややっぱり、とぼつぼつと呟いていたが意を決したように前を向いた。
「それもいいね!」
「なんで!?」
「それだけ君は僕のことを気に留めてくれたんだろうって言うバックストーリーを考えたらもう」
体をうねらせるような妄想を滾らせる先輩はどこかここではないところにトリップしているようだった。
「じゃあそこら辺のバイト仲間がいきなり家に現れたらどうするんですか」
「無理。っていうか犯罪じゃない。そんなことする奴なんて許せない。この私が断罪しなくちゃ」
見事な掌返しを見せた先輩だが、あながち冗談に見えないところをみると本気らしい。
「はぁ、つまりそういうことですよ。俺たちはまだ知り合いみたいなもんだからいいですけど、基本先輩のやってることストーカーなんですからね」
「そんなつれないこと言って。私は君の恋人なんだぞ」
「その設定まだ生きてたんだ!」
勢い余って語気が強くなったが先輩はまだ上の空を駆けている。
「っていうか今、綾香の話をしてるんじゃなかったんでしたっけ?」
それを聞くと一瞬にして惚けたツラが戻り、凛々しい表情をした先輩が現れる。
「なに?」
「いや綾香の話じゃ…….」
「ちょっと待て話の前に確認しなきゃいけないことができた」
「なんです?」
「君は一ノ瀬のことを綾香、と呼び捨てにしているのか?」
より一層凛々しく目を鋭くさせた先輩はその表情では考えられないほどの言葉で俺を翻弄していた。
「ん、ん?呼び、方ですか?」
「そうだ!で、どうなんだ!名前呼びでしかも、呼び捨てなのか!?」
「そ、そうですけど。それは以前からの名残で」
「名残って付き合っていた時のかい!?」
「いや、その前から親しくしてた時にそう呼んでくれって頼まれたから?だったような」
「ほーう、君は頼まれたらおいそれと女の子を名前呼びで誘惑する奴だったわけだ」
「誘惑してませんからね!?それに頼まれたら、何かしたくない理由でもない限りするでしょう!」
「じゃあ、私のことも水月と呼び捨てにできるかい?できるよね?」
「いや、それはバイトの先輩という名目上失礼と言うか、面目が立たないと言いますか」
「むぅ、ならこうやって二人きりの時は問題ないだろう!?」
「それならまぁ別に……」
そういうのを皮切りに、彼女は満面の笑みでいつものように笑ったかのようにみせると、じゃあそれで喋ってみてよ、と言われた。
「み、水月は笑った、顔が、素敵ですね」
ぎこちなく言葉を繋げただけだが、当の本人は顔を赤く染め上げたようにしていた。
「そ、それでタメ口にしてくれな、いか?」
彼女の表情が見えないままでその声が聞こえてくる。俺はといえば少し戸惑うかのようにして肯定して見せるが、先輩相手にタメ口はなかなか口が動かない。
「み、水月はこの後、予定、ないの?」
「……う、うん」
しおらしい先輩の返答が余計俺に羞恥心を芽生えさせる。
先輩だけでなく俺までも熱を帯び始めた。ちょっとの空白も以前より長く感じる。
「も、もうダメだ。なんですこの空気?付き合いたてのカップルですか!?今時呼び捨てでそこまで楽しめるの先輩ぐらいですよ」
「そ、そ、そ、そんなことないさ。別に呼び捨てに興奮したなんてそんなわけないんだし。ないんだからな!?」
「わかりましたから。いつも通りにしましょう」
「いや、私は全くそんなこと思っていないんだったら思ってないんだからな。だから君はせめて私のことを名前で呼びたまえよ。先輩だけじゃなくて」
「水月先輩?」
「そう!そうだよ。名前でしかも年上の優越感を味わえるその呼び方がやっぱいいよね。私なんて最初の方から君のことを雫君と呼んでいたんだからな」
そういえば先輩はずっと俺のことをそう呼んでいた。
今思い返してみれば、彼女だった綾香も雫とはついには呼んでくれていなかった。




