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第13話 信頼


 一国に匹敵すると言われるほど広大なティティスの森は、大雑把に三つの区画に分類される。


 最深部、深域、外周部がそれである。


 このうち、俺が鬼人族の移住地として考えているのは深域だった。


 最深部は龍穴から立ちのぼる濃密な魔力が周囲の生物を捻じ曲げてしまっており、とうてい鬼人族の移住先にはなりえない。


 外周部は心装を修得する以前の俺が薬草採取のために足しげく通った場所であり、最深部や深域に比べたら危険は格段に少ない。その意味では一番移住先に適しているのだが、外周部は外周部で問題があった。


 かつての俺が入れる場所ということは、他の冒険者も簡単に入れる場所ということだ。最近はヒュドラが暴れた影響で森が荒れており、以前ほどティティスにやってくる冒険者はいないようだが、それでもまったくいないわけではない。


 そんな場所に鬼人の集落をつくったら、間違いなく冒険者に見つかってしまうだろう。


 冒険者の中には鬼人を専門に狙うハンターもいる。それでなくても、鬼人は人々に「かつての大戦の元凶である」と認識されているのだ。ティティスの森に鬼人の集落ができている、などと知られたら確実に厄介なことになる。


 いずれは鬼人族のことを公表するにしても、今はまだその時ではなかった。


 というわけで、移住地は残った深域ということになる。深域は深域で獰猛どうもうな魔獣が多く棲息しているので、お世辞にも移住先としてふさわしいとは言えないのだが、まあ鬼界に比べればはるかにマシだ。


 外周部は人間との緩衝地帯としてしばらく手をつけない予定である。


 とはいえ、俺がティティスの領主になれば色んな連中が様子を探りに来るのは目に見えている。何かしら対策を立てておく必要があった。



「領主としての権限で森への立ち入りを禁じる、という手もあることはあるんだが」


「それはおやめになった方がよろしいかと思います」



 俺の案に待ったをかけたのは、長い金髪と、同じく長い耳を持ったエルフの賢者ルナマリアである。


 カガリを迎えにティティスの森にやってきた俺は、かつて蝿の王の巣があった場所でルナマリアと今後のことを相談していたのである。


 ルナマリアは真剣な面持ちで続けた。



「『禁止』はもっとも強く人の好奇心をくすぐる手段です。竜殺したるマスターがティティスの領主に任じられ、直後に森への立ち入りを禁じる旨を布告すれば、森の中に隠さなければならない何かがあると公表するようなものでしょう」


「やっぱりそうだよな」


「はい。人を遠ざけるのなら今のうちに噂を広めておくのがよろしいかと。ヒュドラのせいで深域の魔獣が外周部に頻繁に出没していると知れば、命が惜しい者たちは森に近づかないでしょう。実際、いまだに魔獣の動きは活発ですので嘘を広めるわけではありません」



 俺はルナマリアの案にうなずいた。


 事実を広めることほど簡単なものはない。凶暴で知られるマンティコアのような人食い魔獣(マンイーター)を何匹か狩ってイシュカの街に運び込み、外周部で討伐したと声高に触れ回れば、後は話を聞いた人々が勝手に情報を広めてくれるはずだ。


 鬼ヶ島に向かう前にめぼしい魔獣を狩っておこう、と俺がこっそり考えていると、ルナマリアが話を続ける。



「ですがマスター、それで足を遠ざけるのは真相を知らない者たちだけです。ティティスの森に龍穴があると知る者たちは、マスターの領主就任を知ればマスターが龍穴を手中におさめようとしていると考えるでしょう」


「そうだな。特に、俺に機先を制された法神教は黙っていないだろう」



 クローヴィス公の陰謀を利用してティティスに教会騎士を駐留させることを認めさせた、まさにその直後に俺がティティスの領主に就任する。


 その意味に向こうが気付かないはずはない。俺が御剣家の当主になることも、すでに鬼ヶ島の神殿から報せがいっているだろうし。


 さて、どういう手を打ってくるのか。


 そんなことを考えていると、ルナマリアが思慮深い面持ちで問いかけてきた。



「マスター、差し出がましいことを申すようですが、マスターは法神教が浄世を目論む一味であると考えておられるのですよね?」


「ああ。ラスカリスやソフィア教皇の言葉だけなら疑いにとどめていたが、今回のクローヴィス公の一件で確信した」


「では『今代の神子みこ』というのは――」


「ノア教皇だろうな」



 俺はあっさりその名前を口にする。


 ティティスの森に教会騎士の駐留を認めさせるべく動いたのは、ノア教皇の側近であるゼラムだった。これひとつ取ってみても、今回の一件がノア教皇の意向であることは明らかだろう。


 もっとも、実際にノア教皇と会って話をした身としては、あの人物が龍にくみして世界をあらおうとしているとはとても思えない。


 何か事情があるのか、ノア教皇の裏にまだ誰かいるのか。単にノア教皇を見た俺の目が節穴だっただけ、という説もないことはない。どのみち推測だけでは判断を下しようもなく、今は移住を押し進めながら向こうの出方を待っている状態だ。


 俺がそう述べると、ルナマリアはここで表情に不安をにじませた。



「であればマスター、イリアをベルカから呼び戻すべきではありませんか? そして、セーラ司祭と一緒に事情を伝えた方がよろしいかと思います」


「む」


「法神教が龍穴を欲するのならマスターを退けなければなりません。ですが、竜殺したるマスターを正面から退けるのは至難の業です。そうなれば、彼らは同じ法神教徒であるセーラ司祭とイリアを利用しようとする可能性があります」



 それを妨げるためにも、俺と法神教の争いが表面化する前にふたりに事情を話した方がいい、とルナマリアは言う。


 それを聞いた俺は思わず眉根を寄せた。


 一口に法神教といっても、信徒の全員が龍や浄世と関わりがあるわけではないだろう。むしろ、九分九厘は何の関わりもない敬虔な信徒であるはずだ。


 セーラ司祭とイリアは間違いなく後者に分類される。なので、できれば今回の一件の外に置いておきたいと俺は考えていた。


 だが、ルナマリアはそれを悪手と見ているようだ。


 確かに法神教――浄世勢力にしてみれば、俺の近くにいる法神教徒を利用しない手はない。備えておくのは当然のことだった。


 特にイリアは今、ルナマリアが言ったとおりベルカにいる。法神教がティティスの森だけではなく、カタラン砂漠にあるという龍穴にも手を伸ばすつもりなら、イリアたちはまさにその渦中にいることになる。


 法神教がイリアたちに協力を呼びかけてラスカリスと戦わせる、なんて展開もありえるだろう。それを思うと、イリアを呼び戻すというルナマリアの案には一理も二理もあった。


 これはティティスのことにかまけてばかりで、ベルカ方面のことを後回しにしていた俺の失態でもある。


 俺はルナマリアの助言にうなずいて礼を述べた。



「そうだな、そのとおりだ。よく言ってくれた、ルナ」


「マスターのお役に立てたのであれば嬉しく思います」



 ルナマリアはにこりと微笑んで声を弾ませる。


 ミロスラフもそうだが、こんな風に相談できる相手がいるのは非常に助かる。自分ひとりだと今みたいな思考の漏れにも気づけないからだ。


 ミロスラフとルナマリアのふたりは、俺の裏面というか、過去のあれこれを知った上で尽くしてくれるので、そういった意味でも気がねなく相談することができた。


 鬼界での出来事や、鬼人族の移住について話したときも、俺はふたりに「手伝ってくれるか?」とは問わなかった。「手伝ってほしい」とも頼んでいない。ふたりは当たり前に手伝うものと考えていたし、実際ふたりは当たり前のように手伝ってくれている。


 ミロスラフはクライアたちに比べて戦闘力に欠ける自分が役立たずだと思い込んでいたが、まったくそんなことはないのである。


 『俺が知っているミロスラフ・サウザールは、役立たずの立場に甘んじるような奴じゃないからな』とミロスラフを焚きつけた俺であるが、仮にミロスラフの実力が今後まったく向上しなかったとしても、俺が赤毛の魔術師を手放すことはないだろう。


 それは眼前のエルフの賢者にも同じことが言える。そして、こういう気持ちはきちんと言葉にして伝えておくべきだろう。ルナマリアはミロスラフと違い、自分とクライアたちを比べるようなことは口にしていないが、内心では似たようなことを考えていそうだし。



「これからも頼りにしている。よろしくな」



 短く、だが、心を込めて言うと、ルナマリアは面食らったようにパチパチと目を瞬かせた。


 少し唐突だったか、と思ったが、言っていることは間違いなく俺の本音である。


 と、俺が言葉を発してからきっちり三秒後、ルナマリアの白皙はくせきの頬が、ぼん、と音を立てて朱色に染まった。


 急激な変化に俺が目を丸くしていると、顔を真っ赤にしたルナマリアがあわあわと慌てながら上体を九十度折り曲げる勢いで頭を下げる。



「え、あ、その……こ、こちらこそよろしくお願いいたします……!」



 ここまでわかりやすく取り乱すルナマリアはめずらしい。


 俺は思わず吹き出してしまった。



「慌てすぎだろう。俺はそんなに変なことを言ったか?」


「へ、変ではありませんが、マスターからそのようなお言葉をいただくことはめずらしいので……!」


「そうか?」



 首をひねって自分の過去の発言を思い返す。


 ルナマリアを奴隷にした当初はともかく、奴隷から解放してからは俺なりに普通に接しているつもりだったのだが……確かに、何かしてもらって礼を言うことはあっても「頼りにしている」とか、そういった相手を信頼する言葉をかけたことはあまりなかった気がする。


 にしても、そこまで動揺するようなことかと思うのだが、あらかじめ推測していたとおり、ルナマリアはルナマリアでクライアたちを連れ戻った俺に思うところがあったのだろう。


 俺の言葉がルナマリアの内心の不安を払えたのであれば、気恥ずかしい思いをした甲斐があったというものだ。


 俺はそんなことを考えながら、なおもあわあわしているエルフの賢者を面白そうに眺め続けた。



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