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第11話 王国の決断


「――にわかには信じがたいな、パスカル。いや、信じがたいではなく、信じたくないと言うべきか」



 カナリア国王トールバルドは重いため息を吐きながら言った。


 腹心であるドラグノート公が予定にない謁見を求めてきたのがつい先刻のこと。国王がクローヴィス公の後始末で多忙を極めていることを承知しているはずのドラグノート公が、王国の存亡に関わること、と前置きして大至急会いたいと望んできたのである。


 重臣筆頭にそこまで言われてしまえば、国王としても会わないという選択肢はない。


 他者がいない方がよかろうと判断した国王は、ドラグノート公を談話室に招じ入れる。かつて国王が息子と共にクラウディア、ソラの両名と話をした部屋だ。


 そうしてやってきたドラグノート公の口から語られた三百年前の真実と、ソラによるティティス統治案。 


 もともと今代のカナリア王は決断力に富んだ人物ではない。ただでさえ大叔父の愚行で頭を痛めていたところに、大陸の歴史をひっくり返す話を持ち込まれて困惑を禁じえなかった。


 それも当然と言えば当然のこと。


 アドアステラ帝国は軍事力で、法神教は信者数で、それぞれ大陸随一の規模を誇っている。その二勢力が主導した歴史的陰謀の背後に龍なる存在がいて、その龍が人間を滅ぼす「浄世」を企てている、などと言われても普通の人間には戯言にしか聞こえない。


 証拠らしい証拠がないのだから尚更なおさらである。


 国王は腹心の臣下を前に、重いため息を吐きながら言葉を続けた。



「三百年前の鬼人との大戦はすべて法神教のりゃくであり、の者たちの真の狙いは龍を復活させて世界を洗いきよめること。そして、そのために必要な龍穴がティティスの森にはある、か。それが真であれば、此度の件で法神教が不自然なほど我らに協力的だったこともうなずける。すべては龍穴を得るための布石だったのだな」


「御意にございます」


「とはいえ、証拠となる物が何もない以上、安易に信じることはできぬ。しかも、この話を持ち込んだソラは御剣家を継いで帝国貴族に名を連ねるという。そのような者にティティスの統治を委ねれば廷臣の反発は避けられまい。どう抑えるつもりだ、パスカル?」



 国王が難しい顔でドラグノート公に問いかけると、公爵は落ち着いた声で応じた。



「恐れながら、此度こたびの人事はそれがしの推挙によっておこなわれたものである、と公表していただきたく存じます」


「……そなたがすべての責任を負う、ということか」


「御意。陛下のおっしゃるとおり、ソラ殿にティティスの統治を委ねると布告すれば反発は避けられぬでしょう。ですが、廷臣たちを説き伏せてからソラ殿を迎えようと思えば、どれだけの時がかかるかわかりませぬ。その間に帝国が事の次第を知れば、ソラ殿を帝国に留めるべく画策いたしましょう」



 ソラは鬼人の移住地としてティティスの森に目をつけただけで、是が非でもカナリア王国に仕官したいと考えているわけではない。


 帝国がティティスに代わる移住地を用意すれば、そしてカナリア王国が移住の受け入れに手間取れば、ソラは帝国の手を取るだろう。


 そうなったときの損害は計り知れない。ゆえに自分が全責任を負う形で人事を強行し、他の臣下の反発を一身に引き受けようとドラグノート公は考えていた。 


 これを聞いたトールバルドは眉間にしわを寄せて考え込む。



「たしかにソラを帝国に取られるわけにはいかぬ。だが今の話を聞くに、帝国の上層部は法神教とつながっておるのだろう? 龍にくみし、浄世に賛同する者たちがソラや鬼人を受けいれるとは思えぬが」


「これは推測になりますが、帝国の上層部はおそらく一枚岩ではございませぬ。法神教とよしみを結ぶのはともかく、浄世によって今の体制が崩れることをよしとしない者は少なくありますまい」



 たとえば皇帝アマデウス二世だ、とドラグノート公は思う。


 ソラの話を聞くかぎり、皇帝は浄世に関して否定的な考えを持っている可能性が高い。というのも、皇帝はソラの鬼界行きを阻もうと思えばいくらでも阻める立場にいたからである。


 にもかかわらず、皇帝はすすんでソラを鬼界に送り出した節がある。それはソラの手でソフィア教皇や龍を排除する狙いがあったからではないか、とドラグノート公は睨んでいた。


 この推測が当たっていれば、皇帝がソラと鬼人族に手を差し伸べる可能性は高いだろう。


 また、領土拡大に積極的なリシャール皇太子がソラや鬼人族の力欲しさに動くことも考えられる。


 皇太子が浄世について知っているかは定かではないが、領土拡大に勤しむ皇太子の行動を見ていると、龍による人間への裁きを従容しょうようとして受け入れる性格とは思えない。


 その皇太子がソラと鬼人族を迎え入れて軍事力の拡大を画策しても不思議はない――ドラグノート公はそう言って正面から主君の顔を見た。



「陛下もご存知のとおり、我が国は東をアドアステラ帝国に、南をカリタス聖王国に、西をカタラン砂漠に、北を海に阻まれて発展の余地が少のうございます。此度の一件はその状況に一石を投じる千載一遇の好機であると存じます」


「好機? ソラをティティスの領主に据えることが好機――なるほど。ソラと鬼人族を用いてティティスの森を開拓するというのがそなたの狙いか」


「御意。ティティスの森は一国を飲み込むほどに広大なれど、強猛な魔獣たちの存在が長年開拓の手を拒んでまいりました。いつしか我が国はあの森を魔境と見なし、領土として発展させることを諦めておりましたが、ソラ殿を領主として迎え入れ、鬼人族の移住を認めれば状況は一変します」



 竜殺しとしてのソラの力、そして移住してくる何千何万という鬼人族。


 荒廃した鬼界で生き抜いてきた鬼人族は屈強な戦士が多く、中にはソラに匹敵する勇士もいるという。


 そんな者たちが主体になって開拓に取り組めば、いかなティティスの魔獣といえども尻尾を巻いて逃げ散るしかない。


 いまだヒュドラの毒も残っているとはいえ、ティティスの広大さを考えれば、汚染された地域は森の一部に過ぎない。ティティスの開拓は、それこそ一国を従えるに等しい利益を王国にもたらすはずだった。


 また、開拓の件を抜きにしても、移住してきた鬼人族はカナリア国民となる。領主であるソラに率いられた鬼人の部隊はカナリア王国の軍事力を飛躍的に高めるに違いない。御剣家を従える帝国にも対抗しうるほどに、だ。


 もちろん鬼人たちには鬼人たちの思惑があり、唯々諾々とカナリア王国に従うことはないだろうが、積極的に移住を認めることで彼らに恩を売り、協力体制を築くことは可能なはずだ。


 ドラグノート公の説明を聞いた国王は短く唸る。



「むう……確かにパスカルの言わんとすることはわかる。ソラにティティスを任せ、鬼人族の移住を受けいれ、ティティスの森を開拓することができれば、我が国の力は一気に増すだろう。だが、それはすべてがうまくいけばの話。ソラがティティスの統治に失敗すれば、鬼人族は不穏分子となって我が国に仇を為すかもしれぬ」


「陛下、おっしゃるとおりソラ殿が失敗することもありえましょう。ですが、それを恐れて我が国が手をこまねいていれば、やはり帝国が先んじて動くはず。ソラ殿と鬼人族が帝国に与すれば、その脅威は計り知れませぬ。それに比べれば一時の失政など顧慮するに足らぬと存じます」



 ドラグノート公にしてみれば、まずはソラをカナリア王国に抱え込むことが第一義であり、それ以外は些事さじと言ってよかった。


 今のソラを敵に回すことは万難を排しても避けなければならない、とドラグノート公は決意している。


 どうしてそう思うに至ったのか。


 もともとソラは剣士として抜きん出た力を持っていたが、今のソラはそれにくわえて人格的な凄みもあわせ持っている。


 先に公爵邸でソラと話をしたとき、ドラグノート公はソラからぞくりとするほどの迫力を感じていた。ソラは終始友好的であり、ドラグノート公を脅す素振りなど一切見せなかった。それでも「もしこの若者を敵に回したら」と思うと戦慄を禁じえなかったのである。


 おそらく父である剣聖を打ち破ったことが契機となったのだろうが、その成長ぶりは目を瞠るものがある。鬼人族がソラの移住案に乗ったのも、ソラという人間に一族の命運をかけるに値するものを見出したからだろう。


 そんな人間がカナリア王国を頼ってくれたのだ。この好機を逃してソラを帝国に追いやるようなことになれば、カナリア王国は悔いを千載せんざいに残すことになる、とドラグノート公は確信していた。


 そんな公爵の熱意ある説得を受けて、国王はしばし迷う様子を見せたが、ややあって何かを振り切るように膝をひとつ叩いた。



「ソラが我が国を頼ったことで、今、我らは帝国に一歩先んじている。帝国のこと、法神教のこと、龍のこと、気になることはいくらでもあるが、我が国が動かなければ他国が動くだけのこと。そうなれば余は優柔不断のそしりをまぬがれぬ」


「陛下、それでは――」


「うむ。今ここでソラを領主に、というわけにはいかぬが、そなたの献策に沿って考えてみよう。近日中にソラを連れてまいれ。あらためて当人の口から話を聞きたい」


「かしこまりました」



 ドラグノート公は深々と頭を下げて主君の決断に敬意を表する。


 このトールバルドの決断はカナリア王国にとって歴史的な転機となるのだが、それが人々の目に映るのはもう少し先のことであった。




あけましておめでとうございます

旧年中はお世話になりました

今年もよろしくお願いいたします<(_ _)>

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