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161話 無礼


 ウルスラたちを残して天幕を出た俺は、その足で中山王アズマの天幕に向かった。


 その途中、カガリとばったり顔を合わせる。これは偶然ではなく、カガリは兄の命令で俺を呼びにきたところだった。


 俺から詳しい話を聞きたかったのはウルスラとクライアだけではなかった、ということだろう。


 中山王の天幕にはアズマの他にドーガとハクロもそろっており、俺は四兄弟とくるまになって移住計画を説明することになった。


 ――俺の口からすべてを聞き終えたアズマは腕を組み、真剣な顔で口をひらく。



「ティティスの森、か。このようなとき、このような場所でその名を耳にすることになろうとは。これも大いなるゆうのお導きであろうか」


「ぬ? ティティスの森をご存知なのですか?」


「知っているよ。もちろん我が目で見たわけではない。鬼人族に伝わる言い伝えの中にその名が出てくるのだ」



 驚いて尋ねる俺に対してアズマは静かにうなずくと、言い伝えについて教えてくれた。


 三百年前、幻葬げんそうの志士の中で最強をうたわれたかむの氏族。ティティスの森はそのかむの氏族のせいなのだという。


 志士を率いて蛇に挑んだアトリもかむの氏族の出身であり、それもあってティティスの森の名は今も鬼人族の間で語り継がれているそうだ。


 それを聞いた俺は、ソウルイーターの記憶でかむの名を聞いたことを思い出した。そして、スズメが自分の故郷をカムナの里と呼んでいたことも。


 これまでは他に考えることが多すぎて気にかけている暇がなかったが、スズメは三百年前に蛇を封じた英雄の同族だったわけだ。


 そのスズメと、御剣家の血を引く俺がティティスの森で出会うことになった。思えば不思議な縁である。アズマの言葉ではないが、何か大きなものに導かれた感がある。


 そういえば、以前スズメが気にしていた夢に出てくる赤目の人、あれの正体は先祖のアトリだったのかも――いや、さすがにこの発想は安直か?


 そんなことを考えていると、アズマは何かを決意したように大きくうなずいた。



「私はそら殿の移住案をれようと思う。三人の意見はどうか?」



 アズマが弟たちを見ると、まずドーガが口をひらいた。



「兄者がお決めになったことであれば、臣として従うまででござる。ですが、事は中山の行く末を左右する重大事。一つの案に拘泥こうでいすることなく、第二、第三の手を用意しておくことも必要と存ずる」


「私も次兄に同意いたします。今の話を聞くかぎり、ティティスの森への移住は多くの勢力が関わる様子。すべての勢力が足並みをそろえて我らの通過を認めるとは考えにくうございます。移住案以外の方策も並行して進めておくべきでしょう」



 ハクロがドーガの意見に賛同する。


 アズマは弟たちの言葉にうなずきを返すと、最後に残ったカガリに視線を向けた。


 中山王家の末弟は軽い調子で言う。



「俺は空の案に全賭けでいいと思うぜ。アズマにいの望みは人間との融和なんだ。空の案以外で、俺たちと人間がうまくいく方法があるとは思えないからな」



 これを聞いたドーガが難しい顔でカガリを見た。


 そして重々しい声で問いかける。



「だが、カガリよ。失敗したときのことは考えておくべきであろう。移住にしくじりました、代わりの案はありません、では話にならぬぞ」


「失敗したら、空の言うとおり力ずくでティティスの森まで押しとおればいいさ、ドーガにい。そうやって俺たちの力を示せば中山を侮る奴らはいなくなる。人間の王たちも俺たちの話を聞かざるをえなくなるだろ」



 それでもなお人間たちが鬼人族を排除しようというなら、そのときは融和は不可能と判断して武力を用いればいい。


 カガリがそう言うと、ドーガはちらとハクロと目を見かわし、にやりと力強い笑みを浮かべた。



「なるほど。やはり、空と共にティティスにおもむく役目はおぬしにやってもらう方がよいな。事が事だけに家臣を遣わすのは不安が残る。わしら兄弟の誰かが行くべきであるが、王である兄者は論外として、わしやハクロではどうしても人間に対する偏見が捨てきれぬ。曇りなきまなこで外の景色を見るためには、カガリよ、おぬしの若さが必要だ」


「それは望むところだけど、ハクロにいは俺でいいのかい?」


「ええ。物見遊山のつもりであれば反対しましたが、今の言葉を聞くかぎり、あなたなりにきちんとこれからのことを考えているようですからね。長兄もよろしいでしょうか?」


「うむ。空殿にとってもカガリの方が何かとやりやすかろう。弟のこと、よろしく頼む」



 と、こんな感じで四兄弟との話し合いはとんとん拍子に進んだ。今回にかぎった話ではないが、四兄弟との話し合いはいつもスムーズに進むのでありがたい。


 互いの利害が一致しているというのもあるだろうが、それぞれの価値観が近いことも大きいと思う。御剣家に生まれた俺が、家の人間よりも鬼人族と価値観が近いというのも皮肉な話だ。


 とはいえ、問題がなかったわけではない。


 特にドーガが気にしていたのが移住後の鬼人族の立ち位置である。俺がティティスの領主になって鬼人族を移民として招き入れれば、アズマは俺の下につくことになる。そうなれば俺はもちろんのこと、カナリア王や他の高位貴族に対しても頭を下げなければならなくなるわけで、これはドーガにとって我慢ならないことだった。


 これは移住が成功した後の問題なので、ドーガも懸念を口にするだけで済ませたが、たしかに移住後に人間への服従を強制されたら鬼人族にとっては面白くあるまい。鬼人族の独立が保てるよう考えておく必要がある。


 俺としては表向き俺が領主となってティティスを治めつつ、領主としての権限はすべてアズマにゆだねて領内の統治を任せるつもりだった。で、そのうちカナリア王国から自治権を獲得してティティスの森に半独立の公国を築く。可能であればカナリア王国から独立して新たな国を築く。


 その時点で俺がアズマに自分の地位を譲れば、ティティスの森に中山公国ないし中山王国が誕生するという寸法である。その後、俺は中山の外交官としてカナリア王国をはじめとした外の勢力との折衝せっしょうに当たり、鬼人と人間が敵対することのないよう尽力する。


 それが俺のおおまかな計画であった。


 ……まあカナリア王国がそう簡単に自治なり独立なりを許すわけもないが、ぶっちゃけ俺と鬼人族が力をあわせればカナリア軍など物の数ではない。カナリア王に要求を通すことは難しくないだろう。


 ただ、武力をちらつかせて独立を強行すれば、大恩あるドラグノート公爵家と敵対することになりかねない。なので、そのあたりは時間をかけてへいに進めていくつもりだった。


 御剣家に関しては、鬼人族の移住が完了した時点で当主の座をラグナに譲ってさよならである。


 ともあれ、俺はアズマを臣下として扱うつもりはない。その点はドーガにしっかりと言明しておいた。


 そんな風に互いの考えのすり合わせを済ませた後、俺はカガリと共に天幕を出た。そして、クライアが目を覚ますのを待って南天砦なんてんさいに向かう。


 御剣家が出した結論次第ではいきなり襲われることもあると予想していたのだが、砦で待っていたのは重々しくも丁重な出迎えの挨拶だった。



「お待ち申しあげておりました、空殿――いえ、御館様」



 そう言って膝をつき、深々とこうべを垂れたのはかつての傅役もりやくゴズ・シーマ。


 以前なら反射的に顔をしかめていたところだが、今の俺はゴズに対して正負いずれの感情もおぼえない。いて言うなら、父の仇を討つためにゴズが斬りかかってくるかもしれない、と警戒したくらいである。


 ただ、向こうの態度を見るかぎりその意思はないようだ。


 聞けば、俺との戦いで一時いっとき行方知れずだった父はすでに見つかっているという。しばらく意識が戻らなかったそうだが、今朝になって意識を取り戻し、あらためて俺を後継者にするむねを旗士たちに伝えたらしい。


 父が健在である以上、あえて代替わりする必要はないと主張する旗士もいたそうだが、父はこの意見を「同源存在アニマを失った身に御剣家の当主は務まらぬ」と言って退けた。


 これにより、少なくとも表立って俺の当主就任に反対を唱える者はいなくなった、というのがゴズの弁であった。






 俺が大広間に姿を見せた瞬間、その場に集まった青林旗士たちが一斉に視線を向けてきた。


 左右に居並ぶ旗士たちの中で、俺に頭を下げる者、下げない者の割合は半々といったところか。頭を下げた者の中にも、とげのある視線でこちらを睨んでいる者は多い。


 彼らは「御剣空」に頭を下げているのではなく「御剣式部が後継者に指名した者」に頭を下げているに過ぎないのだろう。簡単に認められると思うなよ、という内心が態度からにじみ出ている。


 俺との実力差がわからないわけではないだろうに、それでも俺に敵意を見せる者たちは何を考えているのか。


 おそらく連中は次のように考えているのだろう。


 俺は父に勝って後継者に指名されたとはいえ、俺ひとりで御剣家を治めることはできない。領内の統治には配下の力が、とりわけ上位旗士の力が欠かせない。


 だから御剣空は自分たち上位旗士に譲歩せざるをえず、多少無礼な振る舞いをしたところでとがめ立てされることはない――俺に頭を下げなかったり、あるいは頭を下げても睨んでくるような旗士はそんなことを考えているに違いない。


 その心底には五年前から変わることのない俺への侮蔑が存在する。俺のような人間が上位旗士である自分たちをないがしろにできるはずがない、と連中は信じ込んでいるのだ。


 もっと言えば、そう信じないと自分を保てないのだろう。


 試しの儀を超えられなかった弱者おれが剣聖を打ち破り、自分たちの上に立つことになったという現実は、一部の旗士たちにとってそれほどまでに受け入れがたいものなのだ。


 俺は目を細めて居並ぶ旗士たちを見据える。


 もとより配下の忠誠なんて求めていないので、旗士たちが内心で何を考えていようと咎めるつもりはない。


 だが、俺への侮蔑を露骨に態度に出すのはよろしくなかった。そんな人間を放置していては当主としての威厳が損なわれ、ひいてはティティス移住計画に支障をきたしてしまうから――というのは建前で、本音はもっと単純である。


 俺はもう二度と御剣家の人間にめられるつもりはない。


 憎むのはけっこう、恨むのもけっこう、何なら殺しに来てくれてもかまわない。


 だが、俺をあなどることは許さない。どんな理由があろうとも、決して。



「――――ッ!!」



 俺はカッと目を見開き、今この場にいる旗士たちを皆殺しにするつもりでけいを全力解放した。


 さすがに心装は抜かなかったが、父を倒して光神バルドルを喰った今の俺の勁圧けいあつは、そこらの幻想種が束になっても及ぶものではない。


 それを前触れなく叩きつけられた旗士たちの口から、悲鳴じみた驚愕の声があがった。



「ぐ、がぁ……ッ!?」


「ぬう!?」


「か、は……ッ! なんという……ッ!?」



 見えざる何者かに引き据えられるように、次々と上体を折って畳に手をつく旗士たち。中には畳の上に突っ伏してしまう者もいる。


 俺はそんな者たちの眼前を悠々と通りすぎて上座に向かった。俺の後ろにはこのことを予測していたらしいクライアとウルスラが、さして驚いた様子もなく付き従っている。


 さらにその後ろには頭に布を巻いたカガリもいるのだが、旗士たちにはその正体をいぶかしむ余裕もないようだ。


 さすがに旗将や副将たちは床に手をついていなかったが、それでも顔を歪ませている者は多い。表情を変えずに俺のけいを受け流しているのは双璧くらいのものである。


 もっとも、双璧も表情こそ変えていなかったが、額にはわずかに汗をにじませていた。


 俺はいつも父が座っていた当主の席に無造作に腰を下ろすと、ここでけいの放出を止める。


 そして、肩で息をする旗士たちに向けて傲然ごうぜんと告げた。



「この程度のけいで呼吸を乱す者は、初めからおとなしく頭を下げていろ。いちいち無礼を咎めるのも面倒だ」



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