159話 移住計画
俺が父である剣聖を打ち破り、次の御剣家当主に擬されたと伝えたとき、中山四兄弟の反応は様々だった。
アズマは感心したようにうなずき、ドーガは難しい顔でうなり、ハクロは思慮深い目でじっと俺を見つめてくる。すでに事の次第を知っていたカガリは、頭の後ろで両手を組んで兄たちの反応をニヤニヤしながら眺めていた。
なお、青林旗士の面々の反応も様々で、クライアは帰ってきた俺の顔を一目見るや涙目になり、それからずっと俺の傍らから離れようとしない。俺が父との戦いの顛末を語っているときも、次期当主になるかもしれないと話しているときも、迷子の子供のようにこちらの袖をずっと握りしめていた。
ウルスラはクライアほどあからさまではなかったが、それでも俺が生きて帰ってきたことを喜んでいることが伝わってくる。こちらに向けられた微笑みは俺が照れてしまうくらい綺麗だった。
まあ、今回は戦う相手が相手だったから、先の別れが今生の別れになっていても何の不思議もなかった。むしろ、そうなる可能性の方が高かっただろう。その意味ではふたりの反応はごく自然なものだった。
父と戦えることを喜ぶばかりで、彼女たちの不安や焦燥にまったく気づかなかった俺の方が不自然なのだ。
カガリのように俺と一緒に行動していれば、多少はクライアたちの不安もやわらいだかもしれないが、今回ふたりは俺の判断で留守番役だった。これはふたりを心配してのことだったが、今にして思えば、父との戦いに集中するためにふたりを遠ざけておきたい――そんな意思が働いていなかったとは言い切れない。
実際、父との戦いの最中にギルモアなりディアルトなりが、ベルヒ家を裏切ったクライアに斬りかかりでもしたら、俺は間違いなくそちらに気を取られてしまっただろう。
ウルスラにしても、父親を殺された件で俺の父に問いただしたいことがあったはず。そのことを意識して父を殺さないように戦っていれば、勝敗の天秤はあっさりひっくり返っていたかもしれない。
その意味で二人を鬼界に置いていった俺の判断は正しかった。ただ、私的な理由でクライアたちに不安を強いたのは事実だから、その尻ぬぐいはしっかりしなければならない。後で俺に何かしてほしいことがないか聞いておこう。
残るひとり、クリムトについては特に何もない。俺はクリムトの行動については何も口出ししなかったからだ。姉と共に鬼界に残ると決めたのはクリムト自身である。なお、俺が御剣家の当主になるかもしれないと知ったとき、クリムトは酢でも飲んだような顔をしていたが、それがいかなる感情によるものかは不明である。
そうして一通りの説明を終えた俺は、アズマたちと今後の目標のすり合わせをおこなった。
今回の戦いで鬼門開放の成算は立った。御剣家が俺の当主就任を認めればそれでよし、仮に認めなくても剣聖を欠いた御剣家に負けるつもりはない。反対派を叩き潰して当主になることは可能だし、当主とか無視して力ずくで鬼門を開け放ってもよい。
鬼人族は鬼界の外に出ることができるのである。
問題は鬼門を出た後にどうするか、だ。
中山王アズマは同族を鬼界から解放した後、人間との融和を考えている。アズマが何かと俺を厚遇してくれるのは、御剣家の人間でありながら鬼人に偏見を持たない俺を人間との交渉に役立てようと考えているからだ。
俺としてもアズマの構想に乗ることに抵抗はない。アズマたち四兄弟には色々と世話になった。父を超えることができたのは、間違いなく彼らの協力のおかげである。その恩返しと思えば、協力のひとつやふたつ惜しむものではない。
ただ、一口に融和といっても色々ある。一番単純な解決方法は柊都で人間と鬼人が仲良く暮らすことだが――これは間違いなく不可能である。三百年間敵対し続けてきた者たちが一朝一夕で融和できるとは思えないし、それ以前に、柊都には何千何万という鬼人族を受けいれるだけの土地も食料もないのだ。
住民を大陸に追放して柊都を占拠する手もないことはないが、俺が当主になって命令したとしても、住民が大人しく島から退去するとは思えない。追放後の生活が何ひとつ保障されていないのだから当たり前だ。
くわえて、島の全住民を大陸に送り出すために必要な時間と手間を考えれば、この案は机上の空論と言うしかない。
以上のことから、鬼人族を柊都に移住させることは極めて困難であると判断せざるをえない。
ではどうすればいいのか。
俺が考えたのは鬼人族を島外に移住させることだった。
具体的に言えばティティスの森に連れていくのである。万単位の鬼人族を受けいれられる都市など大陸のどこにも存在しない。だから、自分たちでつくりあげる。一国に匹敵する面積を持つティティスの森は、鬼人都市を建設するための格好の用地だった。
もちろん問題はある。それはもう山ほどある。
ティティスの森はカナリア王国の領土であり、鬼人族を移住させるためには王国の許可を得なければならない。それがどれだけ大変なことかは考えるまでもないだろう。
鬼ヶ島から遠く離れた森(龍穴あり、魔物あり、ヒュドラの毒あり)への移住をどうやって鬼人たちに了承してもらうのか、という問題もある。
仮にそれらの問題を解決して移住が可能になったとしても、今度はアドアステラ帝国の領内を横断する許可を得なければならない。これも面倒な交渉になるのは目に見えている。
他にも移住に必要な食料の調達や、都市建設に要する資材の確保などなど、解決しなければならない問題は高山のごとく積み重なっている。それらを解決するためには一ヶ月や二ヵ月ではとうてい足りない。どれだけ少なく見積もっても一年はかかるだろう。
それもすべてがうまくいったと仮定しての話であり、実際は十年かかっても終わらないかもしれない。
考えるだに大変な話である。いくら四兄弟に恩があるとはいえ、そこまでこの問題に関わる必要があるのか、という思いもないわけではない。
ただ、幸か不幸か、父を超えるという宿願を果たした今の俺にはこれといった目的がない。確たる目的もないまま無為に日々を過ごすよりは、これまで私欲に走った尻ぬぐいもかねて、鬼人と人間の融和のために奔走するのも悪くない。
それに、と俺は鬼界で知った過去の出来事を思い出す。
三百年前、ソフィア・アズライトに与して鬼人族を滅亡寸前まで追い込んだ御剣家の始祖御剣一真。彼の願いが何であったかは幻想一刀流の最後の型が「屠龍」であることから容易に察することができる。
これまで父を含めた歴代の御剣家当主は、三百年前の真相を知りながら始祖の願いをかなえることができなかった。
ソフィアを滅ぼし、龍を討ち、鬼人に安住の地を与えることができれば、俺は剣士としての父のみならず、当主としての父をも超えたことになる。そう思えば、やる気も湧いて出ようというものだ。
なにより、俺が鬼人と御剣家に関わっていれば、そのうちソフィアが最期に口にしていた今代の滅びとその神子とやらも動き出すに違いない。
俺はそう考えて、わずかに唇の端を吊りあげた。
「それで空――いえ、御館様。昨日のお話、実際のところどの程度成算がおありなのですか?」
明けて翌日、俺は鹿爪らしい顔をしたウルスラからやたら丁寧に問いかけられた。
昨日のお話というのは鬼人族のティティス移住計画のことだろう。昨夜は父と戦った疲労もあって、おおまかな説明をしただけですぐに眠ってしまったから、ウルスラが詳細を聞きたいと思うのは当然のことだった。
やたらと堅苦しい御館様呼びについては――ウルスラなりの諧謔だろう、たぶん。
なお、クライアは俺が起きたときから枕元に控えており、当然この場にもいる。一晩中寝ずの番を務めてくれたのだ。
それを知ったとき、俺は「そこまで警戒する必要はないのに」と言いかけたが、実のところ、一概にそうとも言い切れなかった。
鬼人族にしてみれば、鬼門奪取の最大の障害であった剣聖が敗れた今、その剣聖を破った俺を除いてしまえば人間との戦いで絶対的な優位に立てる。
俺はここまで鬼人族に協力してきたが、御剣家の人間であることも事実。俺を信用できないと考えて排除をたくらむ鬼人がいても不思議はない。
それ以外にも、ソフィア教皇を討った俺を恨む光神教徒が襲ってくる可能性もある。クライアはそういった者たちを警戒してくれたのだ。もちろんお礼はちゃんと言っておいた。
で、そのクライアも移住計画の詳細は気になっていたらしく、ウルスラと一緒に真剣な表情で俺を見つめている。不寝番をしていたのだから寝てもいいとは言ったのだが、俺から話を聞くまでは意地でも眠りませんという顔をしていた。
……もしかしたら、また留守番をさせられて俺と別行動になるのではないかと警戒しているのかもしんない。こういうのも身から出た錆というのだろうか。
まあ今回はクライアを置いていくつもりはないので、クライアが話を聞きたいというなら聞いてもらって一向にかまわない。
そんなことを考えながら、俺はウルスラの問いに答えた。
「成算については、まあそれなりと言ったところか。まずティティスの森に鬼人を移住させる許可を得る件だが、いつ幻想種が出現してもおかしくない森を管理したがる王族や貴族がいるとは思えない。竜殺しである俺が手をあげれば、カナリア王国は喜んで管理を任せてくれるはずだ」
もともとあの国は竜殺しである俺に爵位を与えて懐柔しようとしていたから、カナリア王国に仕える代わりにティティスの森を俺の領地にしてもらうという手もある。
普段であればこんな要求が通るはずはないが、前述したとおり、今のティティスの森はいつ幻想種が出現するかわからない状態にある。それはつまり、いつ第二第三の魔獣暴走が起きても不思議はないということだ。
俺をティティスの領主と認めれば、それらの対処をまとめて竜殺しに押しつけることができるのである。俺の要求が通る可能性は十分にあるだろう。
それに、今あの国は咲耶皇女がいる――いや、もうアザール王太子との婚儀はとっくに終わっているだろうから、咲耶皇女ではなく咲耶妃だな。
咲耶妃は弟の紫苑皇子を守るために、俺という戦力を欲している様子だった。帝国内で変事が起きたときは紫苑皇子に味方すると約束すれば、ティティスの件でも力になってくれるに違いない。
そうやって領主に就任してしまえば後は簡単だ。移住者の招致は領主の権限。俺は大手をふって鬼人族を領地に招くことができる。文句を言われたら、幻想種や魔獣暴走に備えて戦力を増強している、とでも言えば貴族たちは何も言えまい。
それを聞いたウルスラが小首をかしげて問いかけてきた。
「ですが、御館様は御剣家の当主に――帝国貴族におなりになるのでしょう? その御館様をカナリア王国が自国の貴族として迎え入れるでしょうか?」
「俺が帝国貴族になるからこそ、カナリア王国は俺の要求を拒めないのさ。なにせ、拒んだら竜殺しが帝国に与することが確定してしまうからな」
アザール王太子と咲耶妃の婚儀が成立したとはいえ、カナリア国内にはアドアステラ帝国に対する根強い反発がある。カナリア王国の住民である俺が、帝国最強たる剣聖を打ち破ったと知れば喜ぶ者も多いだろう。
竜殺しにして剣聖たる俺の存在は帝国に対する抑止力にもなりえる。その俺に帝国に去られるのはカナリア王国にとって是が非でも避けたいに違いない。
俺がそう説明すると、今度はクライアが口をひらいた。
「空様、帝国はどのように考えますでしょうか? 御剣家の当主が他国の貴族を兼ねることを陛下や中央貴族が認めるとは思えないのですが……」
「認めないなら俺はカナリア貴族になるだけだ。そして力ずくで帝国領を横断する。帝国の正規兵では俺の勁圧に耐えきれないから、無傷で帝国領を通ることは難しくない。そうなればアドアステラ帝国の威信は地に落ちる。ただでさえ皇帝と皇太子、中央貴族と東部貴族で揉めているところだから、これ以上の火種を抱え込むのは避けたいだろう」
自国の貴族に許可を与えて国内を横断させる分には何の問題もない。だが、許可を与えていない他国の貴族に力ずくで国内を横断されたとあっては臣民に示しがつかない。周辺諸国も帝国の失態を嗤うだろう。
それを避けようと思えば、帝国は俺の当主就任を認めざるをえないのである。
それを聞いたウルスラが再び口をひらく。
「御館様。共通の敵を前に帝国貴族たちが団結したらどうなさいますか? そこに御館様の当主就任に反対する旗士たちが加われば厄介なことになります」
「なに、そうなったらやっぱり力ずくで切り抜ければいいさ。なんなら俺が帝都に乗り込んで皇帝や皇太子と直談判してもいい――ところでウルスラ、その小芝居、いつまで続けるつもりなんだ?」
「小芝居とは心外です。先の御館様が後を託した方に敬意を払っているだけですのに」
そう言ってウルスラはつつっと俺から視線をそらしてしまう。
それを見た俺は、はて、と内心で首をかしげる。やたらと丁寧なウルスラの言動は冗談の類かと思っていたが、どうもそういう感じではない。
俺が父を討ったことに対する婉曲的な抗議、というわけでもないようだ。
不思議に思っていると、不意にくすくすという笑いが聞こえてきた。俺がそちらに視線を向けると、笑いの主であるクライアは何やら楽しそうに微笑んでいた。
「空様、ウルスラは照れているのですよ」
「照れる? 何に?」
「もちろん空様に、です。鬼ヶ島から戻られた空様はとても男前が上がっていますから」
まったく予期せぬことを言われた俺は、ぽかんと口をあける。たぶん今の俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているに違いない。
これも何かの冗談かと思ってウルスラを見やると、ウルスラは相変わらず俺から目をそらしたまま頬を赤くしている。よく見れば耳もちょっと赤くなっていた。
いや、そんなまっすぐな反応を返されても困るのだが……ああ、そういえばカガリが俺の雰囲気が変わった的なことを言っていたが、それのことか?
まったく自覚はないのだが、ウルスラが照れるほどの変化があったのだとすれば驚きである。
とはいえ、面と向かって確かめるわけにもいかない。「俺ってそんなに男前になったか?」とかどんな顔をして尋ねればいいのか。
言葉に詰まった俺はぼりぼりと頭をかいて視線を明後日の方に向ける。
そんな俺を見て、クライアはまた楽しそうにくすくすと微笑んだ。




