表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
300/323

158話 別れの挨拶


 ゆっくりと式部に近づいていたアヤカは、もう少しで刀の間合いに入るという所でぴたりと足を止める。


 その場で腰の刀を鞘ごと引き抜いたアヤカは、静かに腰をおろすと刀を脇に置いて正座した。そして、眠っている式部に向けてうやうやしくこうべを垂れる。


 すると、眠っているはずの式部の口がわずかに動いた。



「――アヤカか」


「はい、御館様」


「何用だ?」



 式部が初めから目覚めていたのか、それとも部屋に入ってきたアヤカの気配で目を覚ましたのかはわからない。いずれにせよ、式部の声は明晰めいせきであり、寝ぼけている気配もなければ空との戦闘による消耗も感じられなかった。


 むしろ、今の式部は日頃端然(たんぜん)と当主の座にすわっているときよりも、声に張りがあるように感じられる。


 とても同源存在アニマを失った直後だとは思えない――そう内心でつぶやきながら、アヤカは言葉を続けた。



「本日をもちまして御剣家を致仕ちしいたしたく、お許しをいただきに参りました」


「よかろう、許す」



 アヤカなりに緊張もし、覚悟も決めて放った言葉は、拍子抜けするほどあっさりと認められた。


 この瞬間、アヤカは御剣家嫡男の許嫁としての立場と、青林第二旗第三位の旗士としての地位を返上したのである。



「ありがとうございます」


「長きにわたる当家への忠誠と尽力に報いるため、島外への退去にともなう封印の儀はおこなわぬこととする。これまで大儀であった」



 封印の儀とは御剣家を致仕する青林旗士にほどこされる措置のことである。


 当主の許可なく島外に出た旗士は島抜けの罪に問われて殺される。一方、当主の許可を得て島外に去る旗士は、二度と幻想一刀流が使用できないよう拳を砕かれた上で、幻想一刀流に関する情報を口外できないよう呪術的な封印をほどこされる。


 式部はアヤカに対して、その措置を免ずると告げたのだ。


 それを聞いたアヤカは、今度は「ありがとうございます」とは言わなかった。伏せていた顔をあげると、わずかに眉根を寄せて横たわったままの式部を見やる。



「……よろしいのですか? 私が浄世じょうせいであることはご承知のはず」


「知っている。そなたがそのくびきからのがれようとしていることも、そのための力を欲して旗士を志したこともな。龍に見初みそめられた娘よ」


「……ッ」



 思わずアヤカは息を呑む。


 式部に自分の目的を見抜かれていることは察していた。だが、式部の言葉はそもそもの初めからアヤカの事情を見抜いていたことを意味している。


 アヤカは改めて眼前で横たわる式部に目を向けた。


 剣聖として長らく世界最強の座に君臨してきた式部は、三百年前の真実を知る数少ない人間のひとりだ。その意味では浄世の徒――かみによる人類粛清を肯定する者たち――に近いと言える。


 もっと言えば、式部を筆頭とする御剣家こそ浄世を成し遂げるための最大戦力であった。ソフィア・アズライトはそのために御剣家を選び、幻想一刀流という武力を後世に継承させたのである。少なくとも、アヤカの実家であるアズライト家はそう考えていた。


 直接確認したわけではないが、カーネリアス家やパラディース家、それにアドアステラ皇家も同じように考えているだろう、とアヤカは推測している。


 三名門が競って御剣家に直系の子女を送り込む理由のひとつはここにある。浄世の徒と言っても、龍によって粛清されることを望んでいるわけではない。中にはそういう狂信的な人物もいないわけではないが、大半は龍を信奉することで粛清を免れようと考えている人たちだ。王侯貴族の中には粛清後の世界で権力を握ろうと画策している者も少なくない。


 そういう者たちにとって、御剣家とよしみを結んでおくことは大きな意味を持つのである。


 もっとも式部がそのよしみに価値を見出すかはまた別の話だ。


 もともと、幻想一刀流という武力を有する御剣家の力は浄世を肯定する勢力の中でも群を抜いていた。そして、その傾向は式部の代になってからますますけんちょになっている。


 当主である式部はもちろんのこと、配下の双璧も世が世であれば剣聖として最強の名をほしいままにしている達人だ。他の旗将副将にしても一騎当千の強者つわものぞろい。それに加えて黄金世代をはじめとした若手の台頭もいちじるしい。


 現在の青林八旗の戦力は歴代の八旗と比べても抜きん出ており、その戦力の充実ぶりは他の浄世勢力にとって頼もしい以上に恐ろしいものだった。


 式部率いる御剣家が浄世を果たすための大きな力になるのは間違いない。だが、もし式部が浄世勢力に反旗をひるがえせば、御剣家の力は浄世を阻む巨大な障害に一変してしまう。


 それはつまり、浄世が成るも成らぬも式部次第ということである。


 これまで式部はことさら浄世を邪魔しようとはしなかったが、かといって熱心に協力することもなく、その態度は「言われたら動く」という消極的なものだった。


 このことから式部の心底を疑う浄世の徒も少なくない。


 実際、アヤカも式部を監視するよう命令を受けているし、あまりに大きすぎる式部の影響力を危惧して「可能であれば排除せよ」という密命も与えられている。


 式部が同源存在アニマを失った今の状況は排除の絶好の機会であった。少なくとも、アヤカの上はそう判断するに違いない。


 アヤカ自身、実行するかしないかは別にして、そういう思いがないわけではなかった。


 だが、その思いはこうして式部と対峙した瞬間に霧散している。


 ――我知らず、アヤカの背筋がぞくりと震える。


 確かに単純な強さでいうなら昨日までの式部の方が上だ。


 だが、どちらが怖いかと問われれば、アヤカはいま目の前にいる式部を選ぶ。


 何かにんだように当主の座にすわっている式部より、布団に横になりながら声を弾ませている式部の方がずっと怖い。仮にここで式部を斬るために心装を抜けば、次の瞬間、自分の首と胴は離れ離れになっているに違いない、とアヤカは確信していた。


 もし式部が致仕を認めなければ、あるいは致仕は認めても封印の儀をほどこそうとすれば、アヤカは式部に刀を向けていただろう。


 ソフィア・アズライトが滅び、三百年前に現界した龍が討伐されたことで、アヤカには()()()()帰還命令が下っている。これ以上御剣家に留まることはできないし、戦う力を失うことも許容できない。式部がそれらを為そうとするなら戦うしかなかった。


 しかし、式部はアヤカに致仕を許し、封印の儀も免じてくれた。であれば、あえて式部と戦う必要はない。いちおうアヤカには「可能であれば式部を排除せよ」という密命が与えられているが、前述したように今の式部を討つことはアヤカにとって不可能に近い。


 いて言うなら、全力で距離をとって遠距離から空装を叩き込むという手段があるが、それをすれば仮に式部を討ち取ることができても、大広間で喧々囂々(けんけんごうごう)の議論を繰り広げている旗士たちが殺到してきて、主君をしいしたアヤカの全身を切り刻むだろう。


 アヤカは浄世のために命を捨てるつもりなど微塵もなかった。


 だから、ここで式部と戦う必要もなければ意思もない。これまで世話になった礼を述べて退出すればよい。アヤカはそう思い、実際にそう行動しようとした。


 だが、アヤカの口は本人の意思を裏切り、ひとつの問いを口走る。



「最後にお尋ねいたします。御館様はそらに何をさせるおつもりなのですか?」



 様々な思いを込めて放った問いに対し、式部は迷う素振りも見せずに応じる。



「空が何をするかは空が決めること。この身の考えを知ったところで意味はあるまい」


「……過去のしがらみに縛られていない空に御剣家を継がせることで、浄世を阻もうとしているわけではない。そう理解してよろしいですか?」


「言わでものこと」



 それを聞いたアヤカは式部の言葉の意味を探るように少しだけ目をつむる。


 ややあって目をあけたアヤカは、もう一度式部に深々と頭を下げてから、脇に置いておいた刀を手にとって立ち上がった。


 そのまま廊下に通じるふすままで歩いたアヤカは、襖を開く前にもう一度式部に頭を下げてから当主の間を出る。


 無人の廊下をひとり歩くアヤカの眼差しがふと上空に向けられた。視線の先にはぎんを敷きつめたような冬の星空が広がっている。


 しばらくの間、アヤカ・アズライトはそうやって星空を見つめていた。声もなく、何かを探し求めるかのように、じっと星空を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i000000
反逆のソウルイーター第8巻7月14日発売
ご購入はこちらから(出版社のTwitterに飛びます)
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ