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149話 奥伝、奥伝、奥伝


「幻想一刀流奥伝(おうでん) けんかた あまつるぎ



 空高く飛んだ式部は、八卦はっけの中でも最強とされる奥伝おうでんけいを空に叩きつけた。


 先刻ラグナが使った技と同じだが、その威力と切れはとうていラグナの及ぶところではない。ラグナの勁技けいぎは心装抜きで防いだ空であったが、式部に対しては全力の防御をいられる。


 その空の横合いから光の人型がおどりかかり、至近距離から剣を振るった。青く燃え盛る炎を敵に叩きつけるその一刀は、望めば御剣邸を、そしてそこに住む者たちを一瞬で焼却しょうきゃくできる灼熱しゃくねつの斬撃である。



『幻想一刀流奥伝 かた いか



 式部のものとも、空のものとも異なる男性の声が響きわたる。その声は透きとおるように美しい反面、抑揚(よくよう)に欠けており、どこか非人間的な印象を与える。


 それも当然かもしれない。何故といって、その声は式部の分け身たる人型――光神バルドルのものだったからだ。人間味に欠けるのは当たり前であろう。


 空は光神バルドルの声を聞いて反射的に顔を歪めた。

 

 式部のけんかたを防いでいた空に、光神バルドルかたかわすべはない。かわせないのなら、受けとめるしかなかった。



「ちッ!」



 音高く舌打ちした空は、けんかたを受けとめるために両手で握っていた心装のつかから左手を離し、光神バルドルが放ったかたを素手で受けとめる。


 空は素手でラグナやルキウスの攻撃を受けとめたのだ、まったくの無謀というわけではなかった――もっとも、空自身完璧(かんぺき)に防げるとは思っていない。ほんの数秒であっても光神バルドルの斬撃を止められればそれでよかった。


 結果、空の防壁は光神バルドルの攻撃に対して二秒の時間を稼ぐことに成功する。それを「二秒も持った」と形容すべきか、「二秒しか持たなかった」と形容すべきかは空自身にもわからなかった。



「ぬ、ぐ……ッ!」



 青炎によってけいの防壁は瞬く間に溶け、左の手指が蒸発する。その蒸発が左腕全体に及ぶ前に、空は仕合場の床を全力で蹴りつけて後方に飛んだ。


 ガズンッ! と爆発するような音を立てて地面が砕かれ、仕合場に土煙がたちこめる。けいを込めた空の跳躍に地面の方が耐えられなかったのだ。


 同時に、これは空の狙い通りでもあった。剣聖相手に多少の土煙を立てたところで煙幕えんまくの代わりにはならないだろうが、多少なりとも――それこそ一秒の半分の半分でも敵の動きを牽制けんせいできたらしめたものだ。


 それに、視界を塞がれた光神バルドルがどのように動くかを見定める目的もあった。光神バルドルが剣聖の動きに追従しているのではなく、自らの意思で動いているのなら、何らかの手段で外界の様子を確認しているはず。土煙が立ち込める中で正確に空の居場所をつかめるのなら、視覚以外の感覚も働いていると判断できる。


 空はそんなことを考えながらかたで焼却された左手を復元させた。そしてもうひとつ、右肩からざっくりと胸元まで切り裂かれた傷も復元させる。


 鎖骨を撃砕げきさいし、心臓近くまで空の身体をえぐったこの斬撃は、式部のけんかたによるものだった。空は光神バルドルの攻撃を防ぐために左手を犠牲にした。結果、けんかたを右手一本で防ぐことになり、後方に飛ぶ寸前、式部の斬撃を抑えきれずに右肩に一太刀()びせられていたのである。


 手と肩の傷を瞬時に癒した空を見て、周囲の旗士たちからどよめきが起こる。


 この場にいる旗士の多くは、過日の空とドーガの戦いを南天砦なんてんさいから遠望しており、空が高度な治癒能力を持っていることを知っていた。だがそれでも、蒸発した左手や心臓間近まで迫った致命傷を瞬きの間に治してしまう空を見て驚愕を禁じ得ずにいる。


 旗士たちの目には、空の治癒能力は不死の領域に足を踏み込んでいると映っていた。驚くな、という方が無理であろう。


 ただ、すべての旗士が驚きに打たれたわけではない。今まさに空と刃を交えている式部もそのひとりだった。


 先刻、式部が虚喰こくうを霧散させたことを空がまったく驚かなかったように、式部は空が二重奥伝(おうでん)しのいだことをまったく驚かなかった。


 正確に空の能力を把握していたのか、あるいはこの程度で空が倒れるはずがないと確信していたのかはわからない。


 いずれにせよ、式部は一瞬の遅滞もなく土煙に飛び込み、次の瞬間、土煙を裂いて空の眼前に躍り出る。空が期待した牽制の効果は微塵みじんもなかった。


 そして、式部は再び奥伝を解き放つ。


 いや、式部だけではない。式部と同時に光神バルドルも次なる奥伝を繰り出していた。



「幻想一刀流奥伝 そんかた くるかぜ


『幻想一刀流奥伝 そんかた くるかぜ



 二つの声が一つの技名を口にし、倍加されたそんかたが空へと襲いかかる。


 至近距離からすくい上げるように放たれた暴風の刃は、空の身体を枯れ枝のように宙高く吹き飛ばした。





「ハハハハハハッ! 二人に増えるとか、なんつうデタラメだよ!」



 竜巻のごとき突風に翻弄ほんろうされながら、空は柊都しゅうとの上空で哄笑する。


 空中で止まろうと思えば止まれたが、空はあえて飛ばされるにまかせていた。御剣邸の仕合場は式部と戦うには狭すぎる。かといって柊都しゅうとの街中で勁技けいぎを打ち合うわけにもいかない。へたをすれば勁圧けいあつだけで死人が出てしまう。


 式部がそこまで考えてそんかたを使ったのかどうかは知らないが、柊都しゅうとの外まで飛ばされるのは空にとっても望むところだった。


 ただ、それはそれとして父の分け身には笑わざるを得ない、と空は思う。


 式部に挑む以上、空にも勝算はあった。十中八九――いや、十のうち十まで計算どおりには行くまいと覚悟していたが、それでも勝算はあったのだ。


 だが、その勝算も式部が心装の能力で光神バルドルを生み出した時点でご破算になった。


 けいの圧、技の冴え、いずれも式部とまったくまさおとりのない存在が出現するなど予測しようがない。一対一を前提として立てた勝算など、二対一になってしまえば何の意味もなかった。


 式部を超えることを念願とする空にしてみれば、絶望にうちひしがれても不思議はない状況である。


 だが、空の口から出てくるのは笑いばかりだった。


 ことさら虚勢を張っているわけではない。心装なしで虚喰こくうを防がれたときもそうだったが、式部が力を示せば示すほどに空は嬉しくてたまらなくなる。


 己が立てた勝算など歯牙にもかけない姿に、これこそ剣聖であるという畏敬の念と、その剣聖を超えてみせるという闘志が湧き立つのだ。


 そんな空をさらに高ぶらせようとするかのように、真上から光り輝く人型が高々と武器を掲げて強襲してくる。そんかたの重ね技で空を吹き飛ばした光神バルドルが、はや追いついてきたのだ。



『幻想一刀流奥伝 しんかた 神鳴かみなり



 もはや見慣れた感さえあるその奥伝を、空は右手に持った心装で受けとめた。凄まじい衝撃が心装ごと空を地面に叩き落とそうとする。


 空中にけいで足場をつくって踏ん張ることもできたが、空はあえて落ちるに任せた。そして、すぐに来るであろう式部の攻撃に意識を集中させる。


 直後、これから落ちようとしている地上からその攻撃は襲ってきた。



「幻想一刀流奥伝 こんかた くにほこ



 式部が剣先で地面をえぐりながら刀を振るうや、地面を割って尖塔せんとうを思わせる巨大なほこがあらわれた。矛はまるでそれ自体が意思を持っているように、空を串刺しにせんと目にもとまらぬ速さで宙に伸びていく。


 こんが象徴するものは地、すなわち くにほことはけいを用いてつくった土の矛である。


 空はかたで燃やされた左手も、けんかたで断ち割られた肩の傷も即座に癒したが、実体を持つ土矛で身体を串刺しにされてしまえば復元も意味をなさない。


 式部が戦いの場所を柊都しゅうとの外に移した理由のひとつは、こんかたを使うためだったのだろう。御剣邸の仕合場でこの技を使えば、大きく割れた地面に邸宅が呑まれてしまいかねない。


 この式部の攻撃に対し、空の反応は速かった。



「我が敵に死の抱擁を――火炎姫」



 地面に落下しながら左手を真横に突き出し、第五(けん)の火魔法を行使する。


 最近ではほとんど使うことがなくなった魔法であるが、けいとはすなわち個人の魔力(オド)のことである。けいの扱いに熟達した今の空が魔法を行使すればどうなるか。


 生み出された炎の腕の数は十を大きく超えた。その数も、炎の腕の太さも、以前とは比べ物にならない。そして、魔法によって生じる反動も以前とは比較にならなかった。


 火炎姫を撃った反動によって、落下途中だった空の身体は弾けるように軌道を変える。これにより、空めがけて伸びてきたくにほこは標的を見失ってむなしく何もない空間を貫いた。


 小さく呼気こきを吐き出しつつ、けいで宙に足場をつくって体勢をととのえようとする空。


 だが、敵は空に主導権を与えるつもりはちりほどもないらしい。このとき、すでに上空の光神バルドルは次撃を放つ体勢に移っていた。



『幻想一刀流奥伝 かんかた しかみず



 えるような轟音と共に、水竜のごとき水のかたまりが空へと襲いかかる。


 御剣邸どころか柊都しゅうとそのものを押し流しかねない膨大な水量は大河の氾濫はんらんに等しく、まともに受けるのは自殺行為だった。


 くわえて、水中で窒息ちっそくしてしまえば復元能力も役に立たない。


 またしても逃げをいられた空に対し、式部はその動きを押さえにかかった。



「幻想一刀流奥伝 かた 八千やちまなこ



 その勁技けいぎはこれまでのものとは違い、直接的な攻撃力があるわけではなかった。


 だが、脅威という意味では他の勁技けいぎにまったく劣らず、むしろ他の奥伝よりも優っていたかもしれない。



「ぐッ!?」



 光神バルドルの攻撃をかわそうとした空は、自身の身体が目に見えない何かで覆われていることに気づく。


 動けないわけではない。だが、手足の動きは泥中でいちゅう藻掻もがいているようにのろく、しかも強引に動かせば動かすほど見えざる拘束は強くなっていく。


 あたかも底なし沼にはまった動物のように、あるいは蜘蛛の糸に絡まった虫のように、空は動きを封じられた。


 そこに光神バルドルが放ったかんかたが襲いかかり、空はひとたまりもなく激流に飲み込まれてしまう。


 身動きを封じられたところに奥伝の直撃を受けたのだ。空にあらがう術はなく、ほとんど一瞬で地面に叩きつけられた。


 のみならず、滝のごとく上空から襲い来るしかみずの圧力によって地面に縫いとめられてしまう。空以外の旗士きしであったなら、この時点で水圧によって全身がひしゃげ、踏みつぶされたかえるのごとき有様になっていたに違いない。


 空にはまだ息があった。だが、しかみず八千やちまなこ、ふたつの奥伝おうでんによって痛めつけられ、締め付けられた身体は容易に動かない。このままでは遠からず圧死するか、溺死するか、いずれにせよろくでもない結末が待っているのは間違いなかった。


 自らを取り巻く現状を正確に認識した空は、激流の底で不敵に笑う。


 ――まったく、清々(すがすが)しいほどに手も足も出ないな。


 鬼界での修行やそれ以前の努力が無駄であった、とは空は思わない。無駄どころか、それらがあったからこそ曲がりなりにも式部と戦えていると分かっている。


 ただ、そうと分かっていても、さすがにここまでやられっぱなしだと笑ってばかりもいられない。


 空はかんかたの水圧に耐えながら唇の端を吊りあげた。


 そして心の中でその言葉を呟く。



 ――四劫しこういちせい



 けいは鬼人族に伝わる秘伝の技であり、四劫しこうはその奥義である。空は鬼界で修得した切り札の一枚をここで切った。


 途端、空のけいが凄まじい勢いで増大しはじめる。


 『せい』とは心の臓を活性化させることで、一時的にけいを増大させる奥義である。倍増とはいかないまでもそれに近い効果を期待できる。


 その有用性は語るまでもないが、むろんと言うべきか、何の対価もなしに使える技ではなかった。


 活性化と言えば聞こえはいいが、その実態は暴走に近い。例えて言えば、心臓をわし掴みにして激しく揉みしだき、それによって全身に送り込む血の量を瞬間的に増やすようなものである。


 限界を超えて急激に上昇したけいは身体に強い負担をかける。酷使された心臓自体のダメージも軽視できない。長時間の使用によって心臓が傷つけば、勁を用いた戦闘はおろか、日常生活を送ることさえ難しくなる。へたをすれば命を落としてしまうかもしれない。


 空には復元能力があるが、その能力が心臓に及ぶという保証はない。『せい』はたしかに切り札であるが、可能なかぎり使ってはならない切り札でもあった。たとえ相手が剣聖であったとしても、である。


 だが、式部の心装を前にそんな悠長なことは言っていられなかった。このまま式部と光神バルドルのふたりがかりで攻め立てられたら、遠からず心臓ごと身体を断ち割られてしまうのは目に見えているのだから。



「があああああああああッ!!」



 空が咆哮ほうこうと共に勁を四方に解き放つと、はじめに八千やちまなこの拘束が解け、次いで頭上から降り注ぐしかみずが逆流するように逆巻きはじめる。


 同時に、空の血肉がたぎるように熱を帯び、生きながら焼かれる激痛が全身を貫いた。けいの増大という利益メリットと引き換えに引き受けなければならない『せい』の不利益デメリット


 この痛みは戦闘に明確な制限時間をもうける。加えて、心臓にかかる負担を最小限におさえるためにも戦闘時間は極力短くしなければならない。


 短期決戦を選んだ空は、獣のように獰猛どうもうな笑みをひらめかせつつ、思いきり地面を蹴りつけた。



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