第二十七話 奴隷の権利
奴隷。
カナリア王国にも、アドアステラ帝国にも、それ以外のほとんどの国にも存在する最低階級。
奴隷制度を廃止しているのは南の聖王国くらいのものだろう。
その聖王国にしても、大陸の歴史と社会に深く根付いた奴隷制度の完全な廃止は難しく、所有や売買は半ば黙認されているという。
ただ、一口に奴隷といっても実態は様々である。
こんな笑い話がある。
とあるお金持ちのぼっちゃんが墓守として一人の奴隷を雇った。
ある日、ぼっちゃんは酒が飲みたくなって奴隷に買ってくるように命じた。
すると奴隷はこういった。私の仕事は墓守です。酒を買ってくることではありません、と。
ぼっちゃんはしぶしぶ自分で酒を買いにいった――という話だ。
これは奴隷にも一定の権利が認められており、主人といえどもそれを侵すことができないことを示している。
もうちょっと身近な例で言おう。
妙齢の少女が家族の借金を返すために奴隷商人の店の扉を叩く。
このとき、少女はどこまで自分を売るかを選ぶことができる。はっきりいえば貞操を売るか否かを選ぶことができる。
売らなければ、主人から性的な奉仕を要求されても拒否できるのだ。
ただ、その分、奴隷商人から得られる金が少なくなってしまうのは当然であった。
奴隷商人にしても、夜の生活を許す者と許さない者とでは売りやすさが異なってくるので、よほど他に際立った技能でもないかぎりは買い叩くか、そもそも取引を断ることもあった。
ひとたび奴隷にすれば、商人の側には買い取った奴隷の面倒を見る義務が生じる。
売れる見込みのない奴隷を長々と抱えておくほど無駄なことはないのだ。
俺が買った獣人奴隷シール・アルースについて言えば、彼女は奴隷商人にすべてを売った。
俺が夜の相手を求めても彼女は拒否できないわけだ。当然、これは買取金額に反映されている。
他にも、オセロット(ヤマネコ)の獣人であるシールの視力は魔法のごとく優れており、鼻も利く。木の上を猿のごとく駆けることも、水の中を魚のように泳ぐこともできる。
それでいて性格はまじめで素直。命令には従順で、伸びやかな肢体は起伏こそ少ないものの、野生美というべき清爽な魅力にあふれていた。
金貨三十枚を要求されても、まあ仕方ないかな、と思ってしまうくらいには魅力にあふれた少女だった。
……正直なところ、俺としては奴隷の質をうんぬんする気はなかった。
今回奴隷を買おうと思ったのは「喰う」ためではなく、とあるエルフをはめるため。
だから、奴隷商人に出した条件さえ満たされていれば誰でもかまわなかった。
最初はちょっと手荒に扱うことになるが、事が終わったら奴隷から解放してもいい。
そんな風に考えていたところ、紹介されたのがシールだったわけだ。
相手の顔を見た瞬間、心の奥がぞくぞくと震えるのを感じた。
その結果、俺は今、シールと同じ部屋にいるわけである。
そのシールだが、今は俺に膝枕をされた状態で「……あ……や……ひうぅ!?」という、なんとも色っぽい声を奏でている。
別にエロいことをしているわけではない。シールの頭にぴょこんと飛び出た小ぶりの猫耳をいじっているだけだ。
子供の頃、道場に住み着いた猫に似たようなことをしてやったなあ、と懐かしく思い出す。
まあ、あのときは問答無用で引っかかれて泣きべそをかいたのだけれども。
いきなり耳を触ったら、それは嫌がられるわな。
その点、なんでもありの奴隷少女なら何をやっても許されるというものだ、ふふふ。
「あ、あの……ご、ご主人さま……?」
「ん、なんだ?」
「あの、いつまで、これを……?」
「とりあえず日が昇るまで、かな。これから毎日するぞ」
「………………わたし、何かご機嫌を損じることをいたしましたか? それでしたら謝罪いたします」
「いや、まったくそんなことはない。むしろ、よくやってくれてると感謝してる。ただ――」
「た、ただ……?」
「俺は憔悴した女の子の顔を見て興奮する変態でな」
「え゛」
「自分の手で憔悴させたのなら、なおいい。ひどい主人に買われたと思って諦めてくれ」
そう言って、シールの腰のくびれあたりを軽くなでる。
いきなり、それまでとは別種の刺激を与えられて、シールの顔と身体がびくりとはね、ひときわ甘い声が室内に響いた。
そのことに気づき、シールの顔が真っ赤に染まる。
俺はそんなシールのやわらかい栗色の髪を左手で梳きつつ、右手で再び耳をまさぐった。
この夜、俺の宣言どおり、シールの甘い声は明け方まで部屋の空気を揺らし続けた。
その後、寝る間もなくティティスの森に出向いて薬草を採取する。宿に戻ってきたら、また膝の上に寝かせて耳や、時には尻尾も愛撫した。
次の日も、また次の日も、さらに次の日も、俺はそれを続けた。
そんな生活を続けていれば誰でも寝不足になる。寝不足になれば体力も衰え、体調も崩しやすくなる。
シールは目にくまを浮かべるようになり、こころなし頬もこけて見えた。
そんなシールを、俺はその日も森に連れ出した。同じ宿の冒険者や、宿の父娘からは「少しは休ませてやれ」と言われたが、そんな忠告は鼻で笑って無視をする。
そうして、イシュカの城門を出て森へ向かった俺たちの前に、四つの人影が立ちはだかる。
『隼の剣』の四人だった。




