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第百十九話 過去との再会


 カガリの戦車に乗って本殿に入ると、不意に身体が軽くなるのを感じた。鬼界に来てからこちら、ずっと身体を苛んできた瘴気しょうきが綺麗にかき消えたのである。


 それが本殿に張り巡らされた結界のおかげだということは、誰に聞くまでもなく理解できた。


 ちらとまわりを見れば、俺以外の面々も目に見えて顔色が良くなっている。特に負傷しているクリムトは顕著で、それを見たクライアは胸に手をあてて安堵の表情を浮かべていた。


 もうひとりの同行者であるウルスラはといえば、硬い表情を崩さずにひたと前を見据えている。父の仇である蔚塁うつるいの死、さらに方相氏そのものが滅んだと聞かされてから、ウルスラは難しい顔で考え込むことが増えていた。


 気にはなったが、事が事なだけに安易に踏み込むのはためらわれる。話をするにしても、クリムトの治療が終わってからにするべきだろう。


 その後、高司祭を名乗る人物に出迎えられた俺たちは、そのまま教皇が起居する大聖堂へ案内された。


 途中、都市の大通りとおぼしき場所を通ったが、露店のたぐいは出ておらず、通りを歩く人も数えるほどしかいない。静まり返った街並みはひどく陰気に映る。


 この陰気さは方相氏族滅にともなう混乱の影響なのか、それとも本殿という都市の特性なのか――そんなことを考えているうちに大聖堂に到着した。


 はじめて目の当たりにした大聖堂は、西都の中山王府よりもはるかに立派な建物だった。外観もそうだし、内部の造りや調度品も同様で、この一事だけで鬼界における光神教の立ち位置がわかる。


 一国をしのぐ財力と権威を抱え持つ教団組織。その最高指導者と対面するとなれば、さぞ煩雑はんざつな手続きや儀礼が必要となるに違いない、と俺は考えていた。


 しかし、この予想はすぐに裏切られることになる。



『皆様、よくお越しくださいました』



 案内役の高司祭に導かれるままに足を踏み入れた大聖堂の最奥、祈りの間。


 そこで俺たちを出迎えたのは、白い神官服を身にまとい、面紗ヴェールで顔を覆った人物だった。面紗ヴェール越しに発される声は少しかすれて聞こえる。



『この度は我が教団の信徒がご迷惑をおかけし、まことに申し訳ございませんでした。本来ならばこちらから出向かねばならないところ、こうして足を運んでいただいて感謝しております」



 そう言うと面紗ヴェールの人物が深々とこうべを垂れる。その動きにあわせて、左右に居並ぶ神官たちがそろって頭を下げた。彼ら彼女らの神官服を見ると、いずれも案内役の高司祭と同等、もしくはそれ以上のものに見える。おそらく教団を支える高位神官たちなのだろう。


 そして、そういった者たちを従えている面紗ヴェールの人物こそ、光神教の教皇であることは明白だろう。


 それはわかる。わからないのは――



「俺を見ている、のか?」



 俺は小声でつぶやいた。


 そう、こうしている今このときも、俺は面紗ヴェールの向こうからまっすぐに注がれる視線を感じていた。中山の王族であるカガリではなく、蔚塁うつるいに右腕を斬られたクリムトでもなく、ただ俺だけを見つめる眼差し。


 敵意を込めて、というわけではない。そういった刺々しさは感じられない。むしろ、まったくの逆だ。


 面紗ヴェール越しでも感じ取れるほどの色濃い好意。それが包み込むように、あるいは絡みつくように全身にまとわりついてきて、こちらの意識をとらえて離さない――いや、こちらが意識をそらすことを許さない。


 生き別れた恋人と再会したならばこうもなろうか、という濃密な感情を浴びせられ、俺は戸惑いを禁じえなかった。



◆◆



 その後、教皇はカガリに対して崋山の一件を深謝し、金銭や食料などの多大な補償をおこなうことを約束した。


 そして、すぐにクリムトの治療にとりかかる。


 四肢の欠損さえ癒す最高峰の神聖魔法『復元』。俺も話に聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだった。


 ――結果から言えば、魔法は成功した。上に「あっさりと」と付けてもいいくらいのあっけなさだった。


 これにより、クリムトは失った右腕を取り戻すことができたのである。



そら様、本当にありがとうございました!」



 もう何度目になるかもわからない礼の言葉を述べたのは、喜びで顔を真っ赤にしたクライア・ベルヒだった。


 右腕が復元した後、意識を失ったクリムトに付き添っていたのだが――失われたはずの腕が戻ったことによる一時的なショック状態らしい――その役目をウルスラにかわってもらい、俺の部屋に来たのだという。


 ちなみに、教皇との対面後、俺たちは一人につき一つの客室をあてがわれており、いま部屋の中にいるのは俺とクライアだけだった。



「ま、色々あったが、頑張りが報われて良かったな」



 俺はそう言ってクライアに笑いかける。


 クリムトが腕を取り戻したら取り戻したで、姉の今後をめぐって面倒くさいことを言ってくるのは確定している。なので俺自身に喜びはないのだが、それでも喜びをあらわにするクライアに水を差さない程度の心遣いはできた。


 クリムトが全快した今、これまでの助力を理由にクライアに魂喰いを迫ることもできたが、これもまた水を差す行為であろうと思って自重する。


 ――正直に言えば、先刻の教皇に対する疑問がわだかまっていて、そういうことをする気になれなかっただけなのだが。


 そんな俺の戸惑いに気づいたのか、クライアが喜びの表情を消し、怪訝そうに小首をかしげる。その口がひらかれようとした直前だった。


 コンコン、コンと部屋の扉が叩かれる。


 カガリか、ウルスラか、あるいは目を覚ましたクリムトか。物静かなノックの音を聞くに、最後の線はなさそうだが。


 そんなことを考えながら立ち上がった俺は、動きかけたクライアを制して自分の手で扉をあける。


 次の瞬間、俺はふたつの驚きに襲われた。


 ひとつは目の前に立っているのが見覚えのある面紗ヴェール姿の女性だったこと。


 そしてもうひとつは、その女性がためらう様子もなく面紗ヴェールをあげて素顔をさらしたことである。


 見たことのない顔だった。それなのに、記憶に触れてくる顔だった。



『お初にお目にかかります。このたび、幻葬げんそうの志士に加わるべく参じましたソフィアと申します』


『仁様、とおっしゃるのですね。私は今回が志士としての初任務になります。足を引っ張らないように努めますので、どうかよろしくお願いいたします』


『仁様は本当にアトリ様と仲がよろしいのですね。少々妬けてしまいます』



 ソウルイーターを通じて垣間かいま見た三百年前の記憶の残滓ざんし。その記憶に出てくる顔と、眼前の教皇の顔が重なっていく。そら恐ろしいほどの正確さで重なっていく。


 これはもう血のつながりとか、他人の空似などという言葉では片づけられない。同一人物だとしか思えなかった。


 もちろん人間は三百年の時を生き抜くことはできない。したがって、俺の記憶に出てくる人物と、眼前の人物が同一人物である可能性はない――普通に考えれば、そうである。


 だが、その不可能を可能とする方法が存在することを俺は知っていた。真っ当な方法ではなく、呪術、邪法と呼ばれるたぐいのものだが、俺はそれを実行に移して永遠を手に入れた者たちを知っている。刃を交えたこともあった。


 すなわち――



「不死の王」


 

 思わず口から出たその言葉。それを聞いた教皇は、驚く素振りも見せずに静かにうなずくと。


 にこり、と微笑んでみせた。


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