第百十六話 招き
中山の末弟カガリ率いる中山軍は、崋山残党が引き起こした大興山の反乱を鎮圧して西都へ凱旋した。
勝利の報告はすでに先触れの使者によって伝えられており、帰還した遠征軍は西都住民の歓呼の声に出迎えられた――わけではなかった。
西都はつい先ごろまで崋山の王都だった都市。そこに住む者たちの多くは崋山の遺民である。彼らの多くは中山の支配を受けいれ、反乱に身を投じることはなかった。とはいえ、かつての主家の敗北を喜べるものではない。
そのため、カガリの帰還は凱旋の華々しさとは無縁のものとなり、西都の大通りを進む中山の陣列は終始粛然とした雰囲気に包まれていた。
もっとも、当のカガリはそれを気にした風もなく、角端(黒色の麒麟)の上で堂々と胸を張っている。その姿は颯爽たる気風と王弟としての威厳に満ちていた。
そのおかげかどうかはわからないが、軍の末尾にくっついていた俺たちの姿はほとんど注目を浴びずに済んだようである。
ここでいう俺たちというのは、俺、クライア、ウルスラ、クリムトの四人のことだが、それにくわえて崋山王族の生き残りであるランとヤマトの姉弟も含まれる。このふたりに関しては、旧崋山の人心に配慮して虜囚という形をとらない、というのが中山の判断であるようだ。
もちろん逃亡や反抗を許さないよう、周囲には護衛兼監視の兵が張り付いている。この監視の中にはカガリの兄であるドーガや、中山の宿老であるソザイ老人も含まれていた。
ドーガたちが崋山の姉弟と俺たちを一か所にまとめたのは監視の手間をはぶくためだろうが、そこにはランとヤマトがクリムトのそばを離れたがらなかった、という理由も含まれているかもしれない。
あのクリムト・ベルヒが年端もいかない鬼人たちに慕われている光景はなかなかに見物である。そう思ってニヤニヤしてたら、向こうから射殺しそうな視線が飛んできたので肩をすくめて視線を外した。
あんまりからかうとクライアや姉弟に怒られてしまう。クリムトは蔚塁との戦いで片腕を失っており、そのせいで大興山から西都までの道のりもずいぶん苦しそうにしていた。
そんなクリムトを無理して西都に連れてきたのは、大興山にいても衰弱が進むばかりで治療の目途が立たなかったからである。御剣家にもどるという手段は様々な意味で使えない。西都に向かうしかなかったわけだ。
西都に戻ったところで回復の当てがあるわけではなかったが、少なくとも辺境の山砦にいるよりはマシであろう。そう思っていた。
――そして、この狙いは幸運にも奏功する。
カガリらと共に王府の門をくぐった俺たちは、その足で中山王の執務室に向かった。そのように申し渡されたからである。
そこで俺たちを待っていたのは三人の人物だった。
ひとりは執務室の主である中山王アズマ。
そのアズマを守るように傍らに控えている白面の貴公子は、おそらくカガリのすぐ上の兄であるハクロだろう。
そのふたりと向きあうように立っているのは白い法衣をまとった老人である。以前、鬼ヶ島で戦ったオウケンが着ていた物と同じ法衣、つまりは光神教のものだ。威厳のある佇まいから察するに、光神教の幹部のひとりだと思われる。
アズマたちと老人は執務室の机を挟んで向かい合っていた。
机の上には大きな木箱が置かれており、中身を披露するように蓋が開け放たれている。
おそらく法衣の老人がアズマに献じたものだと思われるが、アズマとハクロの表情は硬く、とうてい喜んでいるようには見受けられない。
それもそのはずで、木箱におさまっていたのは人間の生首だった。綺麗に清められ、腐らないよう塩漬けにされた白髪首。
その顔に、俺は見覚えがあった。顔を合わせたのは一度かぎりだが、あの凄烈な太刀筋はなかなか忘れられるものではない。
蔚塁。クリムトたちの前で方相氏の長を名乗った儺儺式使いと、俺たちは予期せぬ再会を果たしたのである。
◆◆
「中山王陛下。此度、教団内の慮外者たちが引き起こした愚行により、陛下ならびに臣民の方々に多大なご迷惑をおかけしたこと、本殿を離れられない教皇聖下になりかわり、この大司教が心よりお詫び申し上げます」
そう言って大司教を名乗る老人は深々と頭を垂れる。
床にぬかづかんばかりの拝跪は心底からの慚愧に満ちているように思われたが、むろんというべきか、アズマは易々とうなずきはしなかった。
「教団内の慮外者。つまり、此度のことは一部の信徒の暴走であり、聖下のあずかりしらぬことであった――そういうことですかな、大司教猊下?」
「御意にございます。そこな蔚塁を長とする方相氏はもともと血の気が多い者どもであり、聖下の御意向に沿わぬ振る舞いをすることが多々ございました。それでも聖下は寛大な御心にて方相氏を庇護してこられたのですが……此度の反乱に対する陰助をお聞きになった聖下は、これ以上方相氏の勝手な振る舞いを許すわけにはいかぬと聖断をおくだしになったのです。すでに蔚塁以下、方相氏に連なる者どもは我らが同志の手によりことごとく討ち果たされております。この身は聖下の玉声をたまわり、此度の不始末の許しを請うべく、本殿にいらしていたハクロ殿を語らって陛下の御前に参じた次第でございます」
大司教はその後もあれこれと言葉を重ねていたが、結局のところ、それはとかげの尻尾切りに過ぎなかった。少なくとも俺にはそうとしか聞こえない。いっそ清々しいくらいにわかりやすかった。
首を持ってきた蔚塁はともかく、それ以外の方相氏を討ち果たしたというのも怪しいものである。ハクロを連れてきた理由は、本殿にハクロを置いておくことで自分たちの虚言を見抜かれることを恐れたのではないか。俺はそう考えた。
もちろん、それを口に出したりはしない。この場において自分が無関係の第三者であることはわきまえている。それに、正直に言えばこの後の展開に興味もあった。
光神教はこんな見え透いた言い訳が中山に通じると思っているのだろうか? たぶん、それはないだろう。ドーガやカガリの話によれば、中山国の中にも光神教徒は大勢いると聞く。光神教は、どうせ中山が自分たちを処罰することはない、と判断しているのではないか。
実際、ここで中山が光神教の本殿に兵を向ければ、崋山の反乱などとは比較にならない混乱が中山を襲うだろう。アズマや三人の弟たちはそのあたりをどう判断するのだろう。
俺は他人事のように――事実として他人事なのだが――そんなことを考えていたのだが、ここで不意に大司教の視線が俺に向けられた。
「御剣家の方にも聖下の言伝がございます」
「む?」
まさかこの場で大司教が自分に声をかけ、あまつさえ御剣家の名前を出すとは思っていなかった俺は、思わず戸惑いの声をもらす。
相手はこちらの戸惑いにかまわずに言葉を重ねた。
「蔚塁および振斗、両名の非礼な振る舞いを心から謝罪いたします――それが聖下のお言葉です。そして、蔚塁が断ち切ったそちらの若者の右腕は責任をもって治療するゆえ、方々にはぜひとも本殿までお越しいただきたいというのが聖下たっての願いでございます」
本来であれば、迷惑をかけた光神教が治療のために出向くのが筋なのだが、『復元』の奇跡を行使できるのは教皇しかいない。
しかし、教皇は蛇の封印を維持するために本殿を離れることができない。そのため、非礼とは知りつつもこうしてお招きする次第である――大司教はそう告げると、先ほどアズマに対してそうしたように、俺たちに対して深々と頭を垂れた。
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